prologue
僕は、朝の新浦安墓地公園へと足を踏み入れる。
目の前に広がるのは、丘でも木々でもない。ただ、たくさんの黒く磨かれた石碑だけだ。それらは人の腰の高さどころか、膝下ほどしかない。僕の足元には、かつての人々が灰となり、眠っているはずだった。
ある人の墓の前に立つ。見下ろしたその墓に、名前は刻まれていない。
それでも、僕は語りかける。
「やあ、またきたよ……」
膝下の黒い墓は、何も語らない。だから僕は俯いてしまう。
「君はどうしてなにも、話してくれないんだ」
墓はやはり、何も語らない。僕は言った。
「怒っているのかな。そうだったのなら、謝るよ」
言葉は返ってこない。ただ黒い石碑は、夜明けの光を返すだけ。だから僕は、弁解するように言った。
「こうしなければ、僕らは生きられなかった。この世界で、君たちを語り継ぐことはできなかったんだ」
彼女は答えることはない。だから僕は頭を振る。
「違う。僕は、語り継ぐことしかできない。君ともう一度、この世界で話したかったんだ。そして、触れ合いたかった。でも、そうはならない。やっぱり僕のしていることは、無意味なのかな」
そう言いながら、僕は踵を返す。そして振り返り、言った。
「じゃあね」
そうして僕は墓地を後にする。
どこかに、視線を感じる。
振り返るとそこには、彼女がいる。ロングの髪を、海の風でなびかせながら。そして彼女は微笑んでいる。僕はただ俯き、言った。
「どうして君は、何も言ってくれないんだろう……」
僕は再び、海の方へと歩みを進めていく。
夜明けに染まりゆく海が、眼前に広がっていた。
風が凪ぎ、鳥の鳴き声がこだまし、翼を広げた彼らはどこかへ向かっていく。
その風景を見ている僕が立っているのは、これら自然とは相容れない、浅瀬を地盤とした海岸だ。
この人造の海岸は整備、というよりは修復されてから間もないので、通路用コンクリートはてらてらと黒く光っていた。わずかな木々も裁定され、見栄えが良くなっていた。ベンチは悉く茶色の強化プラスチックに置き換えられ、それの根っこを埋めたであろうコンクリートは汚れ一つない。そして花が無尽蔵に広がっているが、それら全ては同一の品種、カンパニュラの遺伝子組換え版だ。
この人造の海岸が、たとえ自然と相容れることがなくとも、その見た目だけは調和している風にみせている。こうして何度も整備していくことで。それら自然に擬態することで。
これこそが人類の欲の生み出した、造りものの自然。人間の感性によって蹂躙された自然の臨界点。
悲しくも、その鑑賞者は僕ひとりしかいなかったが。
だから僕は誰もいないのをいいことに、つぶやいた。
「僕のしていることは、この花達にしていることと同じだ」
かねてより自然とは人間にとっての芸術の対象、すなわち蹂躙の対象だった。庭園、生花、植木。すべては人間の都合によって生み出され、加工されるための生命。
人間がいいものとすれば、身体の悉くを切り裂かれる。
不要なものとすれば焼却炉で燃やされる。
人間の両手両足をトリミングして、アイコンたる顔と胴だけのものを並べて大喜びする。
結局のところ、それが僕たちのやっていることだった。
ここにある木々は生えゆく枝と葉を切り裂かれ、遺伝子改良されたカンパニュラたちは農園で根を下ろすこともできずに身売りされ、見ず知らずの土地で咲かされる。それらの業を笑顔でやってのけるのが我々生物というものだ。
その対象は、人間にすらも今当てはまってしまっている。
僕はその時の思い出を、回想していく。
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