堕ちた聖女の罪
「早くっ……早くあいつを黙らせろ……っ!!」
「なぜあの女がベラベラと喋っていられるのっ!?アイツの喉はしっかり潰したはずでしょう……っ!?二度と声を出すことなんてできなくなっていたはずなのに……っ」
「何でもいい、一秒でも早く黙らせろ!!今すぐ取り押さえるのだ!!」
半ばパニックを起こして叫ぶ僕とルーレルの命令は、しかし聞き届けられる事がなかった。
「駄目ですっ!!結界が張ってあって近寄れません……っ!!」
「それでは防音魔法で声を封じろ!!」
「それも無理です!!どうやら風魔法で音を広場全体に拡散しているだけでなく、情報伝達魔法で直接音を群衆の心に届けているようです!!」
彼女が淡々と語り続ける戦場の現実は、僕たちがひた隠しにしてきた国家の罪でもあった。
僕たちがみっともなく慌てふためいている間にも、フェルの凛とした声による演説は朗々と続いている。
「わたくしは王家の人々の身代わりに送り込まれた前線で、赦されざる罪を犯しました。
わたくしは来る日も来る日も、あるいは手足を吹っ飛ばされ、あるいは半身が引きちぎれた兵士たちを治療して、ふたたび戦場へと送り出しました。愚かにも、それが彼らを助ける事なのだと信じ込んで。
しかし、それはおぞましくも罪深い悪魔の所業でした。何故なら、その治療と称して行ってきたものは、放っておけばほどなくして死の平穏という救いが訪れたはずの兵士たちを、無理やり立ち上がらせ、このおぞましい現世に生命を縛り付け、あの地獄の戦場に何度も何度も送り返すことそのものだったからです。
彼らはもともと勇猛果敢な優れた戦士たちでしたが、わたくしの魔法で回復した後は更に
そう、わたくしは戦意高揚のための
あれほど激しかったヤジも今はぴたりとやんでいて、今はフェルの凛とした、しかし抑揚に乏しい淡々とした声だけが広場を満たしている。
「わたくしは三百二十六名の兵士の人命を救ったとして
しかし、正しくはそれほど多くの人々を、終わることなき悪夢の中に無理やり閉じ込め、死という救いの
さらに恐ろしい事に、己が罪を自覚できぬままにこのおぞましい行為を5年もの間飽くることなく繰り返してきた、とてつもない大罪人なのです。
癒しの聖女だなんて、とんでもない。
わたくしはプロパガンダのために
静まり返った民衆は、既に彼女の言葉の一つ一つが持つ異様な迫力に完全に飲みこまれている。
彼女は己の名誉を否定し、罪を認めてはいるが、それは僕たちが望んだものではない。彼女が否定しているのはあくまで王家がことさらに強調し、喧伝してきた王家と国家の輝かしい勝利と栄光であって、それに基づく彼女の名声と名誉なのだ。
それを否定する事自体によって彼女個人が持つ高潔な精神はむしろ
「わたくしは自分の罪深さを知っています。
だからこれから処刑される事自体には何の異存もございません。
ただ、どうしても、一つだけ心残りがあるのです。
お集りの皆さまには、わたくしの懺悔と共にこの心残りを聞いていただきたい。どうかしばしのお時間をいただきますよう、お願い申し上げます」
フェルはこの期に及んでいったい何を言い出すつもりなのか。
僕たちはなすすべもなく彼女の言葉が終わるのを待つよりほかはなかった。
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