3食

 段々と暖かくなり始め、王都にある学校も1ヶ月後には夏休みを控えた季節。天気も良く人通りも多い今日は、早々に店じまいだ。

 理由は単純。


「あんたねえ、怪我したならまず学校の保健室に行きなさいよ」


「……」


 むす、と形の良い口を引き結んで、自慢のカウンター席に座る銀髪。青赤く腫れ上がった右肩を服から出して、大人しく私に湿布を貼られている。

 いつも通りの時間に店にやって来たギルバートが、仕込み中やけに皿を落とすなと思って問い詰めたらコレだ。騎士学校では怪我は日常茶飯事とは言え、こんなに大きな怪我を放っておくあほは中々いない。なにせ生徒全員お貴族様の子供なのだ。皆かすり傷でもお高い薬を使う。

 それなのに、コイツときたら。

 見ているだけで冷や汗が出るような肩の腫れ具合にも関わらず、痛いとも誰にやられたとも騒がず、ただただ不機嫌そうに私の手当を受けている。その静かさになんだか無性にイライラしてきて、赤くなっているだけの手の甲には雑に消毒液をぶっかけた。


「いだだだだたっ!! しみる!! しみる痛いイザベルストップーー!!」


 訂正、静かじゃなかった。めちゃくちゃ痛がってるし相変わらずうるさい。


「そっちはただのかすり傷でしょ。問題はこの肩よ。これ、思いっきり木剣で打たれてるじゃない。骨が折れてたらどうするのよ」


「……動くから折れてない」


「あほなの?」


「ふん」


 そっぽを向いた拍子に肩が痛んだのか、一瞬不自然に体が強ばる。あほか。


「誰にやられたの? ちゃんとやり返した?」


「別に。1人で転んだだけだ」


「誰にやられたのか、ちゃんとやり返したのか、それだけ聞いてんのよ」


 そろそろと、銀色の瞳が服の袖をまくった私を見上げる。そんな不安そうな顔をせずとも、貴族のお坊ちゃん達と喧嘩するぐらい何ともない。

 ギルバートはなんだかんだ剣の腕は立つので、コイツにこれだけの怪我をさせたということは、集団で袋叩きにしたか、抵抗出来ないように何か卑怯な手でも使ったのだろう。まさかとは思うが教師もグルなのだろうか。そいつら全員奥歯へし折ってやる。


「イザベル……? 何考えてるんだ?」


「何もないですわ。歯医者のお知り合いはいたかしらと思っていただけですのよ」


「イザベル、お前実は結構短気だよな。あと暴力に対して躊躇いがないよな」


「躊躇う時間があるなら先手を取って1発でも多く殴るわ」


「止めろよ……」


 怯えた様子のギルバートの隣に、荒々しく腰掛けた。自慢のカウンターの上に置かれた手当の道具を見て余計に腹が立つ。だって、こんな未来は見なかった。未来で死んでしまうこの銀髪が怪我までするなんて、知らなかった。

 そして、コイツの怪我でこんなに平常心を失っている自分にも腹が立つ。


「あんた今日はもう帰りな。さすがにその怪我はちゃんと医者に見てもらうべきよ」


「……」


「?」


 また黙ったギルバートは、やっぱりゆらゆらと不安そうな目でこちらを見ていた。


「なに、どうしたのよ。痛むの? やっぱり今お医者様を呼びましょうか? 誰か人を」


「……明日から、しばらく店来れないかも」


「あ、」


 もしかしてコイツ、それが言いにくくて、ずっと黙っていたのだろうか。

 まあ、その怪我じゃ学校も休むかもしれないし、そもそもギルバートがここに来る理由が訳の分からぬものだし、別に雇用関係でも、親密な関係でもないのだから、来られないのも不思議では無い。むしろ学校でクタクタになった後、夕飯のためとは言え店の仕込みや片付けをやっていた今までが異常だったのだ。2年も料理をしに通っているコイツがおかしいのだった。

 来られないなんて、いつ言われても当たり前だったのだ。


「……別に、ここは店なんだから。ご飯が食べたい時に来るものだし、いちいち連絡してくれなくても」


「イザベル、俺のエプロン、取っといて。捨てないで。俺、まだ食うに困ってるんだ」


 なんでわざわざ店のモノを捨てなきゃならないのよ、あんたが着ないなら私が着るわ。大体あんたなんでも手に入れられる貴族でしょう、そう思ったものの、私は食べるに困っている人は絶対に助けるし、そもそも声が出なかったので黙って自慢のカウンターの上に散乱した道具を片付けた。

 そんな時。


「失礼」


 からんからん、とドアの鈴が鳴った。表の看板は準備中にしているはずなので、入ってきたのは客では無いはずだ。また憲兵か、イトシゴの張り紙ならちゃんと貼ってあるわよ、そう思って目線をズラそうとして。


「あっ、え、あ、えぇ!? 」


 ギルバートが慌てたように立ち上がり、その場でばたばたと意味の無い動きを始めた。そして最終的に何故か私を背中に隠すように前に立って、ぎゅっと私の両手首を掴んで引き締まった背中に押し付けた。なんでだ。


「準備中に失礼する。ギルバート・ドライスタクラートに、話があってきた」


 感情の見えない、事務的な低い声。

 店のドアが小さく見えるような背の高さに、筋肉のついた立派な体。恐ろしいほどの無表情と、漆黒の髪に切れ長の瞳。

 騎士学校の制服に身を包んだ、見覚えのある男。


「ああ、レオ・アインツェーデルじゃない」


「バカ! 呼び捨てにすんなバカ! バカこの、バカ!!」


 バカ発音機になったギルバートがわなわなと震えるのを一瞥してから、騎士団長の家、つまりこの国の貴族で1番力を持つ家の息子、レオ・アインツェーデルは口を開いた。


「構わない。イザベル・フィアリストクラット、久しいな」


「もうその姓は無くなったけどね」


「気分を害したのなら謝罪する」


「気にしてないわ。それより、ギルバートになんの用? よくここに居るってわかったわね」


 無表情のレオ・アインツェーデルは急に佇まいを直し、腕を後ろに組み完璧な直立不動で堂々と答えた。


「話があって訪ねた。居場所は、放課後よりギルバート・ドライスタクラートの後をつけ特定した」


 威風堂々たるストーカー宣言。


「一度校舎に戻り道具を揃えて来たのでこの時間になった。ギルバート・ドライスタクラート、話をしても良いか」


「え、あ、はい……」


 視線を床にズラして小声で答えるギルバート。


「本日私がギルバート・ドライスタクラートに負わせた怪我について、話が」


 とりあえずギルバートの腕を振りほどいて、黒髪いじめっ子野郎に向かって拳を振りかぶった。

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