第21話 叔母さんが剣を持つ事を考える話②


「...。うるせえなぁ。」

案の定、他のテーブルから声が上がる。

「ああっ?なんか言ったか?」

「いいから静かに飲んでろよ!」

別のテーブルからも声が上がる。そうだ、そうだという追従の声も上がる。

あとは、予想通り。あっという間に酔っ払い同士の掴み合いの喧嘩が始まった。

食器がテーブルから転げ落ちる音と、怒声が響きあう。


最初は隣合った二つのテーブルから始まった喧嘩も、あっという間に他のテーブルに飛び火して広がっていった。



「全くしょうがないな...。クローディア、お前の魔法で止めてくれ。」

叔母さんがクローディアに頼む。


「嫌だ。自分でやればいい。こんな大勢の前で、魔法であいつらを大人しくさせたらまた怖がられる。」


あ、一応気にしていたんだ!僕は心の中で思ったけど、叔母さんも同じことを思ったらしい。


「何だ、気にしていたのか?全然気にしていないかと思ってたよ!」

叔母さん!デリカシーが無さすぎる。


クローディアはブスッとして立ち上がると僕に言った。

「帰って食事にしよう。」


「でも…」


あの騒ぎを放って帰るのも心配だけど、何よりも喧嘩が入口近くで起こっていて僕達が帰るのにはその真ん中を通り抜けなければいけなかった。


「早く喧嘩を治めてこい。通れない。」

クローディアは叔母さんにそう言うが、さすがにそれは危ないし叔母さん一人では無理だろう。しかも、喧嘩は離れた隅の方に座っていた僕たちのテーブル以外ほとんどの人が参戦している。

参戦していない人も周りで野次を飛ばして煽っている。


「だいたい、お前の甥っ子に何にも教えないつもりか?」

うん?この辺りのことはだいたい教えてもらったと思うけど?クローディアに言われて叔母さんは渋い顔をしている。


「ほら、早く止めないと家具を壊されるぞ。」

柄の悪い男のひとりが剣を抜こうとしているのが見えた。


「ちっ!カウンターの向こうに避難していろ!」

叔母さんは舌打ちをすると近くにあったほうきをがしっと掴み喧嘩の渦に向かっていった。


「お前達!いい加減にしなさい!」

叔母さんが声を張り上げるが当然ながら、皆全然聞いていない。

刺青の男が剣を抜いて、素手の人に切りかかろうとしていた。


「関係ないやつは…。」

おそらく、黙っていろとか言うつもりだったのだろう。剣を持った男の腹部に叔母さんのほうきの柄が水平に綺麗にめり込んだ。それでも男は自分の剣を離さず握りしめたまま前に倒れ込む。

叔母さんは男の肩を支えたそのほんの一瞬に剣を取り上げると、支えた手を離した。今度こそ刺青の男が前のめりに倒れていった。


「危ないなぁ。自分の剣で怪我をするぞ。全く。」


ぶつぶつ言いながら倒れた男の背中を叔母さんはグリグリと踏みつける。

それを見て、他の客と揉めていた仲間の痩せた男が剣を振り上げて叔母さんに向かってきた。


ここまで来ればさすがに僕でも自分の叔母さんがただ者ではないと言うのが分かった。

クローディアが自分で止めろと言ったのも分かる。


向かってきた剣をさっき倒した男から取り上げた剣で弾くと叔母さんは今度は自分から軽々と切り込んでいく。キンキンと剣と剣が合わさる音が部屋中に響くが明らかに叔母さんは余裕、対する男はスピードについていくのに必死で腰が引けている様子が見てとれた。まるで、先生に稽古をつけてもらっている生徒のようだ。


さっきまで揉めていた周りの人達も唖然と二人を見ていた。

あっという間に壁に追い詰められた男が叫んだ。

「ひいっ!すいませんでした!」


最後の一撃で叔母さんは男の剣を弾き飛ばす。

キンッ!と音がして飛ばされた剣は、さっきまで一緒になって騒いでいた近所の男たちのテーブルのど真ん中に綺麗に突き刺さった。

ひいっ!という悲鳴がテーブルの周りから聞こえた。

「静かに飲むようにな。」

静まり返った食堂に叔母さんの低めの声が良く聞こえる。


「すいませんでした!」

そしてその後男たちの大合唱が宿に響き渡った。




「叔母さんは剣の先生だったの?」


散らかった食堂を片づけるのを手伝おうとしたら、叔母さんに自分たちでやらせるからいいと言われたので、僕たちは向かいの家に帰ることにした。帰る前に選んだ茶葉の種類だけバルトさんに伝えておこうとカウンターの向こうを覗いたら、バルトさんが鍋をかぶって震えていた。

刺青の男と仲間の細身の男の二人は剣を取り上げられ、今すぐ寝るようにと宿の部屋に放り込まれていた。


「さあ、先生もやっていたかもしれないが...。詳しくは本人から聞くんだな。それより、腹へった。」

クローディアが食事の催促をしてくる。

「うん、直ぐに食べられるように下準備はしてあるよ。今日は昼間釣ってきた鯵みたいな魚のフライね。」

「あじのフライ?!」

「そう、魚の名前が分からないからアジフライでいいか。」


後日、宿のカウンターの下には護身用の実用的な一振りの剣が置かれるようになった。

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