第7話 クレハの戦い

 ソフィアは復活したが、アストラル魔法の使い手が敵には二人いる。アリアと王太子の二人だ。


 普通であれば、ソフィア一人で対抗するのは難しい。


 だが……。


 俺とルシアも杖を構え、アリアたちに魔法の弾丸を放つ。青く光る、アストラル魔法の攻撃だ。


 事前にソフィアから、アストラル魔法の使用方法を教えてもらっていたのだ。ソフィアの最大の切り札であるアストラル魔法。それをソフィアは自分から、俺とルシアに教えてくれた。「だって、もうわたしたち、仲間でしょう?」と言って、微笑んだソフィアは、俺たちのことを信頼してくれている。


 ただし、俺とルシアのアストラル魔法も付け焼き刃だ。通常のエーテル魔法しか使わない相手なら、エーテル魔法で薙ぎ払ったほうが効率的だった。


 しかし、今の敵は王太子と聖女アリアだから、アストラル魔法を使って参戦することになる。


 マクダフは、通常の宮廷魔導師の残党の対処に回り、さらにライラさんの救護にあたってくれている。


 そうすると、敵は王太子・アリアの二人、こちらはソフィア、ルシア俺の三人だ。


 俺たちのほうが圧倒的に有利なはずだ。実際、俺たちは王太子たちを圧倒し、追い詰めていく。


 だが、これは相手にも予想できたはずだ。それなら何か切り札があるのか……。


 俺ははっとする。


「ルシア様、ソフィア! 上だ!」


 屋根も吹き飛んだ子爵家の屋敷から、凄まじい速さで何かが堕ちてくる。

 とっさに俺たちはアストラル魔法の防御障壁を三人で力を合わせて張った。


 けれど、轟音が響き、その防御障壁が崩れるほどの威力の衝撃が伝わる。


 そして、場の中心に立っていたのは……クレハだった。俺の義妹だ。


 クレハは銀色の髪に不思議な赤い髪飾りをつけていた。そして、普段とは違う、露出度の高いドレスのようなものを身にまとっている。


 胸元まで大胆にはだけ、スリットからは細く色白の足がちらりと見える。


 だが、何よりも違ったのは、その瞳だった。いつもは楽しげに輝いていた銀色の瞳が……妖しく、強い光を宿している。


「義兄さん。会いたかったです」


「クレハ……」


「わたしは義兄さんを裏切ったんです。そして、この聖女アリアさんを解放しました」


「どうして……そんなことを?」


「それがわたしの望みに近づく方法だからです。わたしは無力でした。義兄さんの役に立てない、義兄さんに必要とされることもできない。だから、義兄さんはわたしのことを見てくれない。でも……」


 そこで言葉を区切り、クレハは小さな手のひらに、ぼわっとした紫の光の珠を浮かべる。




「悪役令嬢として覚醒したわたしは、違います。今、この場で一番強いのはわたしです」


 その言葉に嘘はないようだった。アリアがにんまりと笑みを浮かべてうなずいているし、実際、クレハからは俺やルシアとは桁違いの魔力を感じる。


「物語の望まぬ結末……それを、アリアさんやソフィアさんの世界ではバッドエンド、というそうですね。わたしはそのバッドエンドを導く悪役令嬢です」


 俺がソフィアを振り返ると、ソフィアはうなずく。


「クリス・ルートの悪役令嬢クレハ。彼女はね、義兄に近づく女の子を主人公含めて……皆殺しにするの」


「え?」


「そうして、クレハはクリスを閉じ込め、永遠に自分のものとする。それが闇落ちしたクレハの望み」


 そんな恐ろしいことを俺の妹のクレハが……するのだろうか。

 クレハは両手を胸の前で重ねる。



「わかってください、義兄さん。わたしは義兄さんのことが大事なんです、好きなんです。だから、力を手に入れました。そうすれば、他の誰の力を借りなくても、わたしと義兄さんは一緒にいられます」


「そんなことしなくても、俺はクレハを守ることができた」


「それではダメなんです!」


 クレハは叫ぶ。そして、銀色の瞳に涙をためて、俺を睨む。


「クリス義兄さんは、ルシア殿下やソフィアさんの方が大事なんです。二人の方がわたしより強くて……美しいから。義兄さんにとって、二人の力が必要だったから。だからわたしは選ばれない。必要とされない」


「俺はクレハを必要ないだなんて思ったことは一度もないよ」


「嘘つき。わたしよりもルシア殿下のことを好きなくせに! ……でも、今のわたしは、一人で義兄さんを守れます。だからルシア殿下もソフィアさんも……いらないですよね?」


 その言葉と同時に、クレハの手から魔力の奔流が流れた。紫の光は……おどろおどろしく、そして危うい空気をまとっていた。


 俺たちはとっさに防御態勢をとったが、間に合わなかった。ルシアとソフィアの二人は魔法で吹き飛ばされ、そして、壁に叩きつけられる。


 ぐしゃりと嫌な音がする。二人は気を失い、体が変な方向に折れ曲がり、そして血を流していた。


 俺が無事だったのは、クレハが主に狙ったのが、ルシア・ソフィアの二人だったからにすぎない。俺のもとにもクレハの魔法は届いたが、かろうじて防ぐことができた。


 クレハは楽しげに、笑う。


「それに、わたしはこんなにも美しい。もうルシア殿下やソフィアさんに怯えたりする必要はないんです。だって、わたしが義兄さんの一番になるんですから」


「こんなことをされても、俺は嬉しくない」


「今はあの悪い子たちに義兄さんは騙されているんです。わたしだけが義兄さんの本当の味方なんですよ? ルシア殿下は義兄さんを追放しました。ソフィアさんは義兄さんに銃を突きつけました。ふたりとも状況次第では、敵になりうるんです。でも、わたしだけは違うんです。わたしだけは最初から最後まで義兄さんの味方ですから」


「でも、今のクレハは俺の敵だ。アリアと王太子の言いなりになってしまってはダメだ!」


 アリアが離れた位置で笑う。


「無駄ですよ。私はこの子に精神操作をしています。覚醒した真の悪役令嬢クレハに敵はいません」


 そう言うと、アリアは兵士に一人の少女を連れてこさせた。ぐったりとした様子の幼い少女だったが、金髪金眼の可憐な容姿は高貴さを感じさせる。


 アリアは乱暴にその少女を地面に突き飛ばし、少女が悲鳴を上げる。


 ひどいことをする、と俺は憤り、そして、その少女がカレンデュラ帝国の皇女であることに気づいた。戦後処理のなかで面会したことがある。


「これ四人目の悪役令嬢である皇女シャルロット・カレンデュラです。この場に五人の悪役令嬢が揃いました。そして、真の悪役令嬢クレハ……覚醒した彼女こそ、完全なるフロースの器となる存在です。他の四人の力で、彼女の力は最大限まで上がっています」


 アリアは嬉しそうに説明するが、俺は引っかかった。五人の悪役令嬢?


 ソフィア、ルシア、クレハ、シャルロット。たしかに四人の悪役令嬢がいる。だが、五人目とは誰のことなのか?


 アリアは手を高く掲げ、叫ぶ。




「さあ、クレハさん。欲望のままに行動なさい。クリス・マーロウは生かしておいてあげます。でも、他の人は皆殺しにしてくださいね?」


 クレハは黙ったまま、アリアをちらりと見た。アリアが怪訝な顔をする。


「不満ですか? それがあなたの望みでもあると思うのですが。私はあなたに力を上げました。役に立ってくださらないと。ああ、というか精神操作が効いているんだから、不満なわけ無いですね……」


「はい、そうですね。わたし、アリアさんには本当に感謝しているんです。わたしの本当の気持ちに気づかせてくれて、義兄さんを手に入れる方法を与えてくれて。だから……」


 クレハは、一歩踏み出し、アリアに近づいた。

 そして、クレハは拳銃を抜くと、引き金を引き、アリアを撃ち抜いた。


「なっ……」


 王太子が驚愕の表情を浮かべる。アリアもクレハもいずれも自陣営だと思っていたのだろう。いや、驚いたのは俺も同じだ。


 次の瞬間には、クレハの拳銃は王太子をも貫いていた。

 クレハは倒れる王太子を眺めていて、そして、くるりとこちらを振り返った。


 ドレスの裾が優美にふわりと揺れる。クレハは微笑んだ。その表情はとても……美しかった。


「皆殺しにしろ、と言われましたものね。聖女……いえ、五番目の悪役令嬢アリアにも、退場していただかないといけません」


「どういう……こと?」


「もともとアリアさんは、物語の主人公役ではなかったんです。第五ルートの悪役令嬢として、この世界に転生しました。そして、破滅を逃れるために、アリアさんは必死で考えました。悪役令嬢から逃れるには、主人公の聖女の役になるしかない、と」


「そうだとすると、話がおかしい。五人の悪役令嬢を犠牲にして、初めて、完全なるフロースは生成されると王太子殿下は言っていた。それなら、アリア自身も王太子の計画に協力すれば、犠牲になってしまうはずだ」


「五人のなかのただ一人が、完全なるフロースと同化して、その存在を神に近いものとして昇華させることができるんです。それが『真の悪役令嬢』。アリアさんはわたしを器とした上で、完全なるフロースと同化する役を奪おうと考えていました。王太子殿下はその恩恵に預かり、姉を復活させる。それがもともとのお二人の計画だったのでしょう」


「それをどうしてクレハが知っている?」


「わたしは……もう完全なるフロースと同化しつつあります。言ってみれば、神様みたいな……神様の偽物みたいな存在です。全知全能に近い状態なんですよ。だから、アリアさんの考えていることも手に取るようにわかりますし、計画に気づくこともできました。アリアさんが愚かだったのは、わたしが精神操作で言いなりになっていると勘違いしていたことです」


 そういうことか。クレハはもともと状況をひっくり返し、王太子とアリアを倒すつもりだったのか。


 これで、王太子とアリアは排除できた。まだ息をしていれば、手当をしないといけない。それに、ソフィアとルシア、ライラさんも助けてあげる必要がある。


 クレハの協力が得られれば、すべて問題は片付く。このまま宮廷魔導師団と近衛騎士団を取りまとめ、王宮へと進軍。現国王を拘束し、ルシアを新たな女王として即位させ、新体制を発足させる。


 俺はクレハに呼びかけた。


「クレハ……一緒に家に帰ろう。もう何も心配することはないよ」


 俺はクレハが微笑み返してくれると期待した。


 そして、実際にクレハは微笑んだ。良かった。最初のクレハは、やはり操られているふりをしていて、だからルシアとソフィアを殺そうとしようなんて――。


「わたしと義兄さんの家に帰りましょう。もう誰にも邪魔させません。だから、最後にルシア殿下とソフィアさんをちゃんと殺しておかないといけませんね」


 クレハは満面の笑みを浮かべ、とても可愛らしく、そう言った。






<あとがき>

第一部もクライマックスです……!


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