ピンク頭とおとり捜査

「あとは生徒会の使途不明金だな。これも王族の洗脳ほどではないが、着服があるなら大問題だぞ。王立学園の生徒会費は国家予算から割り振られているんだから。これはスキエンティア君に帳簿を調べてもらって矛盾点を洗い出すと同時に、保管されている現金と照らし合わせていつ持ち出されているか調べるしかないだろう。とにかくこれからも調査の必要があるので、君たちはこれまで通り証拠となる動画の撮影をお願いしたい」


「そのくらいの事なら喜んで」


「わたくしもお手伝いさせてください」


 もともとそのつもりだったので、みんな快く引き受けてくれた。特に見返りのある話でもないのに有難いことだ。


「それから、急に態度が変わると怪しまれて尻尾を出してくれなくなるから、できるだけ今まで通りヤツを持ち上げてやるように。できる事ならおだてて何か聞き出してもらえると助かる」


 う……そっちは自信ない。

 僕も一応伯爵家の子息なんだけど、七歳から実家に縁の深い騎士団で訓練を受け始め、十歳になってからは正式に師匠について修行三昧の日々だった。それから入学直前までの三年半は俗世と隔絶されたような状態で、基本的には同じ一門の人としか接することはなかったんだ。

 実家に里帰りすることもなく、師匠や兄弟子たちの他には部隊の士官や兵卒たちとたまに作戦でご一緒する程度。

 だから貴族としての付き合いよりは、平民の叩き上げ軍人との付き合いのほうがはるかに多い。おかげで、ついつい率直な物言いと冗談を交わしあって交流を深める軍の人付き合いに慣れてしまっていて、高位貴族にありがちな、あいまいな笑顔を浮かべ、遠回しな言葉で腹の裡を探り合う付き合い方がかなり苦手だったりする。

 まぁ、本音を表に出しすぎるのがまずいのは軍も同じなので、いつも明るく愛想よく振舞って、不用意に感情を表に出さないようにはしているんだけどね。


 研究者肌のパラクセノス先生もあまり期待はできなさそうだよね。社交してる暇があったら研究するか勉強してるかのどちらかだろう。他の二人は……駄目だこりゃ。二人とも生温かい笑みを浮かべて明後日の方見ているよ。

 まぁ、二人とも生真面目で率直な人だからね。腹芸はあまり得意ではなさそうだ。本当に高位貴族の子女ばかりなのか、ここにいるの。


「今後、集まった映像を解析した結果、また何か調査を頼むかもしれないのでそのつもりでいてくれ」


「かしこまりました」


 魔導師団長の指示で、今後の方針が瞬く間に決まっていく。そんな中、僕は大事な事に気付いて慌てて確認を取った。


「あの、私は騎士団の業務もあるのですが、そちらはどうしましょう?警邏の所属なので、ほぼ毎日巡回任務に就かなければならないのですが。できれば朝夕の訓練にも参加したいです」


 僕は騎士団の中でも警邏といって、主要都市やその周辺の治安維持を担う部隊に所属している。その中でも組織犯罪の捜査を主に担う部隊に所属しているため、毎日の巡回は犯罪の芽を発見して事前に防ぐためには欠かせない大事な任務なのだ。

 朝夕の訓練も欠かせない大事な日課だ。自分の能力を維持するために必要なのはもちろん、家族も同然である部隊の仲間と一日一度は顔を合わせておきたい。

 そうやって仲間を大切にすることでいざと言う時には自然に連携が取れるし、それが有事には生死を分けることもあるのだ。


 ちなみに殿下の側近候補になるよう命令を受けた時に、王室と学園からは要人警護を担当する近衛に移籍するように強く求められた。でも、正直に言えば側近になる事自体あまり乗り気でなかった僕は、近衛に所属して王家に取り込まれるのがどうしても嫌で、当時の師匠でもあった上官と相談し、丁重にお断りした。

 僕のような治癒術師はいったん王家に取り込まれてしまうと、死ぬまで便利に使い潰されてしまいがちだからね。実際、僕の一門では五十を過ぎて生きていた人はほんとうにごく稀らしい。

 結局、在学中は学園内の殿下の護衛を引き受けたり学長のお願いを聞いたりする代わりに警邏けいらに残らせてもらうことにしたのだ。その後もたびたび近衛への移籍を勧められているのだけど、殿下にも疎まれている事だし、卒業後は一介の騎士として警邏けいらに残りたいと思っている。


「怪しまれるのといけないので基本的にはいつも通りに行動してくれ。ただし君の上官には話を通しておいて、万が一の時には自由に動けるようにしておこう」


「ありがとうございます」


 これで調査もしやすくなる。いざとなったらバックアップを受けられるのはありがたい。

 なんせ王族が絡んでいるのだから、うっかり悪意に解釈されて言いがかりをつけられると、僕みたいな下っ端の平騎士は物理的に首が飛びかねない。きちんと筋を通して正式な任務という形になっていれば、僕個人に責任を被せられる心配はなくなるというものだ。


 そして上官に話を通しておいてもらえるということは、いざという時に部隊の仲間の力を借りられるということ。

 彼らの力を借りられると言う安心感は、単なる人手や戦闘力ではなく、僕にとっては何よりも心強い助けになる。


 これでおかしな言いがかりに怯えることなく、安心して調査に励むことができる。

 明日からもしっかり観察してエステルやクセルクセス殿下の尻尾をつかむことにしよう。

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