第45話 襲撃
11月30日 水曜日 17時00分
私立祐久高等学校 屋内プール
#Voice :
部活動の時間は、メンドクサイことを全部、忘れられる。
星崎先輩から、例の呪いの件、「青木くんへ警告をしたから、しばらく時間が稼げるかも?」と、LINEで連絡が来ていた。
だから、久しぶりに水泳部の練習に参加してみたの。
私立祐久高校は施設が充実していて、屋内プールもある。進学校だから、部活動もあまり厳しくない。
それに、インターハイを目標にしている選手志望の生徒と、わたしみたいな進学志望の生徒では、先生の指導方法も違う。わたしは泳ぎたいときにだけ、自由参加で部活に来ていた。
「萩谷は自由形なら良いタイムが出てるし、特進枠の生徒じゃなければみっちり鍛えてやるんだがな」
と、顧問の先生はおっしゃいますけどね。
ひととおり泳いだところでプールから上がった。
水泳の良いところは、短時間でも十分に全身運動になるし、気分転換もできる。
「あ、萩谷、もうおしまいか?」
顧問の先生は、ちょっと残念そうだった。
「はい。ちょっと、お友達と待ち合わせがあって、すみません」
「それなら仕方ない。また、気兼ねなく泳ぎに来いよ」
水泳部は案外、居心地がいい。体育系なんで、ある意味、人間関係はさっぱりしているの。
更衣室は、シャワー室が完備なのも良かった。
プールで泳いだ後は、髪は流したいものね。
祐久高校の設備の良さは本当に魅力だったの。だから長距離通学でも、ここを選んだの。それなのに……
異変は、シャワー室の中でも起きた。
プール特有の塩素の匂いを落としたくて、シャンプーを持ち込んだ。
髪を洗い始めてまもなくだった。
誰もいないはずのシャワー室に、電話ボックスくらいの狭さなのに、突然、背後に気配がした。びっくりして、振り返った瞬間……
――!
いきなり刺された!?
水着の上から右胸を刺された。
たぶん、縫い針みたいなもの? ひどく鋭利なモノでいきなり刺されたの。
痛みで身体がしびれて、声が出ない。助けを呼ぶこともできない。
水泳部のみんなはまだプールにいる。早引きした私は、いま、更衣室の中でひとりきり。しかも、シャンプーの途中で目を開けられない。
そんな…… まさか、こんなことが……
これも呪いなの?
星崎先輩が警戒していた首を絞めてくるタイプの呪いと違い、即効性だ。
影踏みとは違う。
「どうだ。無抵抗のまま、いじめられる気分は…… 痛いか? 怖いか? 泣けよ」
えっ!?
声がした。知っている声だった。
でも、この声は、青木くんじゃない。違うの。
ひどく怯えている震え声だった。本当はこんなこと、したくないのかな? と思った。呪いに操られていると感じたの。
でも、呪いだとしても、まさか、彼がこんな恐ろしいことをできるの?
本当に彼なの?
あのお守り鈴は……
着替えと一緒に更衣ロッカーの中だった。プールの中は金属製の硬いモノは持ち込み禁止だった。落して、誰かが踏んだら怪我をしてしまうから。お守り鈴は、制服の胸ポケットにしまっていた。
わずか10メートル足らず彼方に、お守り鈴はあるけど、シャンプーの途中だから手が届かない。
どうしよう?
(みんな、来てっ!)
迷いは一瞬だった。ヒトヒトさんたちを心の中で呼び寄せた。
いくら目に見えないシビトの群れだとしても、女子更衣室の中は、ちょっとね。だから、更衣室の外で待ってもらっていたの。
でも、敵がシャワー室の中にまで踏み込んできた以上は、もう仕方ない。
呪いの力に対抗できるのは、同じ力を持つヒトヒトさんたちしかいない。
ぞろぞろと気配が駆けこんできた。
長槍を構えたヒトヒトさんたちが、ぐるりとわたしの周りに円陣を組んだ。
倒れそうなのを何とか耐えて、シャワーを強めて、髪を急いで洗い流した。
眼を開けた。
「ヒトヒトさんしか…… いない?」
わたしの前には、鎧武者姿をしたヒトヒトさんが、片膝をついて控えていた。
「ありがとうございます。みんなのおかげで助かりました」
やっと声を出せたと同時に、緊張が抜けて、シャワー室にへたり込んでしまった。
◇ ◇
11月30日 水曜日 17時25分
私立祐久高等学校 弓道場
#Voice :
いつまでも泣いていられない。
約一週間、学校を休んだけど、今日から元気になるって、決めたの。
少しぶりのクラスは、不思議な空気感だった。みんなが励ましてくれた。あんなことがあったのに、何も変わらない空気だった。うれしかった。少し泣いちゃった。
もちろん、変化もあったよ。
萩谷さんと普通にお話しできた。
萩谷さんって、木瀬さんたちにいじめられていたから、あたしは近づけなかったの。木瀬さんが怖くて、萩谷さんのこと気になったけど、何もできなかった。
それに、あたしは葦之のことしか見てなかった。
きっと、わがままな娘だったと思う。
「萩谷さんが困っていたとき、あたし、何もしてあげられなかった。ごめんなさい」
登校してすぐ、教室で顔を合わせたとき、不思議とごめんなさいと言えた。
「ううん。気にしてないです」
萩谷さんは、言葉は少なめだけど、本当に優しいと思う。
それで、放課後に待ち合わせをしたのだけど……
「うそっ!? だ、大丈夫?」
話を聞いたとたん、驚いた。
待ち合わせの時間より少し遅れて、萩谷さんは弓道場に来た。
いきなり屋内プールの女子更衣室、それもシャワー室の中で襲われたというの。
「突然、これで胸を刺されたの。すごく痛かった」
萩谷さんは、ハンカチに包んだ縫い針を見せてくれた。
「うわぁ、こんな太い針で刺すなんて、あり得ない」
というかシャワー室の女の子を襲うなんてこと、許せない。
あたしは、思わず言葉を強めた。だけど……
「えっと、私は大丈夫だから、ヒトヒトさんたちもいるから」
萩谷さんは、困ったような苦笑いを返した。
何というか、萩谷さんって強いな。と感じた。
「それよりも、緋羽さんも気を付けてください。あと、星崎先輩にも伝えて情報共有したいと思います」
萩谷さんって、責任感が強いというか、やっぱりクラス副委員長なんだと思った。
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