02 友だちと初迷宮入り。


 それから、ヴィクトが話しかけてくれるようになる。

 授業で二人一組になれと言われて、どうしようと焦っていたけれど、呆気なく「オレと組もうぜ」とヴィクトが声をかけてくれた。

 しかも、私の悪い噂を話す生徒を聞きつけると「テキトーなこと言ってると絞めるぞ!!」と絡むほど、私の味方になってくれたのだ。

 あの喧嘩の早さ……。

 絶対にガキ大将だっただろうな、と思っていれば、ヴィクトの幼馴染がそうだったと教えてくれた。

 同い年とは思えないほど身体が大きくて、前髪が上に跳ねた茶色い短髪とブラウンの瞳。名前は、スト・ゴレア。

 問題を起こさないように、私とストで引き留めた。

 ヴィクトが悪い噂を否定してくれたおかげか、同性の生徒にも声をかけてもらえるようになる。


「あなた、魔法の先生より優れているのでしょう?」


 そう話しかけてきたのは、ハーフエルフの女子生徒。

 名前は、ミミカ・インコラッジャ。ボブヘアーの金髪とやや吊り上がった青い瞳。


「ねーねー。この魔法のコツ教えてくれない?」


 私よりも、小柄な体躯な女子生徒。

 白銀色の長い髪を二つに結んで、やや垂れた明るい紫の瞳をしていた。

 名前は、ディヴェ・ルシオーネ。

 ミミカとディヴェとも、親しくなれた。

 初めはどうなるかと思った学園生活。グラフィア様の言う通り、いい友だちと巡り合えた。

 しゅん、と落ち込む。グラフィア様にも、紹介したかった。

 いい友だちが出来たことも報告して、そして実際に会ってほしかったと思う。


「何暗い顔をしてるの? エリューナ」

「悩みー? 悩みなのー? エリューちゃん」


 ミミカとディヴェが覗き込んだ。


「ううん、ただ……亡くなった師匠に、皆を紹介したかったなって思って」


 二人の手を握って、私はそう笑って見せた。


「そう……亡くなったんだ、エリューナの師匠」

「それは悲しいね……」


 すると、後ろから頭を鷲掴みにされて、ごしごしと乱される。

 この乱暴さは、間違いなくヴィクトだろう。最近よく、こうされる。


「そういやぁ、最初に会った時”優秀な方だった”って言ってたな」

「気安くエリューナの頭を触るなって言ってんでしょーが! バカヴィクト!」

「うっせーえ! アホミミカ!」


 ヴィクトとミミカは、ちょっと喧嘩をするほど仲が良い。


「で? どんな人だったんだ?」


 ストが問う。初めての質問だ。


「ああ、最高王宮魔導師だったグラフィア様だよ」

「グラフィア・マーリン!?」

「あのグラフィア・マーリン様に教えを乞うてたの!?」

「魔法が不得意なオレですら、その名を知ってるぞ!?」


 ミミカとディヴェとストが、驚愕した。

 ストの言う不得意は謙遜である。確かにこの前の試験結果では、私達の中で一番下だったけれど、上位五番目だ。

 ちなみに、”あのグラフィア・マーリン様”は、最年少で最高王宮魔導師になった天才と有名だからだ。

 ヴィクトだけは、しれっとしている。


「なんでそんな人がボランティアでお前を見てたんだよ?」


 ボランティアで見てもらっていたことを、話していた相手はヴィクトだけ。

 ミミカ達が「無償!?」と驚いている間に、私は先ず五歳から魔法をこっそり使っていたこと。そして、二人の家庭教師が私の天才さに困って辞めてしまったあとに、話を聞いたグラフィア様がひょっこりやってきて引き受けてくれたことを話した。


「はーあ、つまりはあの最高王宮魔導師が認めるほどの天才か」


 ふん、と鼻を鳴らすヴィクト。実力じゃない! とかもう言ってこない。


「いやー、エリューちゃんの天才さは、ウチらも十分わかってるよ」

「えへへっ」


 グッと親指を立てるディヴェに、デレッとしてしまう。

 褒めらるって、嬉しい。

 学園のルールとは言え、貴族令嬢の私相手にタメ口で親しくしてくれるのは嬉しかった。私もついつい砕けた口調になる。

 そして、今ではすっかり私の実力を認めてくれていることも。


 一人廊下を歩いていたら、そう呼ばれた。


「エリューナ嬢」

「あら、コール様。ごきげんよう」


 パーチェ子爵家の長男コール様。優しい金色の髪と水色の瞳を持つ二つ上の先輩。

 貴族仲間として、話しかけてもらるようになった。

 廊下をすれ違う際には、必ず挨拶する仲だ。

 初めは、ニーヴェア学園に通う数少ない貴族仲間として心配してくれたけれど、親しくしてくれる友だちがいると話せば、よかったねって言ってもらえた。


「……コール様? なんだか疲れた様子ですね」

「あ。わかる? 実は、ダンジョンに行っていてね」

「ダンジョン……!」

「あはは、目が輝いてるよ。興味あるの?」


 迷宮ことダンジョン。

 この世界には、神出鬼没なダンジョンが生まれることもあるけれど、街のそばに大きなダンジョンがある。

 三年生になると、そのダンジョンに入る許可がもらえて、魔物相手と戦う訓練があるらしい。

 ワクワクするよね! うん!

 ゲームのように、延々と魔物が湧いてくるダンジョン。長年、原因を究明しているが、未だにわからないらしい。

 神様の遊戯だとか、魔界からの刺客だとか、色々と説はある。


「どこの階まで行ったのですか?」

「おい、エリュー」


 キラキラと目を輝かせて、私はどの何階まで降りたのかと聞きたかった。

 けれど、そこでヴィクトが現れる。


「授業始まるぞ」

「えっ、ああっ! 失礼しますっ、コール様」


 ヴィクトに頭を鷲掴みにされながら、連行された。

 聞きたかったのにぃ……。

 コール様は手を振って見送ってくれた。


「ダンジョン、楽しみだねー」

「だな。早く行きてぇー……」


 言ってみれば、横を歩くヴィクトはぎらついた目をして、にやりと口元をつり上げる。

 好戦的な性格。裏切らないなぁ。




 そして、三年生になった。

 私達は雇われた冒険者の引率で、ついにダンジョンへ行くこととなる。

 パーティーメンバーは、私、ヴィクト、スト、ミミカ、ディヴェの五人だ。


「おい、魔物と戦うのは初めてだろう? ……吐くなよ、貴族令嬢サマ」


 ヴィクトが、意地悪を言う。ハン、と鼻で笑われる。

 むっとしてしまうけれど、確かに魔物と戦うのは初めてだ。

 動物ですら狩ったことがないので、吐く気がして、否定は出来ない。

 私以外は、ダンジョンではなく、森に住む動物や魔物を狩った経験があるそうだ。庶民には、珍しくないことらしい。


「無理するなよ。気分が悪くなったら、後退しろ」


 私達を引率する冒険者の男性は、気だるげだ。

 学生の引率が嫌なのだろうか。それとも、元々そう言う人なのかも。

 黒茶の髪と黒い瞳。顎には、無精髭。やる気のない垂れた目。

 名前は、ダン・クレオナ。


「これから、1階層に行く。そこでどれほど魔物と戦えるか、見極めてやる。それから下の階に行くかどうかを決めるからな」


 気だるげな態度が、気に入らなそうに睨みつけるヴィクトは、今のところ噛み付かない。

 授業態度も悪くはなくて、真面目に受けていた。ただし、敬う言葉遣いはしない。

 ヴィクトは、紛れもなくツンギレ属性。


「……見たところ、ポジションは決まっているみたいだな」


 近距離攻撃は、剣を使う接近戦を行うヴィクト。そして守りを固めるのは、大盾使いのスト。

 中距離攻撃に徹する私とミミカ。そし補助役て回復役に徹するディヴェを挟んでいる。

 得意分野を生かすために、自然とそうなるフォーメーション。

 何度かパーティーでの対人戦をして、これが定着したのだ。

 ダンさんは、少し感心した様子だった。

 ダンジョンの1階層は、弱い魔物がいる。

 初実戦デビューには、おあつらえ向きってことだ。

 一番近くの迷宮ことダンジョンは、【深淵の巨大ダンジョン】という名だ。

 巨大な大穴が入り口だけれど、立派な壁と門を建ててある。厳重な警備がついたその門をくぐり、人工的に作られた階段を下りた。

 広々とした空間に出る。ごつごつした岩が多いから、ダンさんに岩陰から飛び出る魔物に注意しろと助言を受けた。

 早速、魔物が出没。狼型の魔物が三匹。

 飛びかかった一匹の魔物を、ストが大盾で防いでは押し退けた。

 ヴィクトはそれを叩き切り、もう一匹も切りつける。

 最後に一匹が飛びかかろうとしたが、ストが大盾を叩きつけて完全防御した。

 後ろの岩陰から、狼の魔物が飛び出す。

 私はディヴェを庇うように背にして、陣の魔法で火炎を放った。

 そうすれば、消し炭になって消えてしまう。

 え。弱い。

 耐久性がなさすぎるのか。

 はたまた、私の魔法が強力すぎる? もっと弱いのにしようか……。

 私の反対側でも狼の魔物が飛び出してきたので、ミミカが弓矢で射貫く。

 前方を確認すれば、三匹目も倒し終えていた。

 魔物の心臓でもある魔石が、落ちている。いわゆる、換金アイテムとなる戦利品だ。魔法石という普段の生活に浸かっている、必要な原動力。その原料になるもの。


「ちっ! 歯応えがねぇな」


 舌打ちしつつ、周囲の警戒を怠らないヴィクト。


「いやいや、1階層で苦戦したくねーよ」


 笑い退けつつも、目は周囲に向けるスト。


「防壁の補助魔法かけてたけれど、あんまり意味ないかもねー」


 ディヴェは、のほほんと笑う。

 私もミミカも苦笑を漏らしながら、後ろに気を配る。


「いや、お前ら……本当に初経験の学生か? 手際よすぎるだろ。それだけじゃねーな……特にお前の火魔法だ。初実戦で消し炭にするかよ、普通」

「え? ええ、ちょっとやりすぎましたね」

「ああ、この子は超天才なので」

「はい、超天才なので、気にしたら負けです」

「文句あんのか!?」

「ないだろう、おいおい」


 ミミカとディヴェが、超天才と褒めた。

 そして、ヴィクトが噛み付くので、ストが宥める。

 そんな会話をしてても、気を緩まないでいた。


「そんで? 初めての魔物討伐。気分は悪くなってないか?」

「あっ、ええ。案外、大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます」

「じゃあ問題ないな。お前らの実力なら、今日中に5階層に行っても大丈夫だ。場数踏むためにも戦闘しながら進むぞ」


 簡単に許可を出してくれたので、どんどん進んでいく。

 大した傷を負うことなく、難なく戦闘をこなして、私達は5階層まで到達した。

 私達の実力を認めたダンさんは、その日のうちに私達のパーティーは初心者向けの上層を攻略をしていいと判断を下してくれて、見事許可をもらえたのだ。そして仮免許証だけれど、ダンジョンに入れる仮冒険者カードを手に入れた。



 

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