人外転生カーバンクル

@YA07

第1話


『意思を持って活動すること』を生きているというのなら俺は生きているし、『生命活動を行っていること』を生きているというのなら俺は生きていない。それが、この世界に転生してきてからすでに三年ほどの月日が経つ俺の結論だ。

 そんなことを考えながら、俺は右手で目の前に積まれているチップの高さを倍にした。そして左手に持つ二枚のカードを伏せ、対面に座る相手を挑発的な目で睨みつける。


「……ッチ」


 そんな俺に相手は小さく舌打ちを鳴らすと、手に持つ二枚のカードを公開して、目の前に積んであったチップを乱雑に俺の方へと滑らせた。


「おお……」

「また降ろしたぞ」

「ナイトにシャークか……まあ仕方ないな」

「これで三連勝……さすがは虹石様ってとこか」


 相手のその行動を皮切りに、俺と相手を囲って沈黙していたギャラリーたちがざわめきだした。その視線は俺に向けられる畏怖と相手に向けられる同情に二分することができたが、大半は俺への視線だった。


「今日はもう辞めておこう。……また頼む」


 俺と対戦を行っていた男は一方的にそう言って席を立つと、俺の返事も待たずに歩き去っていった。

 普通に考えれば非常識な行動だが、それを咎める者はいないし、俺も不快には思っていない。なぜならそれは毎日のように行われている光景であり、この特異的な状況を考えれば当然のことだからだ。


「じゃあ次!俺にやらせてくれ!」


 先の男が席を離れてから次は誰だとざわめいていた外野の期待に応えるように、そんな声がカジノに響き渡った。

 その声の主は長髪の若い男で、そのギラついた八重歯を見せつけながら俺へと笑いかけてきた。


「へへっ……俺は最近ノリにノッててね。ランクは上がるわ彼女はできるわ、人生いいこと尽くめなんだわ」


 そうかそうか、彼女は大事にしてやれよ。と俺が内心で呟くと同時に、外野からも「羨ましいなクソ野郎!」やら「それも今日で終わりだな!」といったガヤが飛ばされてくる。カジノといえばもっとスマートなものを思い浮かべる人も多いかもしれないが、この世界のカジノではどこもこんな風だ。自分では賭け事をしない、所謂見る専の人も多く足を運んでいて、勝負もそう言った人向けに観戦しやすいような作りになっている。俺は無論プレイ派なんだが、ここにはむしろ見る専の人の方が圧倒的に多いくらいだった。


「だから今ならアンタに勝てる気がしてね……『宝石妖精(カーバンクル)』さんよォ!」


 自分を鼓舞するためか、客を沸かせるためか。その男はわざとらしくそう叫ぶと、俺の対面の席へと座り、チップを一枚ずつ乱雑に、計十枚積み上げていった。


「ここ五日……俺が稼いだ金全額を一発で賭ける!」


 相手はそう宣言し、ディーラーから四枚のカードを受け取った。

 この店では50銀貨チップと10金貨チップがあり、相手が積み上げたのは10金貨チップだ。つまり、相手が賭けた金額は金貨百枚。恰好や立ち振る舞いを見るにおそらく冒険者であるだろうし、五日でそれだけの金額を稼いでいるとなるととても駆け出しとは程遠いレベルなのだろう。その若さでそこまでたどり着いていることへの尊敬の念を感じるとともに、そんな歳からカジノなんてやってんじゃねーよという侮蔑の念も感じることとなった俺は、丁寧に積み上げた十枚の10金貨チップを前に差し出した。


「へへっ……悪いが、貰ったぜ。この勝負」


 ディーラーから受け取った四枚のカードを確認する俺を見ながら、相手が挑発的な物言いをする。このゲームのルールは、それぞれのプレイヤーがカードを四枚受け取り、そこから二枚を同時に選ぶ。その二枚を一枚ずつ出して二回勝負し、最後は選ばなかった二枚で合計三回勝負するというものだ。そして一介の勝負が終わる毎にチップを更に乗せることができ、相手がチップを乗せた場合はそれと同量こちらも乗せなければならない。もちろん勝負はカードに設定された強さが強い方が勝ちで、先に二回勝った方がチップを総取りできる。


 カードの強さというのは、役と属性から決まっている。役というのはトランプで言うところの数字のようなもので、ここでは十の役(ラット→ウルフ→シャーク→オーガ→ナイト→アサシン→キング→エレメンタル→フェアリー→ドラゴン)がそれぞれ一段階ずつ強くなっていくように設定されている。一方で属性というのはトランプで言うところのマークのようなもので、この世界に存在する六つの属性の魔法と一致している。それは、『火』『水』『風』『土』『光』『闇』の六つで、現実的には絶対的な相性というものはないが、このゲームでは『火←水←風←土←火』の四すくみ。それら四つに強い闇。闇に強いが他の四つに弱い光。という風に設定されている。四すくみはそれぞれ二段階分の有利を得られ、闇はそれら四つに対して一段階強く、光は一段階弱い。そして、光は闇に五段階強いというのが属性の相性だ。先の二枚はその属性も含めた勝負となり、最後の二枚は属性無視の単純な数字比べとなる。

 ここまで聞くと運だけのゲームに思えるが、このゲームの奥が深いところはカードの裏側からでも属性がわかることだ。相手の先程の発言もそこから来たもので、俺の手札には、火が二枚、土が一枚、闇が一枚ある。そして相手の手札には、水が二枚、闇が一枚、光が一枚あることがわかっている。つまり、俺はこの時点で属性的に不利を抱えている。もちろんそれでは覆せない数字の差があれば関係ないのだが、それだけでも相手にアドバンテージがあることには変わりないのだ。


 そして俺の手札にある四枚は、火のシャーク、火のエレメンタル、土のキング、闇のアサシンだ。土は役も強く属性的にもいいので選ぶとすると、問題は残り一枚になる。闇は万が一相手の光とぶつかってしまうとほぼ確実に負けてしまうし、役もそれなりに強いので無理に選ぶよりは役のみの勝負となる最後の二枚として使いたい。そうなると土のアサシンと最後の二枚で勝つルートとなるので、選ぶのは捨て駒としての火のシャークが正解だろう。

 だが、機械的に考えていてはギャンブルには勝てない。本当の問題は、『相手が何のカードを出してくるか』だ。そもそも、言ってしまえばこのゲームは二択であり、『最後の勝負を捨てる』か『最後の勝負を取りに行く』かなのだ。そして、相手の雰囲気からしても、属性で有利を取っているという点からしても、相手は最後の勝負を捨て、先の単体勝負二回で決め切るという作戦を取ってくるように思える。となると、俺が選ぶべきなのは───




 俺がカードを伏せて選出の意思が決まったことを示すと、相手も同じようにしてカードを四枚とも机の上に伏せた。


「両者選出は決まりましたね?……では、同時にカードを選んでください」


 ディーラーの指示と同時に、俺と相手が両手で一枚ずつカードを選んで手に持つ。するとギャラリーたちからおおっという歓声が沸き上がり、相手も不敵に笑みを浮かべた。


「ほう……そう来るのか」


 俺が選んだカードを見て、相手が嗤う。俺が手に持つカードは裏側に燃え盛るイラストが描かれた火属性のカードと……それと全く同じイラストが描かれているもう一枚の火属性のカード。つまり、火のシャークと火のエレメンタルだ。


「水二枚見えてるのに火二枚で行くのか……」

「そんなに役が強いのか?」

「いや、どっちかは捨て駒だろう」


 ギャラリーたちがそんな風に好き放題あれこれ言っているのを耳に入れながら、俺は相手のカードをじっと眺めていた。

 相手が選んだのは、闇と光のカードだ。相性的には五分といったところだろうか。だが、水を二枚見て火を二枚選出している俺が言うのも何だが、火を二枚見て水を一枚も選出しないのは意外だ。よほど役が弱いのか、あるいは……


「じゃあ俺は闇で行こうか」


 俺が思考を回転させているうちに、相手が余裕そうな表情で闇のカードを場に伏せた。

 当然だが、カードを先に置くのは不利だ。この時点で相手はもう全ての勝負に使うカードが決まったわけで、俺の方が多くの情報を持った状態で使うカードを選ぶことができる。こちらの選出も待たずに闇を選んだのは、この闇は確実に勝てるという自信があるからか、はたまたそう思わせたいというブラフであり、大して強くない闇で弱い方の火属性を誘きだして勝とうという魂胆か。

 俺は少し考えてから、火のシャークを場に出した。どの道、俺の予想は相手が最強の二枚を選ぶというものだ。つまり、闇も光も強い。それが俺の予想であり、それを基に選出した時点で、今更考えを変えるのは弱い。あとは俺の読みが当たるか、外れるかだけなのだ。


「……それでは、オープン」


 ディーラーの合図と共に、俺と相手は裏向きに出したカードの正体を露わにした。


「……よし」


 相手が小声を漏らす。

 場に現れたカードは、火のシャークと闇のナイト。もちろん勝負は俺の負けだし、予想も大外れだった。

 相手はにやついた笑みでこちらを見ると、挑発的に口を開いた。


「本来ならチップを乗せたいんだが……チップがねえから許しといてやるよ」


 完全に勝った気でいる相手に少しばかりの怒りを感じたが、俺は落ち着きを失わないように二枚目のカードを場に伏せた。それを見て、相手も光のカードを伏せる。


「オープン」


 ディーラーの合図と共に、俺は頭を抱え込んだ。


「おお……」

「やるじゃねえか」

「ガキのくせにな」


 二回目の勝負が終わり、まるで決着がついたかのような歓声が上がる。相手も既に拳を突き上げており、それは勝利宣言といってもいいものだ。

 だが、目の前の光景を見ればそれも当然だろう。俺が出した火のエレメンタルのカードに対し、相手のカードは光のラット。この勝負は、圧勝も圧勝。覆るわけもない大圧勝で俺の勝ちだ。


「それでは最終ラウンド。両者残りのカードをオープンしてください」


 ディーラーの無慈悲な声が響き渡る。

 嬉々として捲る相手のカードはエレメンタルとアサシンであり、俺の残していたキングとアサシンではギリギリで勝てない役であった。


「いよぉし!」


 俺のカードを見て、相手が勢いよく立ち上がり喜びをあらわにする。

 ギャラリーたちもお見事と拍手を送っており、ディーラーは淡々と俺のチップを相手の前へと移動させた。

 結果的に言えば、最後はたった一の役の差で負けているし、惜敗だ。だが、一戦目は三の差で負け、二戦目は八の差で勝ち、三戦目は一の差で負け。元の手札の役を考えればこっちが圧倒しているし、ほとんどの組み合わせで俺は勝つことができた。読みも完全に外しているし、むしろ相手に小さい勝ち筋を掴み取られたと言える。そう考えれば、完敗と言う他ないだろう。


「俺、ひさびさに虹石様が負けるとこ見たわ」

「ああ、いつも少し勝ってすぐに撤退するからな」

「俺も勝ちてえなあ……」


 そんなボヤキをするギャラリーたちと勝利の余韻に酔いしれる男に軽くジェスチャーで挨拶をしてから、俺はカジノを後にした。負けたら即撤退。これは俺がこの世界に転生してくる前からの信条であり、今となっては大して気にする必要もないが、ギャンブルで大損しない秘訣でもあった。昔ならこのままうまい飯でも食って帰っていたところだが、今じゃそういうわけにもいかない。

 カジノのやつらが口々にしていた、宝石妖精(カーバンクル)やら虹石様という言葉。それこそが今の俺の正体であり、今ではもう三年も共に過ごした大事な肉体でもある。

 いや、肉体といったら語弊があるだろうか。冒頭でも述べた通り、『生命活動を行っていること』を生きているというのなら俺は生きていないのだ。具体的に言えば、カジノで一言もしゃべっていなかった通り、俺には口がない。それは、喋れないことはもちろん、ご飯を食べることすらできないということだ。

 そうなると当然、「じゃあどうやって生きているの?」という疑問が湧いてくるだろう。その答えは、知らん。知らない。知るわけない。というか、みんなだってそうだろう。人間の詳しい生態なんて知らないだろう。自分がどうやって生きているかなんて、案外知らなくても生きていけるものなのだ。

 などと言ってみたが、もちろん気になってはいる。だが、それを研究しようと思うほどの熱量は俺にはなかったのだ。だってめんどくさいじゃないか。地球に居た頃読んでいた転生物の創作物じゃ皆運命やら使命やら奮闘していたが、とてもじゃないが俺はそんなやる気に満ち溢れた人間ではない。……いや、もはや人間ですらないか。

 そもそも、転生がああだこうだで神様に可愛くなりたいって言ってみたら、こんなわけわからん超絶可愛い全長四十センチほどのケモミミと尻尾が生えて額に虹色に輝く石が埋め込まれた人型妖精に生まれ変わらせられたのだ。世界を救えなんて言われても無理だし、そもそも誰かに救われるほど世界も困っていない。あと俺も生きるのに全く困ることがないから、日々ギャンブルに興じるくらいしかやることがない。この身体になってから、よくよく考えたら人間の娯楽って大概飲食に通じていたんだなあと痛感したくらいだ。


 人間と対比するなら、衣食住は全て無用だ。俺のための服なんてそもそもないし、飯も食えない。住は人間だった頃の名残で持ってるしそこで暮らしているが、実のところ睡眠という概念がないので別に不要といえば不要である。というか、俺以外のカーバンクルは森の中でなんかうろついているらしい。俺も最初は森に生まれ落ちたのだが、色々あって今は森を出てとある女に雇われている。それも趣味の一環で、ぶっちゃけて言えばその女が可愛いわけだ。カーバンクルとなってもはや性別という概念すら失った俺だが、蓄積された価値観というものは変わらないようだった。……まあつまるとこ、今でも必要もないのに女のケツを追っかけているということだ。前と違う点は俺も可愛いから何しても合法ってことだけ。大したことじゃないだろう。


 女を追っかけて、ギャンブルに浸って。これで酒でも飲めればなあ……なんて疼く舌すらないわけだが、俺は今の生活に割と満足していた。高尚な生き方なんてするつもりもなければ、できる気もしない。というか、満足していることにしないとやってられない。あと何年生きているのかもわからないのだから。

 こうアンニュイな気分になっても寝て忘れるってことができないんだよな……なんてぼんやりと考えながら、俺はふわふわと深夜の冒険者ギルドへ足を運ぶのだった。

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