第18話 もう呪いをかけられているの

11月16日 水曜日 17時50分

鈴守神社 社務所


#Voice :鹿乗かのり 玲司れいじ


「学校の歴史について確認したところで、本題ね」

 星崎先輩はパソコンを片付けたあと、こう切り出した。

「亡くなった名倉くんの話だけど、刑事さんから聞いた異常な現場のことも―─ 本当に、本当のことじゃないかな?」


 これが、俺が星崎先輩の部屋に招かれた理由だ。背筋を伸ばして、座布団に座り直した。

「内津刑事が捜査情報をそのまま外部に漏らすとは思えません。だから、怪奇現象だのと、作り話をしたと―― 俺は、そう、理解しています」

 そう、常識的に答えたものの、俺は自信を失っていた。


 木瀬の動画さえなければ、俺はいまも、警察にからかわれたと信じていたはずだ。しかし、動画の中で木瀬はあり得ない姿に変えられていた。通常の殺人事件ではない。何か、常識では説明のつかない、もっと異常な何かが介在している。


「このIT時代に、オカルトなんてあり得ない」

 俺は、俺自身の心の平穏のために、言葉を重ねた。

 

 だが、星崎先輩は、ゆっくり言い聞かせるように話した。

「戦国時代に、祐久城は何度も戦場になっていて、最後は陥落して、城兵は全滅、城主とその家族は刑死したと伝わっているわ。

 有力家臣の中には、名倉君とね、同じように全身に矢を受けて死んだお侍さんもいるの」


「星崎先輩は、予めこの本を読んで予備知識を持っていたから、名倉の話を聞いて思い当たったのですか?」

 星崎先輩はうなずいた。セミロングの黒髪が揺れるさまも美しい。神職の娘という属性もあり、神々しい和風美少女に見える。


「うん、警察が張ったブルーシートの囲いの中を見たわけじゃないけど、落城の際に全身に矢を浴びて死んだ武将と、そっくりな状況だったと思うの」


 しおりが挟まれたページを開いて見せられた。破られた城門を守るために、大男が立ちはだかり大槍を構えていた。全身に数えきれないほどに、矢を受けてなお、城門に立ち続けたのだという。透明水彩の挿絵が添えられていたが、赤いモノが描かれている。


「戦国時代の亡霊やら地縛霊やらが、何かのきっかけで掘り起こされて、悪さを始めたのかも知れない―― そういうことですか?」

 少し迷う様子の後、星崎先輩がゆっくりうなずいた。

 俺は、内心げんなりしていた。


「そうだとしたら、大変だわ。祐久城は何度も攻囲をうけてるから、酷い死に方をした武士はまだまだいるもの」


 亡霊だ地縛霊だとか、そんなものは昭和時代のバラエティ番組が作り出したエンタメネタだと思っていた。

 アイドルやネタ芸人が、深夜の廃墟病院を懐中電灯ひとつで探索させられる番組は、いまでもある。もちろん、写らないだけで撮影スタッフが大勢いるし、廃墟といっても、土地所有者など権利関係者からロケ地として許可を得て撮影している。恐怖演出のハプニングも、すべて放送作家の描いたシナリオどおりだ。


 だが、いま、俺たちが直面しているのは、本物の警察沙汰だ。

 もうふたりもひどい死に方をしている。

 俺は、何の脈絡もなく、無差別にクラスメイトが殺されている事実に、俺自身の感覚が麻痺していることに、恐怖した。

 無差別殺人ならば、俺も狙われる可能性はあるのだと、思い当たったのだ。


「無差別ではないと、思う。木瀬さんと名倉くん…… には、何か共通点があるはずよ」

 星崎先輩は、俺の不安を察したらしい。ゆっくり言い含めるように話す。


「呪いの類なら、何か縁を結ぶような―― 何か繋がりがあるはずなの。それを私たちで見つけられたら……」

 こう話す星崎先輩は、さすがに神社関係者だと感心した。

 しかし、俺には限界だった。


「先輩、この件はこれ以上は、深入りを避けるべきだと思うのですが」

 俺は、どのタイミングで切り出すか迷っていた言葉を口にした。

 当然だが、殺人事件なんて、生徒である俺たちの手に負えるモノじゃない。警察が捜査に乗り出している以上は、彼らに任せるべきだ。


「鹿乗くん、完璧な生徒と呼ばれるキミにしては、弱気なんですね」

 星崎先輩がくすくす笑う。


「当然です。一般的な生徒としては、殺人や怪奇現象なんてモノには、関わり合いを持ちたくありません」

 俺は言い放った。

 星崎先輩は神職の家系だから、こういう霊的なモノに対しても違和感が少ないのかも知れないが、一般的な生徒である俺には、守るべきラインがあるはずだ。


「レッドラインを越えたくない、と?」

 俺はうなずいてみせた。


「でもね、私たちは学校で目立つから…… 許してもらえないみたいですよ」


 ――!?


 星崎先輩の言葉の意味することろに気づいて、俺は目を見開いた。


「あのね、私は鈴守の巫女ですから、呪いをかけられても気がつかないなんて、あり得ないです」

 すっとこたつから立ちあがり、星崎先輩はとことこ歩いてゆき、廊下の障子の前に立った。俺は、後をついてゆき、嫌なモノを見せられた。


「あ、その顔は…… 説明したおかげで、科学的で聡明なキミにもやっと見えたみたいね」

 と、星崎先輩がからかうように笑う。

 俺は、嫌悪感が顔に出ていたはずだ。


「これ、なんですか?」

「あ、これ、まだ、良くわかってないの。指差しすると、縁ができちゃうかもしれないから気を付けて」

「えっ!?」

 慌てて指を引っ込めた。


「ほら、お墓を指さしちゃダメっていうでしょ。まさかと思うけど、警戒した方が無難と思うよ」

「しかし、これ、先輩、大丈夫なんですか?」

 俺は、自分がしゃべっている状況に眩暈がしていた。信じられないというのが、正直なところだ。


「呪いの初期症状だと思う。見える人には見えるけど、見えない人は自身が呪われていても気づけない。それくらいには初期症状」

    

 星崎先輩は、平気そうに笑った。真っ白な障子に落ちたその人影には、糸のような何かが絡みついていた。


「確認したところで、キミにお願いしたいことが、ひとつあるのだけど、手伝ってくれるかな?」

「はい」

「呪いを解くのを手伝ってほしいの」


「はい?」

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