彼女はベールを諦める
青下黒葉
出会い
何、この感覚。全身がビリビリして胸の奥がドクドクする。前のめりになりテレビのフレームを掴む。君が画面に映る度に心臓が飛び跳ね息があがった。君の声が、笑顔が、動作が、スタイルが、君の全てが私を虜にさせた。
私、三次元に恋しそう。
「やっと出た! どれだけ課金したと思ってるのよ、龍之介ー」
真っ昼間からゲーム三昧。仕事なんて行っていない。親のスネをかじってゲームに課金。推しが出なかったらまた課金。すればするほど心が満たされていく。
星月龍之介。私の最推し。
赤い短髪の毛から覗く、黄色と緑の瞳が可愛らしい天然キャラ。身長は172cm。特技はダンス。好きな事は親友の如月冬馬と買い物に行くこと、って可愛すぎない? 苦手な事は勉強っていうのも最高じゃん? 好きな女の子のタイプはふわふわ系なんだって、絶対私みたいなサバサバ系がいいのよ。
「あーー、龍之介、そろそろ画面から出てきてくれないかなー」
私の推しはゲームの登場人物。「ゲームの男に恋? 馬鹿だろ」って? いいえ。彼らとはいつでも会えるし喧嘩だってしない。完璧な恋が出来るの。かっこいいことだっていっぱい言ってくれるし私だけを見てくれる。つまり最強じゃん?「画面の中にしかいない奴に課金? 勿体ない」って? いいえ。アイドルのファンをしてる子だってテレビの中の人じゃない。実際会えても恋愛を容易にできないし。でも私の推しとは恋愛が出来る。不祥事だって出ない。こんなに完璧な存在、他にいないじゃない。二次元バンザイ!
なんて思っていた頃の私よ。このテレビに映る少年はなんだ。この輝き、ふわふわ感、癒し系ってやつか。これが三次元の良さなのか? メンバーとニコニコと話している姿が天使に見えてくる。この子は一体誰なんだ。
久しぶりにテレビをつけてみると、そこにはお茶の間に大人気の音楽番組がかかっていた。そのゲストとして彼は司会の男性と会話をしている。時々おかしな事を言ってメンバーからフォローされ、おかしな事だと気付かずに「え?」なんてとぼける姿がとても愛らしい。まさに星月龍之介を擬人化したようなアイドルだった。すぐさまスマホを開き検索をかける。テレビ画面の下に表示されている「RI-Tu_M」を打ち込んだ。メンバー紹介と画像が同時に出てくる。
RI-Tu_M (りーつーえむ)
・メンバー
神崎龍輝(23歳 ニックネーム「きき」)
板倉みのる(25歳 リーダー ニックネーム「みの」)
沢田辰月(24歳 ニックネーム「たっちゃん」)
宇野大晴(22歳 留学のため活動休止中 ニックネーム「うーくん」)
河田光友(24歳 ニックネーム「みっくん」)
・略歴
2017年に結成。メンバーのイニシャルを取り「RI-TU_M」として結成された。R=神崎Ryuki I=Itakuraみのる T=沢田Tatsuki U=Uno大晴 M=河田Mitsutomo
2018年にメジャーデビュー。
2019年、宇野大晴が留学する事をファンクラブを介して発表。デビュー当時は「RI-TU_M」の表記であったが宇野本人から「まだまだ未熟な人間であるため、留学を通して自立した大人になりたいと思っている。だからグループ名のUをu表記に変えたい。留学が終わって帰ってきた時にUに戻したい」と申し出があり2019年からは「RI-Tu_M」として活動を続けている。
2020年、ファンネームが「りっつ」に決定(ファンクラブ内で発表)。同年、5大ドームツアーを達成した。
これと写真を見る限り、それぞれの性格はこんな感じだろうか。神崎龍輝はオレオレ系、板倉みのるは癒し系、沢田辰月はサバサバ系、いやツンデレ系か。宇野大晴は末っ子キャラ、河田光友がさっき私が一目惚れしかけたアイドルだ。天然キャラといったところだろう。
テレビ画面には宇野大晴を除いた4名が、華麗に踊りながら歌う。初登場という事もあってデビュー曲と板倉みのるが主演を演じるというドラマの主題歌の2曲を披露していた。息の合ったパフォーマンスがとても綺麗だ。SNSを開いてRI-Tu_Mとハッシュタグをつけて検索をかけてみる。ファンと見られる様々なアカウントがさっそく歌番組の事を投稿していた。
『ききマジでカッコよすぎ』
『たっちゃん歌上手くなってない?! うーくんいなくなって努力してるんだろうなーってめっちゃ分かる(涙)』
『みののドラマ絶対見る。恋愛ドラマだから嫌だけど、みのがドSキャラとかヤバいすぎない??』
あーこれが三次元のオタクの反応なのか。二次元と考え方一緒だ。何か違うのかと思った。
RI-Tu_Mの公式アカウントを発見する。所属事務所が管理する告知アカウントらしい。個人でのSNSは禁止されているみたいだ。
アカウントの最新投稿にはメンバーの集合写真とともに『本日の19時よりデビュー曲「KIKs」と、みのさん主演のドラマ「貴方は1人」より主題歌「one Dreamer」を初披露させていただきます! ぜひご覧下さい!』と書かれていた。
写真をアップにして河田光友を見る。綺麗な二重幅と緩く巻いた茶色の髪が子犬のようだ。他のメンバーもビジュアルが凄くいい。
知りたい。河田光友の事もRI-Tu_Mの事も。
ドクドクと心臓が弾ける。
アカウントを新たに作る。プロフィール画は一旦河田光友の写真にしておこう。プロフィールには名前とRI-Tu_Mにハマりかけ。とだけ書いておく。初めての投稿は皆に見てもらえるような、共有してもらえるようなものにしよう。ハッシュタグも見つけやすいようなものに。
『歌番組でRI-Tu_Mの河田光友くんを見て惹かれハマりかけです。ファンの皆様、RI-Tu_Mに関してご教授ください!』
投稿してから龍之介に会いに行く。アプリを開いて衣装部屋に入るが何故かあまりドキドキしない。過去一好きだったエピソードを読み返してみるがストーリーを見進めようと思えない。それどころかなんで課金していたのだろうと悶々とした感情に潰されていく。二次元は悪くないはずなのに、三次元に感じてしまったトキメキが忘れられなくて二次元に恋が出来ない。
もう一度SNSに戻ると100を超えるいいねと共有がされていた。投稿に対するコメントも何件も来ていて、まずは返信をせずに一通り見ることにした。
『RI-Tu_Mめちゃくちゃいい曲いっぱいですしメンバー皆仲が良くて本当にいいですよ! 絶対沼ります!』『うーくん推しの者です! うーくんは今、留学中で休んでるのですが休んでるメンバーの部分、戻ってこられる場所を作ってくれてるくらい優しいグループです! ぜひぜひハマりまくってください!』『おすすめの曲はデビュー曲のカップリングでみっくんのソロ曲です!「7月の約束」っていう曲なのですが、デビューまでの道のりとかを歌った曲です! ぜひ聞いてみてください!』
「凄い……まだ投稿して10分も経ってないのに」
メンバーが優しいとファンも優しいという噂は本当のようだ。ファンは推しに似るとも聞いた事がある。納得だ。
コメントに書かれてある曲を聞ける場所を探してとにかく聞きまくる。「7月の約束」は確かにいい曲だった。
番組が終盤に近づき、どういう流れでそうなったのか分からないが、司会者が河田光友に「ファンに向けた甘い言葉をどうぞ」と促していた。初めは照れていた河田光友も真面目な顔をしてカメラに目を向ける。その様子に胸がギュッとする。
「僕が幸せにしてあげるから、僕を好きになってみない?」
少し顔を傾けて子犬のように下目遣いをした。
「落ちた」
これが二次元オタクの私と画面の中の三次元アイドルとの出会いだ。
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