人を憎むということ

※残酷な描写があります。遺体の描写がかなりむごいので、苦手な方はご自衛下さい。


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 その年の夏、オリョール湿原近くの森を切り開き、わたくしたちの第二魔導機甲師団の歩兵たちは、来るべき魔導戦車部隊どうしの決戦に備え、橋頭保を築いておりました。幾重にも張り巡らされた塹壕に、輜重を仮置きする粗末な火薬小屋。橋頭保をぐるりと囲む、粗末な木切れと鉄条網で作った即席の柵。

 それがわたくしたちが次の作戦までのわずかな間、帰るべき場所とするべきかりそめの拠点でした。


 そこは人里からも程遠く、野戦病院を作ることもできなかったので、負傷兵は中央寄りの、他よりはまだ安全そうな塹壕の一つに集められていました。工兵部隊がある程度道を作る事が出来たら、輜重部隊の装甲車で後方の野戦病院に送る予定です。


 この頃は負傷者があまりに多く、一般兵の負傷は一般的な手当てでとりあえず命を繋ぐ事だけを優先し、わたくしの治癒魔法は指揮官クラスの将校や、専門性の高い測量兵や戦車兵といった「ほかの兵士では代わりがきかない特別な軍人」に限って使うようになっていました。さもないと、魔力切れでわたくし自身の生命が危ういだけでなく、暴走して思わぬ被害を及ぼしかねないからです。


 ですから、わたくしは魔法が必要になる局面でない限りは、他の衛生兵とともに負傷兵の救助にあたっておりました。救助には他にピオニーアとクメリーテがあたり、キルシャズィアが負傷兵に付き添い、看護しておりました。


 軍医とはいえ、ノヴドロゴへの留学経験のあるクメリーテに治療される事を嫌がる兵士もいたからです。長引く戦争は、至る所ににくしみの種を撒いておりました。


 ある日の事です。工兵部隊の奮闘により、三日後に負傷兵たちを後方の野戦病院に移送する目途がたったところでした。


 そこをノヴドロゴの戦車部隊が急襲しました。連日の哨戒に心身ともに疲れ果てていた歩兵たちは、緊張の糸がぷつりと切れてしまったのでしょう。最初に二人の兵士が奇声を上げながら塹壕を飛び出し、森に向かってしゃにむに走り出しました。


 その後は大混乱です。


 脱走兵のおかげで塹壕の正確な位置を知った敵戦車部隊から、正確な砲撃が雨のように降り注ぎます。パニックを起こした兵士たちは、狭い塹壕内で右往左往しては仲間を踏みつぶしたり、塹壕から飛び出したり。

 豪雨のように降り注ぐ砲弾が、次々と兵士たちを吹き飛ばし、数え切れないほどの戦友が物言わぬ肉塊と成り果てました。


 戦場を走り回って負傷兵の救助を行おうとしていたわたくしたち衛生兵は、居合わせた通信兵の皆さんにとらわれ引きずられて、強制的に森の中に退避させられました。

 塹壕の中に身動きの取れない負傷兵たちとキルシャズィアを残したまま。


 そしてそのまま森の中を逃げまどうこと三日間。


 後続の重装歩兵部隊および野戦砲兵部隊と合流出来たわたくしたちは、橋頭保のあった地点の奪還に成功して戻ってまいりました。塹壕のほとんどは、激しい砲撃で崩れて埋もれ、わずかな凸凹を残すのみでした。


 負傷兵を集めていた塹壕はかろうじて残っているようだったので、微かな希望を抱いてそこを覗き込んだわたくしはとんだ愚か者でした。

 そこに横たわっていたのは、息も絶え絶えの負傷兵ではありません。目をくり抜かれ、全身をズタズタに切り裂かれ、ブタの臓物みたいにはらわたを裂かれて引き摺り出され、さんざんに踏み躙られた、ただの肉塊でした。


 キルシャズィアもそこにいました。

 両目はくり抜かれ、乳房と陰部は切り取られ、衣服はズタズタで、尻から喉に向かって長い鉄の杭に突き刺されていました。陵辱の痕がないことだけが唯一の救いでした。


 翌朝、師団が揃って整列すると、二人の脱走兵が引き出されました。もちろん敵前逃亡による銃殺刑です。

 すぐに執行役が七人立候補しました。みんなあの二人を許せない気持ちでいっぱいだったんです。パニックを引き起こし、多くの戦友を死に追いやった脱走兵を、みんな憎んでいました。


 乾いた銃声とともに処刑はあっけなく終わりました。


 崩れ落ちる二人を無感情に見やると朝礼は終わり、淡々と瓦礫の片づけにとりかかりました。彼らへの憎悪は消えたわけではありませんが、来るべき決戦に向けて一刻も早く橋頭保を再建しなければなりません。


 みんな淡々と瓦礫を片付け、大きな穴を掘って死体を次々と投げ込んでは、機械的に埋めていきました。


 わたくしが、脱走兵がなぜ逃げ出さなければならなかったのか、なぜ仲間を蹂躙した敵兵ではなく、パニックを起こした脱走兵を恨んで憎んだのか、疑問を抱くようになったのは、戦争が終わってからです。


 戦場を離れてからずっと、考え続けておりますが、答えのようなものに辿り着けたことは、未だに一度もございません。

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