第102話 思いがけない展開

 ラリー様と白い結婚ではない結婚すると言われた私だったが、正直に言うと現実として直ぐには受け止められなかった。これまで何度も白い結婚と王都に戻るように言われていた上、隣国の王から妃にとの話があったからだ。こういう場合、国同士の婚姻が最優先だから、私は隣国の王に嫁ぐのだと思い込んでいた。


「シアが信じられないのも仕方ないと思う。でも…実は婚姻も既に成立しているんだ」

「…ええっ?!ど、どうして…」


 全く想定外の内容に、私は思わず大きな声を上げてしまった。だって、そんな可能性万が一にも…


「婚姻に関する書類を、王都に行った時に出しておいただろう?」

「…え?…あっ!」


 そう言われて…そう言えば…と私は書類の事を思い出した。一般的に貴族の婚姻は陛下に婚姻願の書類を提出して、裁可が下りて初めて夫婦として認められる。陛下の許可が下りるまでには時間がかかるため、大抵は結婚する一、二か月前に提出し、結婚式を挙げる予定日に合わせて陛下が許可を出すのが慣例だ。

 私達の場合は王命でその手続きは不要だったけれど、王都に行く機会があったから滞在中に書類を出していたのだ。実家の当主交代の手続きで一気に大量の書類にサインをしていたため、婚姻願が完全にその中に埋もれていたのもあったし、その後の隣国の襲撃もあって、私はその事をすっかり忘れていた。


「式が延期になったから陛下がどうなさるかわからなかったんだけど…式の予定日に裁可が下りていたんだ。ほら」


 そう仰ったラリー様は、私に一枚の書類を手渡した。私は恐る恐るその書類を手にして、まじまじと見入った。普通の書類よりもはるかに厚みのあるその書類には、私とラリー様の結婚を許可する旨が記載されていて、王家の印と陛下のサインも入っていた。


「これが届いたのはつい先ほどだ。レアード王子の件で義父上達と今後の事を相談している時に、王都から早馬が到着してね。何事かと思ったら…この書類だったんだ」

「…それじゃあ…」

「ああ、これで隣国に嫁ぐ可能性はなくなったよ」


 陛下から賜った書類に、私はようやく隣国の懸念から解放されたのだと実感した。そう、この書類があれば陛下は隣国の要請があっても婚姻済みとして突っぱねる事が出来る。貴族の婚姻はその国の王が認めるから、他国と言えども口出しはタブーだし、それを覆そうとすれば戦争になり兼ねない。しかも嫁いだ相手は臣下に下ったとはいえ陛下の実弟だから、これを反故にしろという事は喧嘩を売っているも同然だ。いくら隣国でもそんな愚は犯さないだろう。でも、本当に大丈夫なのだろうか…


「でも…隣国との関係が悪くなりませんか?もし戦争なんて事になったら…」


 そう、私の心配はそこにあった。正直隣国の事はどうでもいいけれど、もし戦争になればこのヘーゼルダインが戦場になる。ラリー様はトップは前線に立つべきとのお考えだから、そうなった場合、真っ先に前線に行ってしまわれるだろう。そうなった時の事を考えて不安がこみ上げてきた。


「セネットの聖女は国の盟友であり後見だと言っただろう?そんな大切な存在を、他国の、それもあんな男に嫁がせるなどあり得ないよ。それなら戦争になった方がマシだ」

「戦争なんて…」

「それくらいこの国にとってはセネット家の聖女は重要なんだよ。シアは自覚がないけど…本来君は国王陛下と同等の存在なんだよ」

「…信じ…られません…」


 自分にそんな価値があるなんて…私にはどうしても実感が湧かなかった。だって実際の自分は、自力で立つ事も出来ない子どもなのだ。今だって当主とは名ばかりで、生活の全てをラリー様に頼り切っているのに…


「具合が悪いから聖女を寄こせと言っているらしいが、あの男はさっさと表舞台から消えて欲しいんだ。実際、レアード王子がその方向で動き始めるそうだよ」

「ええ?」

「本当だ。私と二人で話したいと言っていたのもその話だった。そうそう、レアード王子の姪御をこちらで預かる事になったよ」

「姪って…あの子を?」

「ああ。子連れでは動きにくいし、彼は領地でも姪御を預けられる人物がいないらしい。怪我をさせた相手もまだわかっていないようだしね」

「でも…ここは…」

「そう、敵国だ。だが、彼は周りを信用できないらしい。それに、あの子はシアには懐いていたんだろう?」

「そう…ですか…」


 あんなにも姪の安全を気にしていたレアード王子が、敵国のラリー様に預けるなんて俄かには信じ難かった。でも、わざわざ身分を隠してメアリー様の治療を受けに来ていたのも、自国の誰がやった可能性が高いとレアード王子が考えていたからだろうか…そうすると…案外ここの方が安全と思うのもわからなくもない。


「彼は今の国の在り方を憂いて、国内の改革を進める気らしい。いい方に向かうのであれば、我々も協力したいと思う。実際、同盟を結べるような王に交代してくれれば、こちらにとっては願ってもない事だからね」

「…それは…確かに…」


 なるほど、確かに隣国は王と貴族の腐敗が酷く、国民は既に疲れ切っているという。そんな中で新しい王を立てて現状を改善しようと言うのであれば…我が国にとっても悪い話ではないだろう。


「だから、この状況でシアを渡すなど尚更出来ない。それではレアード王子達の意志を無にする事に繋がるからね」

「そう、ですか…」


 ここまでくると、さすがの私も納得するしかなかった。私にとっては隣国に嫁ぐという最悪の事態は免れたし、何よりもラリー様に嫁ぐのは、私に示されている未来の中では一番望ましいものだった。だから本当なら嬉しいはずなのだけど…そんな気持ちは湧いてこなかった。

 だって、ラリー様は白い結婚をお望みで、妻子も必要とされていないし、何よりも…ラリー様はメアリー様をお望みだったのだ…そう思うと、別の意味の居たたまれなさが押し寄せてきて、私の気分は沈んでいった。

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