5食

 人には向き不向きがある。


 だから、だから決して責めてはいけない、私。


「謝罪する、イザベル」


「い、いいのよレオ。誰だって初めての時はお皿ぐらい割るもの」


 店の皿全部割られるとは思ってなかったが。

 何故か知らないが制服姿で店にやって来たレオは、店を手伝うと言って無表情でギルバートのエプロンを着て厨房に入ってきた。そして任せた皿洗いで全ての皿を割った。怒らない。怒らないわ。だから、お願いだからもう帰って。


「調理に関する知識を、私は持たない」


「いいのよ別に、私がやるから」


「しかし、調理はギルバート・ドライスタクラートの仕事であったと聞いている。私はギルバート・ドライスタクラートの代わりにここへ来た」


「素人にウチの厨房任せられるわけないでしょ、もういいから帰りなさいよ」


 レオは相変わらずの無表情で黙り込んだ。それからきっかり3秒開けて、また口を開く。


「ギルバート・ドライスタクラートは夜の鐘が鳴るまでこの店に滞在するものだと聞いている」


「めんどくさ……。ギルバートもなんでこんな皿割り人間送り込んできたのよ、嫌がらせ?」


「訂正する、イザベル。私は私の意思でギルバート・ドライスタクラートの代わりを務めることを決定し、ここへ来た。ギルバート・ドライスタクラート本人はこの事実を知らない」


「尚更帰りなさいよあんた」


「食器代は弁償する」


「別にいいわよ……奥にまだしまってあるお皿あるもの」


 開店時に匿名で送られてきた高級食器達が埃をかぶっている。ウチの店で使うレベルでは無い食器達だったのでしまいっぱなしだったが、そろそろ日の目を見せてやろうじゃないか。というか本当に誰だ匿名で色々送ってくる奴。思い当たるのが貴族のボンボンギルバートぐらいしか居ない。


「イザベル、店を開けないのか」


「今日は開けられないわよ。準備してないもの。このまま仕込みが出来なかったら明日も休業よ、はあ。とんだ赤字だわ」


「謝罪する、イザベル」


 びしっと腰を折るレオ。騎士団長の息子がそんなにペコペコするもんじゃないと思う。


「怒ってないわよ。あんたに悪気は全くないの、分かるもの」


「ギルバート・ドライスタクラートに怪我を負わせたこと、さらにはイザベルの店に損害を与えたこと、全て私の本意では無い」


「知ってるってば。あんた堅物で融通効かなくてめんどくさいけど、良い奴だもの。いじめはしないし、誰も見下さない。悪いと思ったらちゃんと自分で謝るし、誰にでもお礼を言えるお坊ちゃんなんて珍しいわ」


「私は、そうあるべきだ」


「そうありたいと思って実現できるのって、相当すごいことよ? あ、ちょっとレオ、これ開けて。ギルバートの奴、こんなに固く閉めたら開けられないじゃない……!!」


 ぎりぎりとジャムの瓶の蓋を開けようと力を入れるが、ビクともしない。他称儚い美青年のギルバートはあほの馬鹿力だと、学校の女子達に教えてやりたいわ。


「承知した」


 ぱかり、と間抜けな音を立てて蓋は空いた。堅物も馬鹿力でした。


「イザベル、これの使用用途はなんだ」


「私のおやつ」


「イザベルのおやつ」


「復唱しないでいいわよ」


 厨房の棚から出したパンに、ギルバートが作ったりんごジャムをたっぷりかける。うん、いつものデザートには見劣りするものの、とっても美味しそう。


「イザベルのおやつ」


「はいはい、分かってるわよ、レオのおやつもあるわよ。ほら、ただのパンでごめんね。でもギルバートのケーキはもう無いのよ」


「レオのおやつ」


「レオはあんたよ」


「レオは私」


「あんた知能落っことしてきたの?」


 自慢のカウンター席に座り、知能0になったレオにジャムたっぷりパンを渡す。それを横目に思い切りパンにかぶりつけば、若干パサパサとしたパンを甘すぎないジャムが完全にカバーし、口の中に幸せが広がる。

 美味しい。このジャムがシフォンケーキに添えられたら無敵だろうに。


「レオのおやつ」


「まだ言ってたの? 食べないなら私が食べちゃうわよ」


「いただく」


 私のひとつ隣の席に座ったレオが、まぐ、とパンを頬張った。そのまま無表情で咀嚼する。


「イザベル、私はこの店に損害のみを与えているのではないだろうか」


「別におやつぐらいで損害だなんて言わないわよ。訪ねてきた人に何も出さないのもどうかと思うし、気にされすぎても面倒だわ」


「承知した。では、この食品の名前を聞いても良いだろうか」


「パンとジャム」


「パンとジャム」


「あんた本当どうしたのよ。筆記の成績も良かったわよね?」


 無表情で食べかけのパンを見つめているレオ。レオは筆記試験ではいつも1位だった。ちなみに私も1位だった。1年生の間はお互い満点しか取ったことが無かったのだ。

 こう見えて私、記憶力に自信がある。1度見たものは決して忘れない、というか多分忘れる機能が欠落しているのだと思う。7歳の誕生日パーティの参加者の靴下の色を今でも全員分答えられるのは我ながら気持ち悪いと思う。

 ちなみに、ギルバートは筆記試験で万年3位だった。


「甘い、と思う」


 突然、訳の分からぬことを言い出したレオ。


「失礼した、無意味な発言だった」


「いや、別に味の感想ぐらい言ってくれた方がいいと思うけど……ギルバートに言ってあげなさいよ。ジャム作ったのあいつだし」


「ジャムを作ったのはギルバート・ドライスタクラート」


「壊れたの?」


 正直、引いていた。

 だって圧倒的優等生だと思っていた相手が、急に知能0になったのだ。皿も全部割るし。

 もう帰ってくれないかな、と本気で思っていた。


「イザベル」


「おかわりは無いわよ」


「承知した。では、ギルバート・ドライスタクラートについて話がある」


「どうぞ」


「ギルバート・ドライスタクラートの怪我はあと15日ほどで完治する。それまで学校を休むと連絡があった」


「ああそう」


「よって今後15日間は、私がギルバート・ドライスタクラートの代わりにここへ来る」


 聞いてない聞いてない、こんな未来見たことない。


「今日伝えるべき事は以上だ。鐘が鳴り次第私は失礼する」


「ああ……そう。別にもう本当に気にしないでいいから明日からも来なくていいわよ。本当に、大丈夫だから」


 本心だった。ただでさえコックが居ないのに、皿割り人間まで店に置いておいたら本気で潰れる。私の自慢の店が潰れてしまう。


「明日までに調理方法を学習してくる」


 そして、鐘の音とともにレオは帰っていった。


 もちろん次の日も、皿は全て割られた。

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