堕ちた聖女と仲間たち

 広場の群衆にしん、とはりつめたような空気が広がる中、フェルの凛とした声が淡々と響き渡る。

 彼女は懐かしい日々をいとおしむように、一つ一つの言葉を大切に紡いでいた。


「ヘパティーツァとキルシャズィアは夕飯の時にいつもわたくしたちが配給のスープの具をもらえるかどうか気を配ってくれました。

 衛生兵は負傷した兵士をかついで安全地帯まで運びます。身長150センチそこそこ、体重も50キロ程度のわたくしたちが、身長180センチを超える大柄な兵士を装備ごと運ぶのは本当に大変でした。とても体力を消耗するので、食事はしっかりとらなければ治療以前に救助そのものが行えなかったのです。

 しかし、戦わない女の子たちに栄養は不要だと言われて、わたくしたちには具を入れないようにする兵士が少なくありませんでした。

 ヘパティーツァとキルシャズィアはそんな意地悪な兵士たちに毅然と抗議して、自分が負傷した時にちゃんと救助して欲しければ、わたくしたちにもきちんと食事をよこすよう認めさせました」


 戦場に送られた兵士がどのように日々を過ごしているか、何を食べていたかなど、僕たちは全く興味がなかった。


 興味があるのは、自分たちに危険が及ぶか及ばないか。外国に利権を奪われずに済むかどうか。自分が昨日と同じ明日を迎えられるかどうか。

 ただそれだけだった。


 兵士たちは戦闘に勝利することが全てで、彼らが戦場で物を食べ、起きて寝て排泄して、ごく当たり前に生活しているなんて思ってもみなかった。


「エルシスはまるで映画女優のように華のある、際立って美しい女性でした。

 洗髪するための水を確保できず、しらみの感染を防ぐためにもわたくしたちは髪を丸刈りにしなければなりませんでしたが、男物の軍装に身を包み、すっかり剃髪していても、エルシスの美しさは損なわれませんでした。ただ、ちょっとだけ口が悪くて、整備兵や通信兵とたびたび言い争いをしていました。

 軍医のクメリーテはとても博識で、待機中にわたくしたちに医学以外にも色々な事を教えてくれました。

 ノヴゴロドに留学していた事があるそうで、わたくしたちが聞いたこともないような最新の科学や魔導の知識を教えてくれました。

 しかし、かの国と敵対関係にある戦中は、スパイではないかと理不尽な言いがかりをつけられ、暴力をふるわれる事もままありました」


 しんと静まり返った広場の中、フェルは訥々と戦友たちの思い出を語っていく。


「マイプティアは頑張り屋で、仲間の戦車が撃破されると即座にコックピットに飛んで行って、中で負傷している兵士を引っ張り出しては動力炉が爆発するまでのわずかな間に安全なところまで救出していました。

『まだ生きているひとはしがみついてくれるからとても軽いのだけど、運んでいる途中でいきなりずしりと重くなる時があるの。

だから、そんな時は仕方がないからそのひとを置いて、次に息のある人を探すの』

 そう、微笑んで語っていたのをよく覚えています。

 ピオニーアは話し上手で、どんなに陰惨いんさんな戦闘の後でも絶妙の間の取り方とセンスの良い冗談で場をなごませてくれました。

 わたくしたちがあの地獄の底でもかろうじて正気を保って傷病兵の看護にあたれたのは、ピオニーアの細やかな気配りとユーモアのセンスのおかげと言っても過言ではありません」


 フェルは六人の戦友の名を出すと、少しだけ息をついて、虚空を見つめて微笑んだ。まるでそこに彼女たちの姿を見ているかのように。

 そのいとおし気なまなざしはどこまでも温かく優しく、喪われた日々への愛着を容易に想い起こさせる。


「六人とも美しく、真面目で清純な、素晴らしい乙女たちでした。みんな、巷で噂されているような、男性とのふしだらな遊びのために軍に入って日夜乱痴気騒ぎに浸るような、そんな身持ちの悪い女性とは真逆の存在です。

 わたくしは王都で彼女たちほど素晴らしく清らかで、気高い乙女に出会ったことはありません。

 しかし、彼女たちは誰一人として帰還する事ができませんでした。

 あるいはぬかるむ湿地の戦場で、あるいは凍てつく森の中で、あるいは燃え盛る炎に包まれた村で。彼女たちは一人、また一人とその花の生命を散らし、いまだにこの世にしがみついているのはわたくしただ一人。

 そのわたくしも、これから仲間たちの元に向かいます。

 ですからここにお集りの皆さまは、わたくしの代わりにあの素晴らしい六人の乙女の事を永遠に忘れず語り継いでください。

 それがわたくしの最期の望みでございます」


 言い終わるや否や、彼女は処刑台に跪き自ら斬首台にその首を載せた。

 そして次の瞬間、慈悲の刃が彼女の細い頸に打ちおろされ……ゴトリと丸いものが落ちた。

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