めんどくさい世界で、ただ強くなろうとする狂人の話

@ais-

第1話


 寒いなぁと誰もが思う早朝に畑を耕す子がいた。


 遠景の山には霧がかかり、裾野の森は氷ついたように静か。


 寒村で暮らすアルフレッドは誰よりも早く畑に出て働いていた。

 「アル、もう来ていたのかい?」

 「…… うん、おはようジルさん」


 朝のトイレに出た老婆であるジルが嘲笑混じりなのは理由がある。

 アルフレッドはこの名もない寒村の孤児であるからだ。両親は風邪を拗らせ医者などいないこの村で相次いで倒れ果てた。

 幸いな事に襤褸(ぼろ)であるが家は残っているが食べ物が無い、アルフレッドは村人に媚びを売りながら誰よりも働き露命(ろめい)を繋(つな)ぎ生きてきた。


 ジルはまた鍬を土に入れるアルフレッドを見てフンと鼻を鳴らし「寒い寒い」と家に帰る。

 アルフレッドは10歳まだ子供だが扱いはまるで農奴のようだった。


 シンッと冷える畑に鍬を入れ枯れ始めた雑草を払い、あともう少しで起きて来る大人達に怒られないように地道に作業を繰り返していく。


 その時、カツン…… という音が畑に入れた鍬から伝わった。

 「ん?なんだろうこれ?」


 小石かな?と穿ると土から青く輝く丸い石が現れた。その光は、まだ陽の光が薄っすらな中で強く光りアルフレッドの栗色の髪と黒い瞳を映し出した。


 「なんだろう?わっ!」

 手に乗せた丸い宝石は、それを眺めているアルフレッドの手の中にスイッと音もなく吸い込まれていった。


 ドクンとアルフレッドの心臓の音が鳴る。


 「え?何これ?未来視の力?」

 アルフレッドは今までない知識が頭に広がる事に困惑をしながら暫く立ち尽くしていた。



[補足]

アルフレッドAlfredの短縮形はアルAlまたはフレッドだったりします。



 「おい!アル!農具を片しとけ!」

 「はい、分かりました」

 結局、あの宝石は何だったのか分からずアルフレッドはそのまま気持ちを切り替えて作業に戻った。

 

 そのまま考えていては、待っているのは仕事が出来ないという罵倒と暴力であるからだ。


 アルフレッドは両親の居ない子供であり、食べるのにも窮する事がある村での孤児はこのような扱いを受けるのは当然とされ、また村の子供に親を大事にしなければならないという見せしめにもなるからだ。


 「疲れた…… 今日は殴られなかった…… よかった」

 そう呟きながら酒を飲もうと遠ざかる大人達の農具を集めて藁で編んだ雑巾で拭き小屋に戻す。


 ここは、領主が統治しているが彼らは年に二度の徴収にしか来ない。名もないような村だが税は税。

 領主の指示により村単位での農耕がされている。誰々の畑ではなく、この寒村の畑なのだ。


 まるで共産主義のような話であるが、その平等にアルフレッドは入っていない。

 農具を片し、集会所に行くと大人は酒を飲み女や子供は温かな野菜のスープを飲んでいた。


 「アル、ご飯はいつものとこにあるよ」

 「…… はい、ありがとうございます」

 食事にありつけなくては死んでしまう。

 でも皆んなの農具の片付けをしているので時間がない。

 汚れた泥を拭うにも服を着替える時間もないので、1人離れた場所で食事をする。


 「アルってくちゃいねー」

 「ねー」

 そんな子供の声も聞こえてくるが聞こえないフリをする。両親が亡くなってから色々とあったのでアルフレッドは心が麻痺してしまっていた。


 黙々とご飯を食べ、村で切り分けたパンの硬い端っこを飲み込み自分用となった凹んだ皿をサッと洗い頭を下げて家に帰る。


 これしか出来ることがなかった。


 両親が存命の時はアルフレッドはあそこにいたのだ。いやむしろ顔が整っていたし頭も村の子供の中では良かったので話の中心でもあった。


 家に着いて水桶から冷たい水をかぶり泥を落とす。

 服の汚れもついでに落としながら夏が早く来ないかなと震えながら思う。


 服を絞り、風邪をひくまえに亡き両親の使っていたベッドに潜り込む。

 「未来視…… 」

 

 朝の畑での事を考える。

 そして得た知識も。


 魔法の話は両親に聞いた事があるし、村に訪れてる商人に随伴している魔法使いが火を出しているのを見た事もある。が、未来を視れる魔法なんて聞いた事がない。

 

 寒いなと体を起こし窓の鎧戸を開けると春に向かう季節のはずなのに暗闇の中に雪がちらついていた。


 疲れたな、と明日の労働の苦労が嫌になりそのまま布団の中で丸まると溜息をついてこの生活がマシになるならいいんだけど…… と諦めの気持ちの中で【未来視】の魔法を発動させた。

 

 フッと体が光ったけど…… 何も起こらない。

 「ん?何て書いてるか分からないけど…… あと数字?」

 しかし視界の隅には識字力があまりないので分からない言葉と買い物をするので身についたので読める数字が見えた。


 数字は徐々に減っていくが…… なんの変わり映えもない今の状況に苦笑した。

 「なんだ意味ないじゃん期待して損しちゃった…… 」と呟き少し涙を流し眠った。


 その夜中、震えながら目が覚めた。


 自分の指が黒く変色している。痛い。

 風のせいで毛布が布団と剥がれ冷たい物が当たる。

 体が動かない。

 目を首を何とか動かして見ると、夜に雪を確認した時に鎧戸を閉め忘れていたのか窓が空いてしまい雪が部屋に舞っていた。


 凍傷となった指に息を吹きかけるが、その息もつめたい。そして、じっくりと冷たくなっていき眠るようにアルフレッドは死んだ。


 「───────はぁ!はぁ!はっ…… かはっ!」

 バサリと布団を退けてアルフレッドは起き上がる。


 「あれ?死んで…… ない?」

 でもあの痛みは本当だった、今も心臓が止まっていく感覚に怖くなる。

 「そうだ!窓!」

 

 振り返った閂をし忘れた窓はカタカタと開き揺れ、鎧戸は開いたままになっていた。


 「未来視…… ?それで死ぬまでを知れたの?」

 鎧戸と窓をしっかり閉めてから呟く。

 もう一度、確かめてみたい。


 そう思い[未来視]を発動するとアルフレッドは気を失った。

 


[補足]

 村となっているが荘園(しょうえん)に近い形態をとっている。ただし、アルフレッド達は農奴ではない。

 希薄ではあるが神から領主へ、領主から農民へ条件付きで土地の所有を許すという形になっている。

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