第10話 癖になる味

叔父さんがいるかもしれないと思いそーっと部屋を横切る。


学校は携帯電話は持ち込み禁止なので、机の上に置きっぱなしになっていたスマホがチカチカ光っていた。日時を確認すると、クローディアと会った日の夜9時だった。良かった、時間の進みは同じくらいのようだ。


叔父さんも出張中で家には誰も居ないはずだ。

見ると叔父さんからの連絡が入っていた。


無事に大阪について今はホテルらしい。


本当なら一刻も早く叔母さんの事を知らせてあげたいけど、今はまだどうなるかはっきりしていないし叔母さんに確認してからにしてからの方が良いだろう。

叔父さんごめん!!

スマホに向かって手を合わせると、廊下の電気をつけて台所に向かう。


まず、台所に置いてあった大き目のエコバックに、醤油とみりん、料理酒を入れる。これだけでも、結構重い。あと、念のため塩コショウと味噌。あ、砂糖も。台所にあったケースごと入れる。


ついでに冷蔵庫の中身を確認して、昨日作ってあった筑前煮のタッパーを味噌の容器の上に乗せる。お釜を確認したら今朝炊いたお米がまだ結構残っていたことを思い出した。

まとめて炊いて冷凍しておこうと思ったんだっけ。


う~ん、肉じゃがを今から作ってもすぐにはできないから、おにぎりと筑前煮でも食べておいてもらうか。


冷たくなっていたお米をレンジで軽くチンして、手早くおにぎりを作る。


中身は冷蔵庫にあった瓶詰の焼きたらこ、キュウリの古漬け、梅干しは、一瞬迷ったけどあちらの世界の住人が梅干しに対してどんな反応をするかの好奇心に負けて、1個だけ作る。


10個ほどできたけどクローディアならぺろりと平らげてくれそうだ。おにぎりを何に入れて持っていこうか少し迷って、重箱があったのを思い出す。この量だと、これがちょうど良い。


さすがにエコバックには入らなかったので、重箱は底の広い紙袋に入れる。叔父さんがケーキを買ってきてくれた時のしっかりした紙袋だ。

よしっと、これ以上増やすと持っていけなくなりそうなので、このぐらいにしておこう。


あ、冷蔵庫にいんげんがあった!

肉じゃがの彩りに使えるのでこれだけ袋に放り込むと、台所、廊下と、電気を消しながらまた自分の部屋へ戻った。


一瞬、スマホを持っていこうか迷ったが、電波繋がらないよな、と思い止める。

さっき出て来たはずの扉は跡形もなく消え去っていて、ただの壁になっていた。このまま、あちらの世界に行けなくなっていたらどうしよう不安に思いながら壁に触ると、フワッと扉の輪郭が光り扉の形が浮き上がってほっとする。


あれ?そういえばこの扉、取手がないけど?さっきは押したから引くんじゃないのか?

少し迷って押してみると普通に開いた。


どうやら、魔法の扉は両方に開くらしい。


荷物を抱えて扉を開けると、目の前にクローディアが立っていてビックリする。


「遅い!」


「ごめん。でも、ほら直ぐに食べれるものを持ってきたから。」

「なにっ?本当か?!」


こくこくと頷いて、重箱の入った紙袋を差し出す。


「おにぎりって言うんだけど、腹に溜まるし良いかなと思って作って来た。」


「今作って来たのか?!」

クローディアは大きな目を更に見開いて驚く。


「いや、作って来たといっても具を入れて丸めただけだけど。」

期待させて悪いけどおにぎりだから。ただの。


「お前、凄いな!」

僕の話は全く聞いていないな。

クローディア、おにぎりが入った重箱に釘付けになっている。


取り敢えず、カウンター席にクローディアを座らせておにぎりの入った重箱を目の前に置いてあげる。

「あと、もう1品持ってきたから、今出すね。肉じゃができるまで少し時間が掛かるから、それ食べて待っていて。」

筑前煮は小鍋ごと持ってきたので暖めて皿に盛れば良いかな?



「カネル、これ暖めてくれる?」


さっきから後ろで僕たちのやり取りを興味深げに見ていたカネルに、頼んでみる。


「え?!俺?まじ?」


いや、レンジもない世界じゃここで鍋を暖められるのは君しか居ないでしょ。


「うん、焦がさないように軽く暖めてくれれば良いんだけど?できる?」


「お、おう!あったり前よ!任せろ!」


カネルに言われる通りに鍋を五徳もどきに置くとカネルの姿が消えて、代わりに鍋の下に良い感じの弱火が出来た。


さてっと、このキッチン、鍋とかはあるのかな?

棚を開けてみるが、それらしきものは見当たらなかった。


「クローディア。」


カウンターでおにぎりを食べているクローディアを見ると、梅干しに当たったらしく、くうっーと顔を歪めていた。


「ぷっ!大丈夫?」

思わず笑ってしまう。


「それ梅干しって言うんだけど。慣れると美味しいんだよ。本当は種があるんだけど今回は食べやすく抜いておいたから。」


クローディアは酸っぱさ全開の顔はしていたが、吐き出すことはなくしっかり噛んで飲み込んだ。

「かなり酸っぱいが、癖になる味だ!」


「それは、良かった。梅干しを使った美味しい料理もあるから今度作るよ。」


「本当か?絶対だぞ!」

なんかクローディアっていつも真剣でいいなぁ。食べ物に対してだけど。

僕はこちらの世界に居ることに気持ちが傾いている自分が嫌ではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る