第4話 義兄さんが本当に可愛いと思ってくれているのがわかりました

 公爵令嬢ソフィアは、反逆罪で追われ、アルストロメリア共和国を目指して逃げ出したという。

 アルストロメリアは大陸東方の大国だ。一方、俺達の住むマグノリア王国は、大陸西部にある。大陸中部地方の旧カレンデュラ帝国領をはさんで、アルストロメリアは反対側だ。


「なのに、わたしたちは帝都カレンへ向かうんですね?」


 クレハの問いに、俺はうなずいた。


 次の日の朝、俺と妹のクレハは鉄道の二等車の座席に座り、揺られながら帝都カレン方面へと向かっている。魔法科学による鉄道は、百年ほど前から大陸中で建設されるようになった。大国は競ってその勢力圏に鉄道網を伸ばし、力の強さの証明にもなった。


 ここは四人がけの個室席で、俺とクレハは向かい合わせに座っている。他の客は同じ部屋にはいないから、機密情報を話しても問題ない。列車の窓の外には、雲ひとつない青空が広がっている。


「状況から、ソフィアが帝都カレンに向かうのはほぼ確実だからね」


 マグノリアからアルストロメリアへ行くルートはいくつかある。

 

 が、ソフィアは帝都カレンを経由するはずだ。アルストロメリア共和国の貴族から、ソフィアに宛てた手紙が王国軍の手に落ちた。その手紙には、ソフィアと共和国の貴族について、帝都カレンで合流する予定を変更し、南方のレーゲンスブルク専制公国で落ち合いたいと書かれていた。


 ソフィアがこの手紙を受け取っていない以上、予定通り、帝都カレンを目指すだろう。必然的に、俺とクレハは帝都カレンへ向かえばよいということになる。


 クレハはうなずき、微笑んだ。


「帝都カレンには……一度、行ってみたいと思っていたんです。世界で最も繁栄した美しい街ですから」


「それも、戦争前までのことだけれど」


 帝都カレンは、新兵器であるアストラル弾の投下で、壊滅した。人口の半分以上が死に絶えたのみならず、貴重な建物や美術品も多くが吹き飛んだ。


 クレハは「そうですね」とつぶやき、そして上目遣いに俺を見る。


「それより、義兄さん。他に言うべきことがありませんか?」


「他に?」


 俺はすぐには思いつかず、クレハを見つめた。クレハは銀色の瞳で、不満そうに俺を見つめ返す。

 士官学校生のクレハには、軍務を行うということで、臨時に少尉相当官の地位が与えられた。だから、今、クレハは14歳の少女ではあるけれど、大人の女性士官用の軍服を身にまとっている。


 そういえば、クレハが軍服を着ているのを見るのは初めてだ。


 マグノリア王国軍は、いくつかの軍団に分かれている。その一つが宮廷魔導師団だ。今、クレハが着ている軍服は、第二魔法兵団のものだった。

 上着は、大きな襟が特徴的な純白のセーラー服だ。クレハは襟を指先でつまみ、微笑んで見せる。


 女性用だからスカートで、そちらも真っ白で華やかな雰囲気だった。軍服らしいところといえば、階級を示す金色の肩章と、腰にさげた短剣ぐらいだった。


 クレハはぱんぱんと軍服の胸のあたりを叩き、俺を見つめる。俺はようやく、クレハが何を求めているのかに気づいた。


「軍服、似合っているね」


「ありがとうございます。それを言ってほしかったんです。でも……」


「でも?」


「もっと心のこもった言葉で、褒めてほしいなあって思って」


 クレハは首をかしげ、くすっと笑った。銀色の髪が揺れて、クレハの肩にかかる。


 ……ええと、どう言えばいいんだろう? 似合っているというのはお世辞じゃなくて、本心だ。

 身内のひいき目を抜きにしても、クレハはかなりの美少女だ。しかも、士官学校の制服よりもかなり可愛いデザインの軍服を着ていて、クレハの可憐さを強調していた。スカート丈をかなり短めにしていて、白い太ももがまぶしかった。


 俺はどきりとして、目をそらす。


「可愛いと思うよ。でも、スカートの丈、短すぎない?」


「お洒落の範囲内です。軍の規定にも違反していません」


「そういう問題じゃなくて……」


「目に毒ですか?」


 クレハは俺をからかうように言う。……まったく、少し前は本当に幼い子どもだったのに、いつのまにか大人びているなあと思う。

 そんなクレハに振り回されてしまう俺も俺なんだけれど。大戦七英雄と呼ばれていたのに、義理の妹にはとても勝てない。


 俺はため息をついた。


「そのとおり。俺が目のやり場に困るから」


「その言葉で、義兄さんが本当に可愛いと思ってくれているのがわかりました」


 クレハは満足したのか、嬉しそうな笑顔を浮かべ、そして、ぱんぱんとわざとらしく白いスカートを叩いて直した。

 それから席を立ち、急に俺の隣に座った。さっきまで向かい合わせだったのに、なぜ?


「向かい合わせだと、わたしが義兄さんの『目の毒』になっちゃいますから」


 たしかにクレハが自然と視界に入ることはなくなったけれど……代わりに、クレハはぴったりと俺の横にくっついている。

 えへへ、とクレハは笑う。そして、クレハは俺にしなだれかかった。俺はどきりとしてクレハの顔を見ると、クレハは面白そうに銀色の瞳を輝かせた。

 小柄なクレハと俺では、頭一つ分以上、身長が違う。だからクレハの髪が俺の肩のあたりに触れることになる。


「……義兄さんの体、温かいです」


 俺もクレハの体温と甘い香りにくらりとして……。

 そのとき、爆発音とともに、列車が急停止した。ごとん、と車内が大きく揺れ、「きゃあっ」とクレハが小さな悲鳴を上げる。

 体勢を崩したクレハを俺は抱きとめる。


「大丈夫?」


「は、はい……」


 クレハは顔を赤くして、ドキドキした様子で、俺を上目遣いに見つめた。

 しまった……。クレハの背に腕を回して、抱きしめる格好になってしまっている。


 いや、それよりも……。

 鉄道の急停止の方が問題だ。反マグノリア王国勢力の襲撃だろうか? 旧帝国の残党や、王国に不満を持つ反体制派のテロは、決して珍しいことじゃない。


 急にあたりの空気が変わる。戦場でも何度も味わった感覚。死が身近に迫るときの空気だ。


「……クリス義兄さん?」


「クレハ! 伏せて!」


 俺はクレハを床に押し倒し、同時に自分を床へと伏せた。ほぼ同時に、窓の外がぴかりと光る。次の瞬間、窓ガラスが割れ、爆風が吹き込んできた。

 間一髪だった。


 怯えたように俺を見つめるクレハに、俺はうなずく。


「間違いなく、襲撃だ。けれど……」


 そのとき、列車の個室の扉が開いた。扉を開けたのは、一人の若い男だった。

 男は魔法杖を構え、俺に突きつける。


「悪いが、ここで死んでくれよ。英雄クリス・マーロウ」


 驚いたことに、にやりと笑ったその男は、召喚士シェイクだ。

 宮廷魔道士団の幹部で、かつての俺の仲間だった。







☆作者のあとがき☆

ルシア、クレハ以外のヒロインもそろそろ登場予定です。


良いな、続きが気になる……など思っていただけましたら


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