『黒い悪魔の棲む家。』

朧塚

黒い悪魔の教団。

 僕の通っている中学校から少し離れた場所には、怪しげな宗教儀式を行う家がある。

 家というよりも、察そう、屋敷と言ってもいい。中は西洋風の建築だったので、館といった印象が強かった。

 どうもそこは西洋の悪魔を召喚しているのだと、近所で噂されていた。

 中学生は立ち入っていいか分からないが、入り口の門には“誰でも歓迎します”といった張り紙が貼られていた。


 ここに入ったのは、ある種の怖いものみたさ、お化け屋敷に入る感覚だったのだと思う……。だが、僕達はこの団体と少しでも関わる事によって、ずっと後悔する事になった。


 分かって欲しいのは、こういった本当に理不尽極まり無い集団は本当に実在するという事だ。おかしい、宗教団体や反社会的な集団があったら、まず近付くのをやめて欲しい。

 更に言うと、警察も余り助けてくれない……とにかく、自分の身は自分で守って欲しい。


 それでは、僕と友人が中学校の頃に接触した、とある宗教団体の話をする。



 僕は友人の慎二(しんじ)と一緒に二人で中へと入って、施設の中を見学してみる事にした。

 中には、入り口の辺りで、不健康そうな女の人が歯を剥き出しにして笑いながら僕達を見て、にいぃ、と笑った。少し不気味に感じたが、僕と慎二の二人は中の見学の際に名前を書かされた。住所と電話番号を記載する場所もあったが、女の人は名前だけでいいですよ、と言ってくれた。


 中には奇妙な道着のようなものを着た人達が奇妙な祈りを捧げていた。

 何やら呪文のようなものを唱えている。

 最初、お経か祝詞(のりと)か何かかと思ったが、どうも日本語ではなく、西洋圏の英語のように聞こえた。道着を着ている者達の背には何か魔法陣のようなものが描かれている。なんとなく、ゲームの魔法使いが着る服にも似ていなくもないと思いながら僕と慎二は笑っていた。私服の人間も多くまじっている。彼らの多くの眼は尋常じゃなかった。


「なあ、こいつら、何か変な薬でもやっているんじゃないか?」

 僕は思わず慎二に小声で訊ねる。

「なんで、俺達、ここに入ってしまったんだろうなあ……」

「とにかく、隙を見つけて逃げないとな…………」


 僕と慎二は何とも薄気味悪い感じがして、先ほど出入り口の方に引き返すと、受付をしていた女の人がにいぃと歯を見せて笑った。


「よければ、教祖様のお話を聞いていかれませんか?」


 僕達二人はなんだか怖くなって戻って、教祖様と呼ばれている者の話を聞く事になった。小さな体育館程の大きさの室内の中ではみなが正座して壇上に教祖が来るのを待っているみたいだった。明るかった照明が次第に落ちていく。蝋燭の明かりのようなものが見えた。

 異様なお香の匂いが鼻腔(びこう)をくすぐる。


 次第に室内全体に不気味で異様な音楽が流れてくる。

 それは金属を緩やかに擦り付ける音にも、動物の唸り声にも聞こえた。音楽というよりも、不気味な不協和音の羅列だった。


 教祖は真っ黒な服を着ており、頭にはマスクを被っていた。

 マスクには大量の眼が付いており、大きな角のようなものを生やしていた。

 僕も慎二もどう見ても、教祖は悪魔のようにしか見えなかった。


 何名かの道着のようなものを着たもの達がシカの角のようなものが生えたお面をかぶって、檀上に上がり、教祖と共に踊り狂っていた。


 TVでアフリカのとある地域で観た部族達のダンスのように見えた。

 気付けば、信者達もくねくねと奇妙なダンスをして踊り始めている。俺達は見よう見まねで彼らの踊りを真似ていく。教祖と檀上に上がった教祖の下の偉い人達も、一緒に踊っていた。教祖は終始、動物のような奇声を発していた。

 しばらくすると、この奇妙な儀式が終わり、信者達へと食事が運ばれてきた。

 コールタールのような真っ黒な飲み物と固形物のようなものだった。

 教団の信者達はそれらを美味しそうに口にしていた。


 僕と慎二は静かに、この不気味な空間が怖くなり、トイレに行くフリをして出入り口へと向かった。出入口には、先ほどの女の人がいた。


「帰られるのですか?」

 女の人は僕達二人に訊ねる。

 

 僕と慎二は女の人の呼びかけを無視して走って、教団の外へと逃げた。

 背後で女の人が、ボソッと「帰れませんよ」と呟いているのが聞こえた。

 僕達は背筋が寒くなり、何とか岐路に着いた。途中で、慎二とは家の岐路が違うので別れた。

 家に辿り着くと、僕は半泣き状態になっていた。

 慎二も無事に帰れただろうか……。


<家に辿り着けば。そっちは大丈夫?>

 僕はLINEで彼にメッセージを送った。

 返事が無い……。

 電話してみると、どうやら充電が切れているみたいだった。

 家には母親がいて、夕食を作っていた。


 僕は、母親の作るミートソースのスパゲティを食べた後、少し心が落ち着いてきた。そして、改めて慎二とLINEのやり取りをする事にした。慎二からのLINEは返ってきていた。

<司(つかさ)。俺の方も家に辿り着いたよ。今、自分の部屋の中にいる>

 僕は心を落ち着かせる。


<なんだ、ちゃんと家に帰れたじゃん>


<でも、帰れないよって……。もう日常に帰れないよ、って意味だったら……>


<やめろよ>


 僕と慎二の間で、何とも言えない空気が流れる。

 とにかく、気持ち悪くなって、僕達はその日の事は忘れる事にした。


 その日からだった。


 僕と慎二が怪しげな人物達に付け狙われるようになったのは。


 学校にいても、何故か知らない生徒、しかも上級生から睨まれる。

 街中を歩いていると、ぼそりと「神聖な儀式の途中で勝手に返りやがって」と怒りの声で囁かれたりした。


 人気の無い場所を歩くと、しゃりしゃり、と、刃物を研いでいる音を耳にした事もある。


 僕の家の周りに彼岸花の花を敷き詰められるという謎の嫌がらせを受けた事もある。帰宅途中に何名もの人間に尾行される事も多かった。


 朝早く学校に着くと、あの宗教団体の人達が身に付けている道着を羽織った者達が空に手を伸ばして意味不明な呪文を唱えているのも見かけた。彼らは瞳孔が開いた状態で、光り輝く太陽を見つめて嬉しそうにはしゃいでいた。毎晩のように、まるで違う番号から無言電話がかけられてきた事もある。


 慎二もかなり似たような嫌がらせを受けていたみたいで、彼の方はすっかり不登校になってしまった。


 やがて、僕の方も執拗な嫌がらせを受けて、しばらくの間、学校を不登校になった。


 慎二の場合は嫌がらせがより酷く、家の庭に動物の死体を細切れにされ糞と一緒に混ぜられたものをまき散らされたり、玄関に刃物やチョークで卑猥な文字が書かれていたり、植木が片っ端から壊されていたり、軽いものでも、頻繁にパソコンがウイルスに感染していたり、ポストの中の郵便物が泥だらけで地面に転がっていた事もあるらしい。

 途中から、何処からが、あの連中の嫌がらせで、何処からが関連性が無い偶然なのか分からないのだと彼はLINEに半狂乱で文章を送ってきた。


 警察に相談しても、余り相手にして貰えなかったのもショックだったらしい。


「法律調べていた親父いわく、証拠を一つ一つ、つかんでいって、民事裁判を起こしたり、刑事事件に持ち込むのは相当な労力がいるんだってさ。加えて、あっち宗教法人で、お抱えの弁護士もいる可能性が高いから、慰謝料請求や刑務所に入って貰うのは極めて難しいんだとさ」

 不登校中の慎二の家に行ってみると、彼は浮かない顔で、痩せ細っていた。


 特にこの地区の警察は、明らかに犯罪が起こっているにも関わらず、余り仕事をしない事でも有名だと父親が怒鳴っていたらしい。

 何でも、警察に行った慎二の父親は、警官から自作自演で人を貶めようとする輩もいるんだ、殺人事件や、せめて傷害事件でも起きれば本腰入れて我々も動くと思いますけど、と他人事っぽく皮肉を言われたらしい。


 結局、嵐が収まるまで泣き寝入りするしかないという事だ。


 正確な宗教団体の名前を出すと、余りにも恐ろしいので、僕達二人はその宗教団体の事を『黒い悪魔教』だの『ブラック・デビル教』だの言って、中学校時代の酷いトラウマになっている。やがて僕達二人は、通っていた中学校からはかなり遠い高校に進学した。

 それぞれ、僕が大学生、慎二が専門学生になる頃には、その黒い悪魔教は別の場所に施設を移していた。今も何処かで活動しているという事は風の噂で聞かされている。


 嫌な事に、高校時代も、それぞれ大学生、専門学校生になってからも、校内にあの悪魔教の入信者が紛れ込んでいて、

 勧誘されそうになっている生徒を見つけたり、入信者が一人でブツブツと奇声のような歌を歌っているのを眼にした事は幾度となくある。


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『黒い悪魔の棲む家。』 朧塚 @oboroduka

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