第93話 知らされなかった事情

 おじ様から私を暗殺しようという動きがあったと聞かされて、私は暫く言葉を失った。私にそこまでの価値があるとは思わなかったからだ。


「暗殺を計画していたのは…主に隣国派の連中じゃ」

「隣国派が…?」


 独立派ならともかく、隣国派が私の暗殺を計画していたとは思いもよらなかった。でも、王族のラリー様と王都の高位貴族の私の結婚は、隣国派にとっては望ましいものではなかった。元より隣国派は、ラリー様が養子に入ったのにも反対だったのだ。王命での結婚でこれ以上王家との結びつきが強まるのを恐れての事だという。

 私への暗殺が表立ったのは、私がラリー様と王都に行っている間だった。おじ様が留守を預かっている間に不正疑惑で捕らえた貴族が隣国派で、その調べから浮上したという。暗殺を指示していたのはどうやらレアード王子らしく、私を害してヘーゼルダインと王家の間に波風を立てるのが目的だったらしい。


 また、独立派でもメアリー様の邪魔をする者として、一部の者達が私を排除しようという動きがあったという。ラリー様が私と距離を取っていたのは、彼らを不要に刺激しないためだったとおじ様は仰った。私は全く気が付かないうちに、二つの勢力から狙われていたのだ。


 ラリー様が帰郷時に白い結婚を望んだのも、王都で過ごすようにと仰ったのも、全てこの暗殺計画が理由だった。今回の計画を阻止しても、ここにいる限りまた同じ事が起きるというのがラリー様のお考えで、覚悟を決めてこの地に来た自分とは違う、私には王都に戻って普通の貴族の令嬢のように穏やかな生活を…とお考えになったからだと言われた。

 

「そんな…それなら、一言仰って下されば…」

「…大人しく屋敷に籠っていたか?」


 そう問われた私は、直ぐに答えられなかった。聞いたとして…私は大人しく屋敷に閉じこもって…はいなかっただろう…


「じゃろ?どうせシアの事じゃ。犯人をおびき寄せようとか考えて、余計に出歩こうとしたじゃろ?」

「……」

「言わない方がいいと言ったのはわしじゃ。シアは頭がいいから中途半端な情報はかえって危険じゃと。それに、自分の事にはちっとも頓着しないからな」

「…そ、そんな事は…」

「ないとは言わせんぞ」

「……」

「…それに、いつの間にやらレアード王子とも知り合っておるし…危なっかしくて目が離せないのは変わらんな」

「あ、あれは…不可抗力ですわ…」

「そうは言うがのう…まぁ、お陰で向こうも暫くはちょっかいを出しては来ないとは思うが…」

「だったらよかったじゃありませんか」

「シア、わしとラリーが気にしておるのは、シアの生涯にわたっての安全じゃ。今回、結果的によかったというだけで、根本的な問題は何も解決はしておらんぞ?」


 おじ様はそう仰ると、大きく息を吐かれた。確かにおじ様の仰ることは分からなくもないけれど…


「でも…危険なのは誰でも同じではありませんか?それではラリー様は誰とも結婚出来ないのでは?」

「そうじゃ。だからあいつは、死ぬまで独身でいいと言っておる」

「それじゃ跡継ぎが…」

「それも、自分と同じように養子でいいと。実際、子供が出来れば今度は子供が狙われる。だったら自分のように成人して能力がある者を領主に迎えた方がいいのではないかと、こう考えておるんじゃ」

「そんな…」


 ラリー様がそんなお考えだったとは思いもよらなかった。でも…一理あるのも確かで、私はそれの考えを否定できなかった。この地の情勢は不安定で、能力のない者が跡継ぎだからという理由で治めるのは難しいだろう。それなら成人した能力のある者が治めた方が確かに安定はするだろう…


「それにな…領主の家族が不慮の事故で亡くなるのは…ここでは珍しくないんじゃよ…」

「不慮の…」

「…話さぬわけにもいかぬな…」


 そう仰っておじ様は、深いため息を一つつくと、ヘーゼルダインの領主一族の話をしてくれた。この地は長年、王国と隣国、そして独立の三つの派がひしめき合っていたため、その時々の国王や領主の方針で大きく揺れたという。それもあって、領主の家族が犠牲になる事も少なくなかった。外出時に家族が襲われたり攫われたりするのは珍しくなく、領主への見せしめや脅迫、復讐の犠牲になるのは、非力な妻でありその子供だった。


「最近ではわしの兄の子が、何者かの手によって攫われて殺されておる…」

「そんな…」

「ここはそういう場所じゃ。シアはその身分故に既に狙われているし、これから聖女の力が広く知れれば、その可能性はより増すじゃろう」

「でも…」

「…兄の子が殺されたのは…ラリーがここに来て一年ほど経った頃じゃ。騎士に憧れていたからラリーによく懐いて、ラリーも随分可愛がってくれた。それだけに、酷くショックを受けていた…」

「……」

「ロバートをシアの護衛に就けたのも、あいつが諜報部隊のまとめ役だからだ。知られてはおらんが、あいつが一番、裏も含めた情報を持っている。勿論腕も立つしな。だがそれでも安心は出来ん。ここはそういう場所なんじゃ」


 重く語られた内容に、私は何も言えなかった。一人前と見られていないと落ち込んでいたけれど…そんな次元の話ではなかったからだ。


「まぁ…ラリーがシアを遠ざけたのには他にも理由はあるが…」

「それは…どういう…」

「…婚約は、シアが願えば解消出来るそうじゃな?」

「え、ええ…陛下からはそのように…それが何か?」

「…わしが言ったのは内緒にしてくれよ?」


 そう仰るとおじ様は、これはあくまでも想像じゃが…と言って話をしてくれた。

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