第30話 静かな一日

その日は随分と静かだった。


近頃は、夜になるとジェイやシュミットさんだけではなく、エマのお父さんや、石工のゲイツさん、ジェイの父親のハリマンさん、他にも集落の男性たちがやって来るようになっていた。

恐らくジェイが声を掛けたのだろうと思っていたら、先日はバルトさんの宿のお客さんが紹介されたといってやって来た。

それで良いのかバルトさんと思っていたら、叔母さん曰くバルトさんは全然かまわないらしい。


もともと、宿の夕食は泊まる人へのサービスで始めたものだから、泊まり客から追加で貰うのは酒代のみらしい。集落の人達も飲みに来るけど、メニューも芋とシチューだけなので、それほど売り上げに影響はないそうなのだ。

僕のところで食事をする人は宿から酒を買ってくるので、だいした労力もなく酒代だけ入って来る。むしろ、僕のところの料理を営業トークに使い、宿のリーピーター客も増えているのでホクホク顔らしい。


知らなかった。そんな使われ方をしているなんて...。

どうりで、最近全く見たことがないお客さんが来るなと思った。


そんな訳で最近、通りに面した大きな窓越しに小さな黒板を置くようになった。

料理を出せる時には大きな○を出せない時は×を書いて表から見えるようにしたのだ。こうしておけば皆がいちいち聞きに来なくて良くなり便利だからだ。ちなみに、これは唐揚げ2回分でシュミットさんが作ってくれた。


そして、それと共に皆がテーブルにお金を置いていくようになった。


近所の人達からは色々なものを分けてもらっていたので、料理はただで提供していたのだが、旅の人達が来るようになって、自然とそうなった。いつも来ているジェイとシュミットさんからも値段を付けた方が良いと言われたせいもある。通貨価値が分からないので、叔母さんにも相談して、お釣りの要らないワンコイン価格、お代わりは更にワンコイン。叔母さん曰く日本でいうところのざっくり500円。本当だろうか?まあ、材料費は叔母さんとクローディア持ちだし、みんなの不満も無いようだからいいか。


王都に買い物に行った時にも使えるのできっとお金はあった方が良いにだろう。ありがたく頂いておくことにした。


他にも以前作ってもらったテーブルと椅子のセットが更に2つ追加され、テーブル席が3つに増えた。

これは、シュミットさんの希望で餃子5回分とパスタ5回分と交換したものだ。


今日は、その餃子の2回目だったのだけど居るのはカウンターのクローディアとテーブル席のシュミットさん二人だけだった。

「あれ、ジェイは?」

ほぼ毎回のように一緒に顔を出す二人だけど、今日はジェイがいない。

シュミットさんが無言で頭を振ったので、理由は分からないということだろう。


シュミットさんに餃子を運んでいると入口の扉が開いて知らない顔が覗いた。

「お、空いているかい?」

ジェイやシュミットさんより少し年上見える男の人がにこにこしながら入ってきた。

「あ、はいどうぞ。」

「この前、ここを通った時は席がいっぱいだったんだよ。俺、よく商売でこの街道を通るからいい匂いがするの気になっていてさ。」

そう言いながら、彼はシュミットさんとは別のテーブル席に腰かけた。

「あの、メニューは1種類だけですが良いですか?向かいの宿に泊まるんですよね?だったらお酒は置いていないので宿で買ってきてもらいたいんですけど。」

彼はまだ酒を買ってきていないようなのでそう声を掛けた。いつもなら周りの人たちが説明も勝手にしてくれるのでお任せしているのだが、今日は無口なシュミットさんだけなので自分で説明する。


「いや。今日は、酒は飲まないよ。ささっと食って王都までもうひとっ走り頑張って行っちまうつもりなんだ。」

「もう、日も暮れるのに?」

「ああ、王都に身内が居るからね。宿に泊まるより気が楽なんだよ。いや、本当はもっと早い時間にいつもなら通るんだけど、ここが開くのって夕方からだろう?だから、今日はわざとちょっと遅い時間にここを通るようにしたんだよ。」

それはわざわざ申し訳ないことをした。

「そうなんですか、急いで作るのでちょっと待ってください。」

そういうと僕は既に皮に包んであった餃子を火の精霊カネルが熱く焼いておいてくれた鉄フライパンに並べた。餃子の皮は手作りで少し厚めにして、大きさも大きめに作ってみた。モチモチした感じが出て良い感じだ。残ったら冷凍しておいて、後で水餃子にしても美味しいと思う。


お湯を回し入れるとジューという音する。それにジェイが作ってくれた蓋をかぶせて蒸し焼きにした。

その間に中華鍋で手早くチャーハンを作る。

パリパリに焼きあがった餃子を皿に盛り、鶏がらでだしを取り卵をフワフワに流しいれたスープ、チャーハンを添えて出した。


「へ~、上手そう!これ何ていう料理?」

「餃子です。あと、米を炒めたのはチャーハンです。」僕が答える間もなく男は餃子にかぶりついた。

「...。うまっ。何これ?!」


シュミットさんがうんうんと同意するように頷いて自分の空になった餃子の皿を僕に差し出した。

お代わりだ。


お皿を受け取って、カウンターまで戻るとクローディアの皿もあと少ししか残っていなかった。

ちなみにクローディアの餃子の皿は他の人とは違って大皿だ。


「ディアも餃子まだ食べる?」

そう聞くと頷いたので、チャーハンを作っていた中華鍋は脇に避けてフライパンを二つコンロに並べておいた。

「カネル、両方お願い。」

カネルに声を掛けると両方の鍋の下に火が付いた。

片方の鍋に1人前分6個を、もう片方の鍋にはクローディア用に円形にびっしりと餃子を並べた。


「おい兄さん!俺もこのギョーザお代わりもらうわ。」王都に行く商人からそう声を掛けられる。

1人前分の鍋に慌ててもう1人前6個を追加した。


来た時に言っていた通り、凄いスピードで餃子を平らげると男はまた食べにくるよ!と言って王都に向って行った。


結局その日に来たのは彼と、シュミットさんとクローディアの3人だけだった。

「なんか、今日は静かだったな。」

皆が帰った後に片付けをしているとカネルが不思議そうに呟いた。

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