絶対零度の鍵
@lahai_roi
序章
「―は?」
眉間に深く皺を寄せて、小さな身体に不釣合いな王座に座る少女が呟く。
一見9歳くらいに見える彼女の髪の毛は、異様な程に真っ白で、その長さは腰を軽く過ぎている。
不愉快そうに細められた瞳は、瑪瑙(めのう)の様に美しい赤褐色と白色の混ざり合うもの。
そして、その視線は今、目の前の者に真っ直ぐ向けられている。
「ですから」
そう言うと、対峙する人物は、真ん丸い眼鏡をクイっと持ち上げて手に持っている分厚い紙をパラパラと捲った。
「地球の全体熱がオーバーしています。」
真っ直ぐに切り揃えられた前髪と、それに準ずる肩に掛からない程度の黒髪が揺れる。
チッと舌打ちの音がしたかと思うと、王は頬杖をついてそっぽを向いた。
「また、人間か。」
懐中時計の様なものを、じゃらじゃらと首から沢山提げている眼鏡の人物は、そこからひとつを取り出して確認する。
「そうですね。また、です。」
カチャリ、音を立てて、蓋を閉めた。
「……地球以外に問題がある箇所は?」
不機嫌さを隠そうともせずに、王は訊ねる。
「いえ。見当たりません」
そう言うと、目にも留まらぬ速さで、首から下がる各々を片っ端から開いて見せた。
深い溜め息を吐いて、王は頬杖を解き、頭を抱える。
「もういい、分かった。なんとかする。去れ。」
報告をしに来た者は一礼すると、姿勢をピンと伸ばしたまま、謁見の間から出て行った。
「全く。何度目だと思っているんだ。愚かしい人間共め。あー忌々しい。」
絹と銀糸で出来ている着物の様な衣服が、頭を振る度に輝く。
「右京、左京」
がらんとした部屋に、王は独り、呼び掛ける。
「あいよ」
「はーい!!」
間髪容れずにふたつの返事がどこからともなく聴こえたかと思うと。
王の座る右と左に、少年と少女が現れる。
顔立ちはそっくりだが、白銀色の髪の毛を少女はお団子にしてひとつに縛っている。
一方、少年の方は長めのそれを無造作に散らしていた。
「今の話、聴こえていただろう?」
チャイナ服の様な出で立ちの彼らの背中にはそれぞれ、右と左の片翼が生えている。
そんなわけで、彼らは宙に浮かんでいた。
「聴こえてたよー!」
元気良く返事する少女の瞳は、ラピスラズリの様な深い群青。
「めんどくせぇ。俺、いかねーから」
だるそうに答える少年の瞳は、サファイアの様な輝く藍色。
「あ、ずるーい。こないだもあたし行ったのに!」
逃げられては行けないと、左側の少年の袖を引っ張ろうとするが―
「ああー!!!!逃げられた!!!!!」
時既に遅し。
先ほどまで彼が居た場所に、姿はなかった。
「では、右京」
そのやりとりが終わるのを、黙って待っていた王が、口を開く。
「温度師が言う様に、地球が危ないらしいので―」
「もういいじゃんー!危ないなら危ないで!自業自得なんだからぁ!」
右京と呼ばれた少女は、口を挟みやだやだやだと駄々をこねる。
「―右京?」
頭を抱えたままの姿勢で、相手を見ることなく言葉を発していた王が、ぎろりと後ろを振り返る。
「は、、はいぃ」
王の瞳が怒りを湛える時、うっかり目を合わせてしまおうものなら、マグマに飲みつくされてしまうかのような錯覚に陥ること請け合いだ。
お口にチャックしました!という動作をして右京はぎゅっと目を閉じた。
「―今すぐ。鍵屋に行って絶対零度の鍵を作ってもらっておいで」
一見9歳位にしか見えない少女の齢は、優に500を越えている。
長い間この国の主として君臨するこの王が出した命令。
それは、「あそこのスーパーで卵買ってきて」という位に、
ここ最近、非常によくある内容だったのだが―
物語は、ここから始まる。
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