第5話 召喚士vs異色の白魔道師

 召喚士シェイクは、俺とは険悪な仲だった。貴族出身の男で、宮廷魔導師団の幹部になった極めて優秀な魔術師だ。


 けれど、彼は人を痛めつけることを好み、大戦でも無用な殺戮を行った。

 そういった行為に俺は嫌悪感を抱いたし、多くの同僚たちも同じだった。だからこそ、少し年下の俺に、副団長の地位を奪われたのだと思う。団長の王女ルシアも俺のことを信頼してくれていたが、シェイクのことは気に入らないようだった。


 シェイクは俺に嫉妬し、俺を露骨に疎んじた。俺の追放をもっとも喜んだ幹部のはずだ。

 しかし、そうはいっても、王国のために、大戦をともに戦ってきた同士でもある。学校時代からの付き合いだし、軽口を叩き、同じ釜の飯を食った仲だ。そのシェイクが俺を殺しに来たという。


 シェイクの背後には、四人の宮廷魔導師がいて、特徴的な青いローブをまとっている。シェイク自身は、幹部であることを示す赤いローブを着ていた。シェイクは黒髪黒目で、それなりに美形だったが、その瞳には暗い光があった。


「……義兄さん」


 クレハが不安そうに俺の服の袖をつまむ。……俺のことはともかく、少なくとも、クレハは守らないと。


「どうして俺を殺しに来たんだ?」


 俺が尋ねると、「はっ」と馬鹿にするようにシェイクは笑った。


「貴様が反逆者だからに決まってるだろ、クリス」


「ルシア殿下は俺を追放するといっても、処刑するとは言わなかったはずだけれどね」


「殿下は貴様にご執心のようだからな。たぶらかされているのさ。今でも殿下は貴様の忠誠を疑っていないが、俺は違う」


「俺がマグノリア王室に危害を加えるとでも?」


「そうだ。大戦七英雄と呼ばれ、ヒーロー気取りの貴様は、恐れ多くも王国を乗っ取ろうという野心を抱いた。だから、オレがここで始末する。そういう筋書きだ。表向きは反政府組織のテロで死んだということになるがな」


 シェイクの独断か? いや、違うだろう。俺は宮廷の元重臣格ですらある。そんな俺を殺すなんて大それたことを、シェイク一人で企むほど、彼は肝が据わっていない。


 それに複数の宮廷魔導師が動員されているのも、シェイクより上の存在が関与していたことを裏付ける。

 幸い、彼ら彼女らは見知った顔ではなく、少なくとも幹部ではない。一般宮廷魔導師だ。戦場での経験から、俺は瞬時に相手の実力をある程度は推測できる。生き残るために、最も大事なスキルの一つだ。

 腐っても幹部のシェイク以外に強敵はいない。勝てる、と俺は踏んだ。

 

 だが、シェイクは余裕の笑みを浮かべていた。数の優位を頼みにしているのだろう。


「なあに、安心して死んでくれ。そっちの美少女の妹は殺さず反逆者として奴隷落ちさ。俺の妾にでもして可愛がってやる」


「……あなたなんかの妾になるわけないじゃない!」


 クレハは怯えながらも、はっきりと言った。シェイクは残忍に黒い瞳を光らせた。


「強がっていられるのも、今のうちさ。兄の死体を見て泣き叫べばいい」


 クレハは、ひっと短く悲鳴を上げる。そんなクレハの柔らかい銀色の髪を、俺は軽く撫でた。びくっとクレハが震え、俺を見上げる。


「……義兄さん?」


「大丈夫。信じてよ。こんな奴ら、俺の敵にもならないさ」


「……そうですよね。だって、義兄さんは……無敵ですから」


 クレハは銀色の瞳で俺をじっと見つめ、そして、うなずいた。

 一方、シェイクは怒りに顔を赤くしていた。


「幹部のオレが敵にもならない? なめやがって! いつも貴様はオレを見下しやがった。だが、今日でそれも終わりだ。貴様のような非戦闘職の白魔導師ヒーラーなんざ瞬殺なんだよ!!」


 シェイクは魔法杖を振りかざし、それを合図に他の宮廷魔導師たちも俺に襲いかかった。

 そう。

 たしかに俺は白魔導師ヒーラーだ。本来の領分は回復。戦闘向きの称号を帯びていない。

 だが、俺が大戦七英雄と呼ばれていたことを――王国軍で最も多くの敵を葬り去った殺戮者であることを、シェイクたちは忘れたのだろうか?


 俺は杖も出さず、クレハを抱きかかえたまま、右手を一振りした。


「え?」


 シェイクは間抜けな声を上げ、杖を振りかざしたまま、固まった。

 四人の宮廷魔導師は、一瞬で、その場に倒れ伏していた。全員、意識を失っている。


「言ったよね。敵ではない、と」


「貴様、何をした!?」


回復ヒールの魔法を反転させた。それだけさ」


 魔法は、エーテルと呼ばれる特殊な元素を操る技術だ。エーテルを原動力に、炎を生じさせれば、炎魔法となる。

 同じように、回復ヒールは、人の体に満ちるエーテルに働きかける。それを正しく使えば、治癒の効果をもたらすわけだ。


 だが、膨大なエーテルを用いることで、その逆を引き起こすこともできる。すなわち、人の体にエーテルの暴走を故意に引き起こせば……一瞬で、その相手の体は壊れる。

 これが俺の切り札の一つだった。戦闘特化の白魔道師である俺にしか使えない大魔法だ。


 シェイクは後ずさりをした。


「これが……貴様が……英雄となった理由か」


「まあ、理由の一つではある。他にもいろいろ特殊な魔法があるんだけれどね。だが、この反回復アンチヒールが知られていないのは、なぜだと思う?」


 シェイクは顔色を失っていた。俺はにやりと……わざと冷酷な表情をつくり、笑った。


「敵が一瞬で死に至るからさ。この魔法を見て、生きて帰った人間はいないんだよ。シェイク、おまえもだ」


 俺が手を振りかざすと、シェイクは真っ青な顔になり……そして、倒れた。

 まだ魔法を使っていないのだけれど、恐怖のあまり気を失ったらしい。まあ、小心者のシェイクなら、こうなるかと思って脅したのだが、予想通りになった。シェイクが得意とする召喚魔法を使われると厄介だったので、速攻で倒せて良かった。


 はぁ、と俺はため息をつく。それにしても、とんだ災難だ。

 俺自身のことは別にいいが、シェイクがクレハを怖がらせたのは許せない。


 振り返ると、クレハは小さくなって床にうずくまっていた。

 そして、俺を見上げ、小声で言う。


「……義兄さん。その宮廷魔導師の人たち……みんな、死んじゃったんですか?」


 俺は首を横に振り、できるだけ優しい表情で微笑んだ。


「気を失っているだけだよ。この人たちを殺したりするつもりはないんだ」


 反回復アンチヒールを使った相手が、一瞬で死に至るというのは本当のことだ。けれど、その使用量を抑えれば、命までは奪わない。

 宮廷魔導師たちは一応、かつての俺の仲間だ。シェイクの命令で、俺を襲ったというだけで、命を奪う気にはならなかった。

 シェイクも同様だ。シェイクには聞きたいこともある。近くの憲兵に身柄を引き渡して、ルシアに事情を説明する手紙を送ろう。そうすれば、殺さなくても事態は解決する。


 ……俺は、戦場で多くの帝国兵の命を奪った。それが俺の義務だったからだ。けれど、同じ王国の民である宮廷魔導師を殺すのは、まったく意味が異なってくる。偽善者と言われても、俺はなるべく人を殺したくはない。


 クレハはうなずき、よろよろと立ち上がった。俺は心配になり、クレハに駆け寄る。すると、突然、クレハはぎゅっと俺に抱きついた。

 ふわりと女の子特有の甘い香りがして、その柔らかい体の感触に俺はどきりとする。


「え、えっと、クレハ?」


「……義兄さんって……本当に、無敵なんですね」


「そういえば、クレハは、俺が戦うところを見るのって、初めてだよね」


 怖がらせてしまっただろうか? 俺は心配になって尋ねると、クレハは俺を見上げてから、首を横に振った。

 クレハの目には涙が浮かんでいた。きっとすごく怖かったのだろう。けれど、クレハは優しく微笑んでくれた。


「クリス義兄さんが守ってくれたから、全然、怖くなかったです」


「そっか」


「……わたし、自分が情けないです。士官学校では優等生でも、自分の身一つ守れないんですから」


「最初は誰もがそうだよ。俺だって何度も死にかけたけれど、そのたびに師匠や仲間が助けてくれた。だから、今は俺がクレハを守る番だ」


 クレハは小さくうなずき、頬を赤くした。そして、俺の胸に顔をうずめる。


「……義兄さんは強くて、優しいです。だから、わたしはクリス義兄さんのことが……大好きなんです」


「そ、それは……ありがとう」


 率直に言われると……少し、恥ずかしい。同時に、五年しか一緒にいない俺のことを、頼りにしてくれているんだなと思って、嬉しくもなる。

 ただ、クレハはさらに言葉を重ねた。


「でも……そんな義兄さんだから……心配なんです」


 なにが心配なのだろう? 俺は、何かクレハを心配にさせるようなことをしただろうか?

 ふたたび、クレハは銀色の瞳で俺をまっすぐに見つめた。その大きな瞳は、とても真摯で、純粋に輝いている。


「クリス義兄さんは……本当に公爵令嬢ソフィアを……殺すことができるんでしょうか?」


 クレハは透明に澄んだ声で、俺にそう問いかけた。







☆あとがき☆

なるべく早くソフィアを登場させます……!


面白い、ソフィアがどんな少女なのか気になる、クリスの活躍に期待……と思っていただけた方は、


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