第39話 黒くて香ばしい液体

「良かったら軽食を用意したので食べて行ってください。」


そう声を掛けるとやった~と喜びの声があがる。今日はビュッフェ形式で、女性達も多いので少しだけ華やかに見えるように盛り付けも工夫した。料理を見た人達から歓声が上がり、喜んでもらえていることが分かった。


クローディアは既にカウンター席に座って山盛りに取ってきた料理を食べている。そして、何故か今日も大人の姿になっていた。全員は入りきれないので料理を皿に取った人とまだ取っていない人が入れ替わるように店を出入りしていた。エマが外に椅子を並べてくれたのは大正解だったわけだ。


「やっほ~、なになに旨そうなの並んでるじゃんか!」

そう言ってルーとマーリーンさんが顔を出した。周りの女性たちが遠巻きにチラチラと二人の顔を見ては頬を染めている。


「やあ、やっとこれが出来上がったんで持ってきたんだがね。いいタイミングだったようだ。」

マーリーンさんは以前と同じ白い足首まであるローブを纏っていたが、袖から1本の大きい瓶を取り出してカウンター越しに僕に渡して寄こした。中には黒っぽい液体が入っているのが見える。


「これは?」

蓋を開けて匂いを嗅いでみる。何とも言えない良い香りが漂う。

「いかがかな?以前味見したあの味にかなり近づけていると思うのだがね。」

「何だその真っ黒な液体は?」

ルーが不思議そうに覗き込む。

「醤油、ですね?」

マーリーンさんに確認する。彼はニヤッと笑うと「そうだ。」と認めた。


「凄いです!一度味見しただけなのにどうやって作ったんですか?」

これも魔法で作れるのだろうか?

「私は味を覚えることが得意なのでね。まあ、なかなか苦労したけどね。ここのところずっとこれに掛かりっきりだった。」

「じゃあ、最近マーリーンがずっと自分の部屋に籠っていたのはこれを作っていたから?王宮のやつらがマーリーンの代わりに仕事に追われて困っていた原因?」

ルーが呆れた顔をする。

「まあね。でもずっと籠っていたわけではないよ。材料を求めて結構遠方まで足を延ばしたりもしていたからね。それで、どうかな?味見をしてもらえるかい?」

「はい!もちろんです。」

僕は、小皿に少しだけ醤油を垂らすと舌で舐めてみた。

「どうだい?」マーリーンさんがニヤニヤしながら聞いて来る。

口の中に醬油の旨味と良い香りが広がる。

「...。美味しいです。っていうか僕がいつも使っている醤油よりも美味しいです。」

ちなみに、いつも使っているのはスーパーで一番手頃な価格のものだけど。

「そうか。それは良かった。」

「凄いです。どうやって作ったんですか?」

僕も作り方を調べてはみたのだが醤油を作るのは1年程度は掛かるはずだった。

「まあ、熟成させるのは魔法で時間を早めたりしたけどね。後は地道に試しては失敗の繰り返しさ。それがまた楽しいんだよね。まあ、長生きしていると時間だけはたっぷりあるのでね。」

そう言ってふふふふっ...とマーリーンさんは本当に楽しそうに笑う。

「ちょうど今日はお祝いの様だし、これは君へのプレゼントとして差し上げよう。ぜひ使ってくれたまえ。」

「え?良いんですか?」

「ああ、もちろん。可愛いクローディアが世話になっているお礼だ。それに、無くなったらまた言ってもらえれば幾らでも作ろう。」

「ありがとうございます!」それはかなり嬉しい。


「いやいや良いんだ。それで、その代わりと言っては何だが、小瓶に分けて売ろうと思う。まずはこの店で販売してはどうかと思うんだが。どうだろう?」

「それは構いませんが売れますか?馴染みのない調味料ですし。」

「もちろん。ここで美味しい料理を食べた人が買っていくだろう。レシピを付ければなお良いね。」

レシピ...。やっぱり文字の練習を頑張らなければ。

「分かりました。では、宣伝も兼ねて各テーブルに置いてみましょうか?」

「それは良い案だ。調味料というのは高価なものではないが一度浸透してしまえば手放せないものだからねぇ。しかも私以外の人間が製造方法を知らないとなれば...。」


そう言うとマーリーンさんはニヤリと笑った。ルーは既に取り皿を手にしてクローディアと一緒にテーブルの方へ行ってしまっていたので、その顔を見たのは僕だけだったかもしれないけど。

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