第2話 勇者の剣?

僕は料理が趣味なのだ。


まだ小学生の時、女手一つで育ててくれていた母親が病気で死んだ。

それからは、子供の居ない母親の妹である叔母とその結婚相手である叔父の二人が僕を育ててくれた。


家庭科の授業で習ったメニューを世話になっている叔父と叔母に作ってあげたいと思ったのが始まりかもしれない。そのうちスマホを買ってもらってからは、動画で料理レシピを調べたり、図書館でお料理本を借りてみたり。だんだん自分の食事は自分で作るようになり、色々研究している内にすっかり料理好きになってしまったのだ。


この包丁は誕生日プレゼントに何が欲しいと聞かれて、叔父と叔母に買ってもらったのだ。中学生が持つには贅沢な品物だとは思ったけど、見に行った店でひとめ惚れをしてしまいお願いした。

日頃から何かを買って欲しいと滅多に言ったことがない僕が、珍しく物を強請ってくれたのが二人には嬉しかったらしい。喜んで買ってくれたのだ。


で、なぜそれが学校帰りの僕の鞄に入っているかというと、学校の近くにこの包丁を買った刃物専門店があり、いつもは素人ながらに家で自分で研いでいるのだが、たまにはプロに研いでもらおうと持って行った帰りなのだった。


もちろん、学校で見つかると不味いので新聞紙で巻いて更にタオルでくるんでいたが、転んだ拍子に柄の部分だけが見えてしまっていたようだ。


「包丁?」


「そう、まあ包丁を持っているなんてちょっとびっくりされるかもしれないけど、これにはきちんとした訳が...。」


「これだ!!」

「え??」


魔女っ子が鞘から僕の包丁を引き抜いて大声で叫んだので僕の話はぶった切られた。(包丁だからね。)


心の中で一人突っ込みをしてしまった僕を無視して魔女はさらに続けた。


「なんでここに?しかも、形が全然違うじゃないか!」


「ちょっと危ないから。」


包丁を振り回す魔女を心配して止める。


「分からないのか?」そう言って、手に持った包丁の先端で僕を指す。

だから刃物を人に向けてはいけないって!


「これが勇者ベテルギウスの剣だ!」


へ?


「確かに、形は全く違うけどこの刃の光具合、鳴り具合間違いない!」


鳴り具合?ってなに?


いやだからそれは僕が誕生日に買ってもらった、ただの三徳包丁。


「なんで、おまえがこれを持っている?」


なんでって、誕生日プレゼントに金物屋で買ってもらったから...。


「えっと、店で買ったから...?」


「買った?」

魔女は疑うような目で僕を見て来た。


「本当だよ。正確に言うと僕の誕生日プレゼントに叔父さんと叔母さんに買ってもらったんだ。」

ちなみに鞘は自分でDIYで作った。


「鞘は?自分で作ったのか?」


なかなか上手にできていると思うが、確かに手作りにしか見えないだろう。僕は頷いた。


魔女は何か考えるような素振りをみせて黙った。

「ふ~ん。何でこの世界に流れてきたのかは分からないけど、じゃあ確かに勇者の剣はおまえの物なのだな。」


当たり前だ、きちんとお金を出して買ったものだ。いや、正確には買ってもらったものだけど。


「勇者の剣は知らないけど、この包丁は確かに僕の物だよ。鞘だって一生懸命作ったんだから返してくれよ。」


「分かった、それならおまえだけがなぜこの空間で動けるのか納得だ。」

そう言って包丁を鞘に戻すと僕に差し出した。


僕は彼女がさっきから何を言っているのか全く分からなかったが、包丁を返してくれるならまあ文句はない。


「さあ、勇者ベテルギウスの剣の持ち主よ。」


魔女のクローディアはそう言って、まだ座り込んだままの僕に手を差し出してきた。


「...ありがとう。」


自分より見た目は年下の女の子に手を貸して起こしてもらうのも申し訳なかったけど、払い除けるのも悪かったので彼女の手を軽く握って自分の力で起き上がる。つもりだったのに、軽く握った手をぐいっと力強く引っ張られる。


不安定な体勢のところ、引っ張られた勢いで僕は彼女の方へとおもいっきりつんのめった。


クローディアにぶつかる瞬間に彼女の金色の目を覗き込む。


あ、わざと引っ張られた?

何で?


そう、頭の中に浮かんだ。そして次にぶつかるっ!と思った。


だが、実際は僕ひとりで今度は前のめりに地面に膝をついただけだった。しかも、ふかっとした草の感触が手にありそれほど痛くはない。



草?さっきは土手の砂利道で尻餅をついていたはずなのに?


「クローディア?」


前に立っていたはずの魔女にもぶつからなかった?


「あれ?」


顔をあげると、川原が見える。

見えるには見えるが、明らかに川幅が違った。さっきまで見ていた近所の川より格段に広い。


川岸にあったテニスコートやサッカー場もない。

それどころか、まだ夕暮れ前なのに人影もなかった。

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