ピンク頭と王者の裁き

 ガッ……

 鈍い音が響いたかと思うと、煌びやかだが全く実用的ではない剣はあらぬ方にすっ飛んでいった。

 瞬時にアミィ嬢の前に割り込んだ僕が、素手で剣を弾き飛ばしたのだ。

 一応、これでも戦場であげた戦功だけで士爵を授爵してるからね、騎士団の中でもそこそこ腕は立つつもり。怠惰で鍛錬どころか学校の授業すらまともにこなせない殿下の剣なんか、強化をかけるまでもなく素手で止められる。


 そんなのは考えるまでもない事だと思うんだけど……殿下にとっては相当なショックだったらしい。ギラギラと目を光らせ、荒い息を吐きながらすさまじい形相で僕の事を睨みつけてくる。


「いくら図星さされたってレディに剣振りかざしちゃだめですよ。王族うんぬん以前に男性としてあり得ないでしょうが」


 僕はにっと笑顔を作ってことさらに軽い口調で言った。

 

「貴様っ!!不敬だぞ、手打ちにしてくれる!!」


「できるものならどうぞ。正当な理由なく貴族を殺害すれば、たとえ王族といえども重い罪に問われますが。

 もうわかっているでしょうが、ここにいるのは殿下の言いなりになる人間だけではない。この部屋の中にも外にも近衛の部隊が展開していますし、魔術師団の皆さんもいらっしゃいます。

 殿下を含め、みなさんにはいろいろと嫌疑がかかっています。

 逃げる事も、仲間内だけで口裏を合わせて誤魔化すことはできませんよ。いい加減観念してはどうですか?」


 いい加減、三文芝居に付き合いきれなくなってきたので挑発がてら事実を述べる。

 ここには騎士団や魔術師団だけではなく、これから裁くべき連中を黙らせることのできる立場の人々もちゃんと揃って彼らの様子を見ているのだ。

 クセルクセス殿下とエステルは忘れているのか理解していないのか、認識できていないようだが、そろそろ茶番は終わりにしよう。


「貴様……謀ったな……許さん、許さんぞ……」


 殿下は僕を悔しそうに睨みつけ、恨みがましい声を出すが全然怖くない。

 逆に軽く睨んで殺気を浴びせただけで怯えたように押し黙ってしまった。

 もしかすると殺気など浴びせられたのは生まれて初めてなのかもしれない。いつだって立場に甘えてぬくぬくと守られる一方だったから。


「これまでのやりとり、全て見せてもらったぞ。

 学園入学前からたびたび問題を起こし、そのたびに『このままではこの国を任せる事はできん』と再三再四、行動を改めるよう注意したはずだ」


「父上……」


 それまでずっと沈黙を保って事の推移を見守っておられた国王陛下が、クセルクセス殿下の前に立って静かにおっしゃった。

 まさか陛下直々に苦言を呈されるとは思っていなかったらしいクセルクセス殿下ははくはくと口を開閉するが、まともに言葉が出ない様子だ。


「入学後は成績不振で政経学科を落第して教養学科に転入せざるを得なくなり、挙句の果て下位貴族の小娘に誑かされてこの騒ぎ。情けないにもほどがある。

 いったん立太子を取り消して辺境伯のところに預けることとしよう。

 そこで根性が叩き直せればよし、立ち直る見込みがないようであれば継承権を放棄させ臣下に下す。

 次の王位は弟のマリウスにまかせれば良かろう」


「そんな……っ!! お待ちください!!」


「一緒に騒いでいた金魚のフン共もともに廃嫡の上辺境送りだ。寂しくなかろう。

 まとめてしっかり鍛え直してもらってこい。五年経っても立ち直る見込みがなければそのまま貴族籍を抜いて市民となってもらう」


「「かしこまりました」」


 言い渡された処分をアッファーリとアルティストは意外にも素直に受け入れた。

 あらかじめ説明を受けて納得済みだったようだ。


「そしてそこの娘よ。

 お前は貴族籍剥奪の上、修道院送りじゃ。ただし、見習いではなくすぐに出家すること。死ぬまで還俗は赦さん」


「ひどい……ひどすぎる……っ!! あたしはヒロインなのに……!!

こんなバッドエンド認めない……っ!!」


「お前ごときに認められる必要はない。

 だいたい、王族に毒を盛ったのだぞ。愚息にも大いに落ち度がある故、温情をかけたが、本来は公開処刑で斬首されるのが妥当なのだ。

 この期におよんでわきまえぬようならやはり斬首刑とするがいかがする?」


 仮にも王族がこんな愚行に及んだ、なんて醜聞を表沙汰にしないためなんだろう。とんでもなく甘い処罰だとは思うが、それでもクセルクセス殿下とエステルには充分重すぎると感じられたらしい。

 椅子から滑り落ちて膝をつき、頭を抱えている。


 逆らうだけの気概もないようで、ある意味情けないけれども、これなら逃亡の恐れはないかな?近衛の先輩方が捕縛してくれるようなので、警邏の僕は出しゃばらずにおとなしくしていよう。


 これにて一件落着だと思って気が抜けたのだろう。

 膝をついて俯いたままずっと一人でぶつぶつ言っていたエステルが、急にがばっと身を起こした時に対処が遅れた。

 気が付くと目の前に短剣のようなものを握りしめたエステルが迫っていたのだ。


「お前のせいで……っ! お前が悪役令嬢なんかに攻略されて裏切ったせいで……っ!!

 絶対に絶対に赦さない……っ!!」


 いきなり抱きついてきたエステルは、どうやら短剣型のペンダントのようなものを僕に押し付けているようだが……


「おかしい!! なんで効かないのよ……っ!! というかアンタ冷たすぎ!!どんだけ冷え性なの……っ!?」


 この短剣(仮)はどうも魔道具らしい。その割には特に効果を感じないのが不思議ではあるのだが。

 ……なんだかもやっとした力の流れのようなものは見えるのだが、それが僕の頭に入り込んでそのまま消えているのだ。

 あと、どうでもいいが冷え性なのは僕も気にしてるんだからほっといてほしい。さっきコニーにも言われて地味に傷ついてるんだから。


「えっと……何がしたいんだかわからないけど、無駄みたいだよ?」


 自分でもなんで全く効かないかわからないから疑問形。


「うっさいわ!! なんでこのあたしが格下の脳筋なんかに邪魔されなきゃならないのよ!? あたしはこの世界のヒロイン!! あたしのために、あたしのためだけに世界があるの!!

 お前が邪魔したせいで、お前が攻略されなかったせいで、バッドエンドなんて絶対に認めない……っ!! さっさと消えてリセットされろ、このザコっ!!」


 エステルはムキになって短剣(仮)を僕の胸のあたりに押し付けてくるのだけど、いくらやっても何の変化もない。

 どうやらありったけの魔力を注ぎ込んでいるらしく、力の流れのようなものがエステルから短剣(仮)に流れ込み、更にそこから僕の頭に向かって流れ込んでくるのが見えるのだが……そもそも何で魔力の流れが目視できるんだろう?


 そうこうするうちに、どうやら短剣(仮)の限界を超えたらしい。

 ぱりん、と固い音がして宝玉っぽい装飾が砕けると、虹色の光が溢れだした。


「ああっ、何で!? 何でなんにも起きないの!? これでこいつを破滅させられるはずじゃなかったの!?」


 ヒステリックに泣きわめくエステル。目が完全に虚ろになっている。


「……いいわ、もう全部リセットしてやる。全部ぜーーーんぶ、最初っからやり直しよ!!」


 そう叫んで彼女が胸元から取り出したのはとんでもないものだった。

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