第100話 今後と養子の未来

「ラリー、レアード殿下の話は何だったんだ?」


 レアード王子が帰った後、わしはレックスやロバートと共にラリーの執務室に戻った。思ったほど時間がかからなかったところからして、レアード王子の話はラリーの想定内か、逆に話にならないほどにかけ離れていたかのどちらかだろう。レアード王子にも彼の周りにも諜報員を送っているし、協力者もいる。全ての情報が得られているわけではないが、レアード王子の評価は低く、臣下も彼に従順とは言えなかった。


「ああ、義父上。思った通りでしたよ」


 そう言ってラリーはにこやかにレアード王子との会談の内容を話した。今ここにいるのはこの地の中枢を占める四人だが、気心も知れているので会話の内容の割には雑談をしているような気軽さだった。

 レアード王子の提案は、隣国の王がシアを望んだ事も含めて想定の範囲内だった。隣国の動きが怪しいのは今に始まった事ではないが、どうやら本格的に王を王位から引きずり下ろす計画が上がっているらしい。今までも何度か同様の計画が上がり、その度に頓挫してはいるが…今回は成功して欲しいと思う。我が国のためにも、かの国のためにも。


「レアード王子には、姪御とグレン王子の結婚をチラつかせておきました」

「グレン王子じゃと?」


 意外な名前が出てきて、わしはラリーの真意を測りかねた。確かにグレン王子にはまだ婚約者もいないが…レアード王子の姪御を婚約者に立てるには性急だし、釣り合いがとれないだろうに。


「ええ。我々としてもこちらに敵意を持つような王では困ります。別にレアード王子の姪御でなくとも、隣国の王族の姫と我が国のグレン王子の縁談の可能性があると思えば、彼らは後ろ盾欲しさもあってこちらに友好的にならざるを得ないし、ああ言ったことで彼らは私を協力者にしたいと考えるでしょう。そうなれば、ある程度コントロールできるかと」

「なるほど…確かに、こちらに噛みついてくるような王では困るし、内戦になるのも厄介じゃ。ある程度コントロール出来る方が対処もしやすいじゃろう」


 姪御の事はエサに過ぎないという事は、レアード王子も十分承知しているだろう。それをわかっていても彼らに十分な力がない場合、ラリーの協力を喉から手が出るほど欲するのは明らかだ。貴族間の腐敗が酷いから、彼らを一掃するために一時的に我が国の属国とするなり、グレン王子を隣国の王女と結婚させたうえで王に立てる事も想定しておけば対処もしやすい。一番困るのは内戦状態に陥る事だ。そうなれば先を読むのが難しくなるが…今のところはこれで十分だろう。となれば…


「それでラリー。シアの事はどうする気じゃ?」


 さりげなくシアを話題にあげると、一瞬だけ視線を右手に向けた。都合が悪い時や動揺した時に視線を利き手に向ける癖は相変わらずじゃな。


「…シアは私が娶りますよ」

「ほう?じゃが、暗殺の危険もあるし、隣国の要望も無視は出来まい。どうするんじゃ?」

「…暗殺命令は取り下げさせましたし、二度とシアには手を出さないと約束させました。王の要請は論外です。陛下もお許しにはなりませんよ」

「じゃが…白い結婚を望んでいたじゃろ?」

「…隣国の要請を断つためにも、早急にシアを娶ります。他の者に嫁がせるには時間がありませんから」


 わしと視線を合わせずに淡々と答えるラリーじゃが、葛藤しているのがはっきりと見て取れた。とは言え、シアを娶る大義名分が出来た以上、もう白い結婚などと言う事はないだろう。


「…そうか。なら、早めに話してやれ。シアの事じゃ、今頃は隣国に行かなきゃならんと思い詰めているじゃろうからな」

「…わかっています」


 苦々しくそう答えるラリーは、まだ迷っているようにも見えた。正直に言うと、二人の未来には不安がチラつく。それは二人の性質、特にラリーにあるとわしは思っている。


 ラリーは…涼やかな貴公子然とした外見からは想像も出来ないほど、苛烈な気性を秘めている。彼の本質を一言で表すなら…戦神だ。十五年前の事件でその事に気が付いたわしはここに彼を誘ってみたが、案の定彼は自らこの火種の燻るこの地にやって来た。きっとそれは、彼の内なる本能がこの地を望んだのだろうと思っている。実際、ここに来てからのラリーは王都とは比べ物にならないほど生き生きしてみえるし、その戦いぶりを見ていれば否定しようがない。あんなに小競り合いが治まらなかったこの地が、彼が来て三年ほどで落ち着いてしまったのだ。


 一方で聖女の力はラリーとは真逆だ。ラリーの破壊衝動を沈め、抑える力にもなる。王都にいたラリーがメアリー嬢に惹かれたのも、本能を抑えなければいけないという彼の意思に反応したせいじゃろう…実際、彼が表面上穏やかに見えるのは意識してその衝動を抑えているからで、ここでは王都ほど本能を抑える必要がなく、むしろそれがこの地を治めるのに役立っている。そんな状態で、聖女の力を持つシアが側にいればどうなるか…


 既にラリーはシアに惹かれ、強い執着心を持っているようにみえる。わざと素っ気なくし、遠ざけようとしているのはそれの裏返しで、本人も自覚があるのだろう。だが、そんな彼の意に反し、本能としては望み通り、シアを娶らなければいけなくなった…

 破壊衝動を抑える聖女の力は、一方で強い征服欲を掻き立てる。ラリーが感情をそのままシアにぶつければ、多分、飲み込まれて傷つくのはシアの方だ。シアに王妃様やクラリッサ殿ほどの強さがあれば別だが、そうなるにはシアは育った環境が悪すぎた。あの子の自己評価の低さと従順さは、この場合は悪手にしかならないだろう。ラリーはその事も理解しているようだが、シアは自覚がない上、ラリーの本質にも気が付いていない。それがどう影響するかは…正直わしにもわからなかった。


「全く…なんとも厄介な組み合わせじゃな…」


 それでも、願わずにはいられない。二人の未来が明るく前向きなものになることを。二人が…互いを想い合っているからこそ、無用な傷を生まぬ事を…二人を見守ってやってくれと、わしは今は亡き朋友達に心の中で祈った。


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