第46話 番外編 街道を照らす光②
その夜、いつものように店に食事に来てくれたハルディンさんが、ジェイ、シュミットさんと同じテーブルで頭を付き合わせて話し合っていた。
僕は厨房があるので、客足が落ち着くまで先にジェイとシュミットさんの二人にハルディンさんに説明をしてもらうことにしたのだ。
「だからよ~。」ジェイが昼間僕が書いた簡単な図をテーブルの真ん中に置いて説明している声が聞こえる。
隣のテーブルではクローディアとルーとマーリーンさんが凄い勢いで料理を平らげていた。もっとも、マーリーンさんに関しては料理よりは酒で魔力を補充しているらしく、食事は普通の人並みで、酒の消費量が半端じゃ無かった。
手酌でどんどん飲んでいくのだがその早さが尋常ではない。しかも、使っている盃は通常の倍の大きさのマーリーンさん専用の物だ。まあ、魔法使いたちに関してはカウンターから勝手に料理を持って行ってくれるのでほとんど手間はかからない。
それにしても、いったい何処にあの酒や料理が入って行くのか不思議だ。
その後、お客さんからの注文とおかわりに忙しく走り回っていた僕は最後の料理を出し終えるまでハルディンさんと話すことも出来なかった。
ジェイ達の席に締めでサービスの手打ちうどんのお椀を持って行った時には、魔法使い達とジェイ達の席しかお客は残っていなかった。
しかもクローディアとルーはテーブルに突っ伏して寝てしまっている。
マーリーンさんだけが手酌で淡々とまだ飲んでいる。一体、本当にどれだけ飲むのだろう...。
僕はクローディアと顔と顔を近づけてテーブルに突っ伏していたルーの頭を持ち上げるとクローディアとは反対側にくるりと向ける。
それを見ていたマーリーンさんがぷっと噴き出して笑ったが、僕は黙殺して隣のテーブルに椅子を持って行って座った。
「すいません。遅くなってしまって。」
3人は先ほど置いたばかりのうどんを既にぺろりと平らげていた。
「いや、こっちはこっちで楽しく話していたぜ。」
ジェイが笑顔で答えてくれる。他の二人もうんうんと頷いた。
「それで、どうでしょうか?」
ハルディンさんは寡黙な印象の人で、カウンターから遠い席でいつもひとりで黙々と飲んで食べている印象がある。あまり、話したことは無かったのでちょっと緊張して声を掛ける。
「石柱を切り出すのに3日、石柱の上部に貝を乗せる部分の細工に4日、全部で7日もらえれば100体出来る。」端的に答えてハルディンさんは頷いた。
「100体?そんなに早く出来るんですか?!」
仕事が早いと聞いてはいたが加工も必要な100体の石柱を1週間でつくるなんて。
「ああ、問題ない。」
ハルディンさんは当然のように頷いた。
つまり、僕の考えはこうだ。
石柱1体ではクローディアの家に向かう道の目印になってしまうなら、街道沿いにずらっと目眩ましのように石柱を並べてしまえば良い。
まあ、街道全部はもちろん予算的に無理なのでクローディアの家に続く脇道への入口の集落側と王都側に半分づつ例えば50体ずつとか?
まあ、それは予算交渉次第かと考えていた。
「しかも、材料費はただでいいってよ!」
ジェイがまるで自分の手柄のように意気揚々と告げる。
「え?!どういうことですか?」
「だいぶ前に運ばれた岩の塊が裏庭に置きっぱなしになっている。通りからも見えるだろう?運ばれた後にキャンセルになった注文用の石材なんだが、邪魔でどうしようかと思っていたんでな。使ってもらえるならむしろありがたい。」
確かに川の近くにでーんと大きな岩の塊が置いてあるが知っていた。そんな理由だったのか。
「でも、さすがにタダというのは...。もちろん、工賃はお支払するとしても。」
そんなに大金は出せないけど、店で稼いだお金が多少なりともある。だいたい、ここで暮らしていると食材費以外にはあまりお金がかからないので貯まるいっぽうだ。しかもその食材だって僕が出しているわけではないのだから。
「いやいや、それなんだけどよ。工賃もいらねえよ。」
ジェイがどうだ驚けといった表情でニヤニヤしながら告げる。
もちろん、僕はジェイの思い通りに驚くしかなかった。
「え?何言ってるんですか!」
いくらなんでもそれはない。思わず大きな音を立てて立ち上がる。
「まあまあ。それについてはちゃんと説明するから。」
ジェイが僕をなだめるように肩に手を掛けて座るように促した。仕方なく、大人しく座り直す。
「実は、昼間この話を聞いた時にシュミットと俺は同じことを考えててさあ。」
ジェイが話し出した。
バルトさんの宿に酒を買いに行った時にその場にいた男達と、この店に来てからも他の人達に話をしたらしい。
「いや、クローディアの話しはしてないよ。石柱を建てるって話だけ。」
ジェイから小声でフォローが入る。
「それでさあ、まあ皆の意見としては石柱を建てて街道が明るく安全に通れるようになるのは大歓迎ってことなんだ。」
つまり、この辺りの人間は王都へ自分達が収穫した作物や作った物などを売りに行ったり、届けたりしに頻繁に行くのだが、帰りが暗くなってしまうことも少なくない。
しかも、畑仕事などの肉体労働よりも馬車に荷物を積んで届けるような作業は女性や少し大きな子供達が担当する事も多い。
男達としては、家族が暗い道を通って帰って来るのをいつも心配していた。
そこで、ジェイとシュミットさんが他の旦那方に街灯の話をしたところ自分達も話にのるとの賛同がほとんどだったらしい。
通りで、今晩ジェイ達3人が話しているテーブルに声を掛けたり、テーブルの横に立って話し込んでいる人が多いと思った。
「今頃、家にこの話を持ち帰って家族たちにも皆が話しているに違いないよ。かみさん方の了解がとれたらハルディンへの工賃は皆で少しずつ分けて出すことにするから。」
「じゃあ僕も他の皆と同じ様に出しますから。」
仮にも自分が発案したことだ。いくら皆からは子供だと思われていても少しぐらいは参加したい。
「はは、そういうと思ったよ。」
シュミットさんとジェイが笑った。心なしか無表情のハルディンさんの頬も緩んだ気がする。
僕は少し子供扱いされたようで(まあ、実際3人から見たら子供以外の何でもないのだが)恐らくムッとした顔をしていたのだろう。
「だからさあ、石柱は近所の男衆で設置するからその時の弁当をね、お願いしたいんだ。」
ジェイが僕を宥めるように提案してくる。
「弁当ですか?」
「そうそう、できれば人手を集めて一気にやってしまいたいから結構な人数になると思うけど。あと、明かり用の貝殻の用意!」
「弁当と貝殻...。」
「うんうん。結構大変だと思うけど。皆、自宅では甲虫貝食べないしさ。」
確かに、貝の料理はたぶんまだこの店でしか食べられていないかもしれない。貝殻を集めるのは僕の役目だろう。僕が渋々納得しかけて時後ろから声が掛かった。
「何か面白そうな話をしてらっしゃいますね?」
マーリーンさんが隣のテーブルから立ち上がり後ろに立っていた。
3人がビクッとするのが分かった。
時々、同じ店で食事をして居るのにクローディア以外の魔法使いはなかなか慣れないらしい。やはり普通の人にとってこの世界に数人しか居ない魔法使いは畏怖の対象だ。
ルーなんて、ジェイさんのすぐ後ろの席で無防備にグースカ寝ているのに。
「それで、ちょっと気になったのですがね...。」
「はい?」
3人が答える気配がないので僕が答える。
「街道はあくまでも公共の物でしょう?勝手に街灯を建てるって不味くないですかねぇ。」
「あ!」
皆が顔を見合せる。
そうなのか。そりゃあ役に立つものとは言え確かに...。
「勝手に建てるのは不味いでしょうか?」
「う~ん、もちろん一部の理由を除いて国民の安全のためだから反対はされないと思うけど。一応許可ぐらいは取っておいた方がねぇ?」
一部の理由?それはもしかしてクローディアの為にという元々の理由だろうか。
まあ、マーリーンのからかいはいいとして、確かに後で国から怒られても困るし許可をもらっておいた方が安心ではある。
「で、許可ってどうやって取るんですか?」
目の前の3人に聞いてみる。
「さあ?」
「許可なんて取ったことないからなぁ。」
「知らん。」
どうやら、誰も知らないらしい。
「ハルディンさん。」
マーリーンさんに話し掛けられてハルディンさんの表情が強張るのが分かった。きっと、なぜ自分の名前を知っているのだと戦々恐々しているのが僕にも感じられた。
「今ある材料でどれほどの数の石柱ができますか?」
「...余っている石材全部使えば120体ほどつくれる。もちろん、全部使ってもらうつもりだ。」
ハルディンさんが少し考えてから答える。
「ふ~ん、120ねぇ。どうせなら国から補助も出してもらってずら~と、この集落から王都の手前まで並べてしまってはいかがです?」
マーリーンさんが事も無げに言い放った。
全員が一瞬絶句した中、一番最初に我に返ったのはジェイだった。
「いや~、俺らも労働力なら提供できるが、石材代はいくらなんでも出せねえ....ですよ。ここの集落から王都の入口までなんていったいどれぐらい石材を用意すれば良いのか...。」
「でも、一部分だけ明るくしても防犯上はあまり意味無いでしょう?」
マーリーンさんも笑顔を保ったまま引く様子がない。
「まあ、それはそうだ...ですけど、無いよりは安心感がありますし、今回は石材がタダっていうのも皆の賛同を得やすかったから...。」
ジェイも果敢に説明してくれる。
だいたい、街道全部ってどんな規模の工事になるんだ。
「では、材料費と人件費は国の許可をもらうついでに私が国王からもぎ取ってきて差し上げましょう。」
え?もぎ取るって言いました?王様から?
「で、それが図面?」
テーブルに置かれていた僕が書いた簡単なイメージ図とも言えないような落書きを指差してマーリーンさんが除き込んだ。
「は、はい。図面というか簡単な落書きですが。」
石柱の大きさと形、どの程度の間隔で並べるかがざっくり書いてある。
「ふ~ん。これだと道の片側だけに並べる感じですか?」
「はい。」
確かに、両方並べるのも考えたが、街道自体それほど広いわけではない。今は良いが今後大きめの馬車が通ることも考えられる。さらに城に向かって右側には川が流れている。
馬車で川辺へ降りようとする人達にとって川側にも街灯があると邪魔になることもあるかもしれない。下手するとなぎ倒されてしまうかも。なので、山側にだけ並べることにしたのだ。
「なるほどね。」
僕の説明を聞いたマーリーンさんは納得したようだった。
「じゃあ、これは借りていきます。明日、城に行って許可ももらってきましょう。」
「え?でもそんな簡単に行くもので...?」
茫然としている僕たち4人に向かってマーリーンさんはニッコリ笑うと言い放った。
「大丈夫です。自国民が安全に街道を通れるようになるという正当な理由もありますし、他国の旅人に対しての安全面のアピールは国の利益になりますからね。」
なるほどと、皆がなんとなく納得したが、
「まあ、どちらにしろ王は私の提案を断ることはできませんから。安心して下さい。何と言っても可愛いクローディアの為ですからね。」
とマーリーンさんが僕の耳元で呟いた言葉は他には聞こえなかったと思いたい。いったい王様とマーリーンさんの関係って...。
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