第13話 熊野神社の決闘

 甲府の柳町といえばこの当時、甲府一の繫華街である。

 柳町には「三井楼」という大きな遊女屋があり、その隣りの屋敷が三井卯吉一家の拠点となっていた。

 今、その屋敷の一室に親分の三井卯吉と子分数名が集まって会合を開いている。

 上座には卯吉が座り、その周囲に数人の子分が控え、筆頭の席には代貸だいがしの祐天仙之助が着座している。

 卯吉は六十過ぎの老人で、背は中ぐらいだがやや太っている。細い目をしているわりに眼光が鋭く、煙管きせるをくわえた口元に薄く笑みを浮かべているのは親分の貫録を示そうとしているのかもしれないが、そのやにがった表情には、いかにも狡猾こうかつで酷薄そうな性格がにじみ出ている。


 子分の中から代貸の仙之助が進み出て、卯吉に黒駒での探索結果を報告した。

「あっしが黒駒で調べたところ、やはり山藤楼のお花をひいきにしている勝蔵が、竹居安五郎の後釜になる見込みが強いようです」

 卯吉は握っていた煙管を火鉢のところでポンと叩いて灰を落とし、それから答えた。

「俺も何度か店先で奴の姿を見たことがある。なかなか腕っぷしの強そうな男だった」

「へい。実際、腕はなかなか立つようです。もし安五郎が生きて甲州へ戻り、勝蔵と組むようになったら、我々にとって少々面倒なことになるかも知れません。危ない芽は早い内に摘んでおいたほうが良いでしょう」

「単刀直入に言え、祐天。どうすりゃ良い?」

「やはり、こっそりと消してしまうのが上策かと」

「せっかくの店の常連を殺すのは惜しい気もするが、そんなに危ない奴なら消してしまうに越したことはない。だが、どうやって消す?」

「店に来ている時に毒を飲ませるか、毒矢を使えばイチコロでしょう。もしくは数人の刺客でお花の部屋へ斬り込めば、なんなく討ち取れるでしょう」

「何をたわけた事を。そんな事をすれば、店の評判がガタ落ちになっちまうわ。しかも、もし失敗でもしたら竹居や黒駒の連中が本気で仕返しに来るだろう。まったく踏んだり蹴ったりじゃねえか」

「じゃあ、他にどんな方法があると言うんで?親分」

「そうだな……。ここは一つ、お花を使って勝蔵がこちらへ寝返るよう、策を使ってみよう」

「あっしの勘では、あいつはこちらへ寝返るような男じゃねえと見ましたが……」

「その時はその時だ。こちらへ寝返らねえと分かれば、その時は俺が間違いなく奴の命を取ってみせる。ただし、店以外の場所でな」

「……そうですか。親分がそうおっしゃるんなら、あっしも別に異存はございません」

 仙之助はいくぶん心にわだかまりが浮かんだが、すぐにそれを洗い流し、平然とした表情で卯吉の判断を受け入れた。

(店の評判が落ちようが周りから卑怯と言われようが、さっさと店内で毒殺しちまったほうが、俺は安全だと思うけどな。だが、もし万一、卯吉親分が勝蔵を殺すのに失敗して、逆に勝蔵から命を取られることがあれば、俺が次の親分に収まることができるかもしれねえ。ここはまあ、ひとまず賛成しておこう……)




 それからしばらく経った。

 すでに桜も散り、木々の緑が色づきはじめ、安政三年(1856年)もそろそろ初夏を迎えようとしている。

 風薫る、甲州晴れとでも言うべき好天のある日、勝蔵は久しぶりに甲府へ向かった。行く先はもちろん柳町の山藤楼である。


 お花との愛欲の交歓が終わったあと、いつものように勝蔵が横になって煙管をすっていると、お花が文箱ふばこの中から書状を取り出して勝蔵のところへ持って来た。

「何だ、それは。お前が書いた恋文でも俺に見せようってえのかい?」

「まあ。意地悪なことをお言いだねえ。あたしが字を書けないのを知っているくせに。この店の主様ぬしさまから、これを勝蔵さんへ渡すように言われたのよ」

「店の主というと、三井卯吉からか?」

「ええ、そうよ」

 それで勝蔵は行灯あんどんを手元に引き寄せ、書状を読んでみた。


 読み終わるころには勝蔵の表情が険しくなり、お花は、行灯に照らし出された勝蔵の表情を見て怖くなった。

「ねえ、どうしたの?何が書いてあるの?」

「お花。お前は卯吉から何も聞かされていないのか?」

「何のことだかさっぱり分からないわ。だから、何が書いてあるのよ?」

「……お前の借金五十両をチャラにしてやる。そしてお前を俺にくれてやる、と書いてある」

「ええっ、ウソでしょう?!」

 と、お花は大声をあげ、一瞬表情がゆるみそうになった。が、どう見ても勝蔵の話しぶりが良い話をしているようには見えず、さらに勝蔵へ問いかけた。

「本当に、そう書いてあるの?」

「ああ、本当だ」

「じゃあ、どうしてそんな怖い顔をするの?」

「そんなうまい話がタダで転がり込んで来るわけがないだろう?代わりに厳しい条件が書いてある」

「どんな条件なの?」

「……今は詳しく言えないが、簡単に言えば『俺に死ね』と言ってるようなものだな」

「ええっ?!」

「返事をするまで、まだしばらく時間がある。悪いが、うちに帰ってちょっとだけ考えさせてくれ」

「考えるも何も、あんたが死んじまうなんて、いくらあたしのためだからってそんな話、受けられるわけがないじゃないの。やめてちょうだい」

「まあ、心配するな。悪いようにはしないつもりだ。朗報を待っていろ」




 勝蔵は黒駒へ戻ったあと、自分の家の離れに玉五郎と猪之吉を呼び出し、卯吉からの提案について相談することにした。

「二人を呼んだのは他でもない。もし俺が死んだら黒駒のことは二人に任せたいと思う。そのことを話しておきたくて呼んだんだ」

 これに玉五郎が応えた。

「何を藪から棒に物騒な事を。あんたは命を狙われたって、そう簡単には死なねえお人だ。そのあんたが自分から死ぬなんて言うんじゃ、よほどの事があったんでしょう。一体何があったんです?」

 それで勝蔵は、卯吉から受け取った書状の内容を二人に説明した。


 卯吉は勝蔵に「三井一家の一員になれ」と言ってきた。

 その証として“熊野誓紙せいし”を差し出して天地神明に誓え。後日、それを朝気あさけの熊野神社で受け取る。その際に、お花と借金五十両の証文は勝蔵に渡す。

 ただし熊野神社に来る時は勝蔵一人で、しかも丸腰で来い、という話だった。


「それで、まさかあんた、卯吉一家に下るつもりなのかい?」

 と玉五郎が問いただした。

「いや。いくらなんでも、さすがにそれは出来ねえ」

「ふう、良かった……。じゃあ、この話はこれでお流れだ。別にあんたが死ぬような話じゃない」

「だが、俺はこの話をひとまず受けようと思っている」

「はあ?何を言ってるんだか、さっぱり分からねえ。いったい何をどうしようって言うんです?」

「熊野誓紙を持って、単身丸腰で、卯吉のところへ乗り込むつもりだ。お花と借金の証文さえ受け取ってしまえば、あとはどうにかなろう」

「どうにかなろう、って……。熊野誓紙を差し出しておきながら約束を破るつもりですか?!って話はともかく、卯吉は必ず大勢であんたを待ち構えているはずだ。飛び道具だっておそらく用意してるでしょう。殺されに行くようなもんじゃないですか!」

「だから最初に言ったろう?俺が殺されたあとは、二人に黒駒のことは任せる、と」

「なんでそこまで無茶なことをやるんですか?まさかその女郎に、あんたが惚れているってわけでもないでしょう?」

「いや。俺はお花に惚れている」

「……」

 玉五郎は絶句した。

 心の中では「相手はただの女郎じゃないか。女郎なんて他にいくらでもいるだろう?」と言いたい気持ちもあるのだが、そんなことはとても勝蔵に言えない。なぜなら自分は、自分の惚れた女房が死んだ時に、散々勝蔵の世話になっている。その勝蔵の惚れた相手がどんな女であろうと、自分が口を出せるわけがないではないか、と。


 このとき脇で二人のやり取りを見ていた猪之吉は、勝蔵のことが心配であるのは当然のこととして、それとは別に、まさか勝蔵の惚れた女が甲府にいるなどとは思ってもいなかった。ゆえに、それを知って少なからず動揺していた。

(勝の兄貴はいずれ武藤家のお八重ちゃんと結婚するものとばかり思っていたのに、まさかそんな女がいるとは思ってもいなかった……)

 まだ十八歳の猪之吉としては、大人の世界を少しだけ垣間見たような気がした。


 玉五郎は、胸の内から絞り出すようにして訴えた。

「……とにかく、あんたが死んじまったらこの黒駒はおしまいだ。俺や猪之吉がどうにかできる訳がないでしょう?それにあんたが死んだら、この小池家はもちろん、武藤家や堀内家の人々も悲しむ。安五郎さんもいずれ戻ってくるって話だ。皆、あんたに期待しているんですよ。もちろん、俺だってそうだ」

「ふふふ。他はともかく、ウチの親父は別に何も期待していないだろうよ。どうせ俺は世間のはみ出し者だからな……。まあ、それはそれとして、玉五郎。それに猪之吉もよく聞け。これでドジを踏んで殺されるようなら所詮、俺はその程度の男だったってことだ。それに、もし惚れた女のために死ぬんなら、それこそ男冥利に尽きるってもんじゃねえか」

 そう、勝蔵はニッコリと微笑みながら言った。

 それで、二人も涙をのんで勝蔵の言うことを受け入れた。

 ただし二人は陰ながら勝蔵の身辺を注意して見守ることにした。


 このあと勝蔵は卯吉へ「申し出を受け入れる」と書状に書いて送り、それを受け取った卯吉は、取り引きの日時を指定して勝蔵へ返事を送ってよこした。



 数日後、取り引きの日時にあわせて勝蔵が単身、朝気あさけの熊野神社へやって来た。むろん、太刀も脇差も帯びず、熊野誓紙だけ懐へ入れている状態だ。


 一方、熊野神社の境内では卯吉と子分たちが勝蔵を待ち受けていた。

 子分の数は総勢二十人。拝殿の前に卯吉と十人の子分がおり、その卯吉の隣りに、不安げな表情をしたお花が一緒に立っている。

 残りの子分は参道脇の樹木の陰に伏せてあり、さらに拝殿の屋根の裏側に火縄銃を持った二人を隠してある。

 ただし祐天仙之助は「地元の石和代官所の仕事があるため来られない」と言って、この日の動員には加わらなかった。


 勝蔵は鳥居をくぐって境内へ入ってきた。

 参道は四、五十間ほど(約80メートル)あり、勝蔵はゆっくりと拝殿の卯吉たちへ向かって歩いていった。

 そこで卯吉が大声で勝蔵に問いかけた。

「おい、勝蔵!熊野誓紙は持ってきたろうな!」

 すると勝蔵は懐から熊野誓紙を取り出し、それをかざして見せて、叫んだ。

「ああ、約束通り持ってきたぞ!ところで、そっちこそ五十両の証文を持ってきてるんだろうな!」

「心配するな!そら、この通りだ!」

 といって卯吉も証文をかざして見せた。そして、つづけて言った。

「勝蔵!こちらへやって来る前に、そこで一度、土下座しろ!俺の一家へ加わることになったんだ。それぐらい当然だろう!」

 しかし勝蔵は卯吉の言葉など意に介さず、ずんずん歩いていった。

「てめえ!俺の言うことが聞こえねえのか!そこで土下座をしろい!」

「バカを言うな。いくらそっちの仲間になるからと言って、土下座なんかできるかい」

 そう言って勝蔵は歩きつづけ、参道の半分ぐらいまで来た。


 それで卯吉は勝蔵の腹が読めた。

(こいつは、やはり俺の配下に加わる気はねえんだな。こうなったら、ぶっ殺すしかねえ)

 そして右手をあげて合図をし、あらかじめ命じてあった通り、参道の脇に隠していた子分に勝蔵を襲わせた。

 参道の幅は五間ほど(約10メートル)あり、その左右から長脇差を握った男が二人ずつ、勝蔵へ襲いかかった。

 が、そのとたん勝蔵は、俊敏な獣のように右手の二人へ飛びかかった。

 飛びかかられた二人は、巨体の勝蔵がこれほど俊敏に向かって来るとは予測できず、息をのんでいる内に一人はあごに頭突きをぶちかまされ、もう一人は鼻に張り手をくらって叩きのめされた。二人とも鼻と口から血を吐いて気絶した。

 勝蔵は二人を倒すとすぐに後ろを振り返り、参道の左手から斬りかかってきた二人へ向かっていった。

 相手の二人と直線にならぶような角度を取り、前の男が斬りかかって来るよりも一歩早く相手の懐へ飛び込み、そのままぶちかましをくらわせた。

 相手は後ろへふっ飛び、後ろの男とぶつかって二人とも地面に倒れた。

 勝蔵はすかさず二人へ詰め寄り、二人の右手拳を踏みつけて砕いた。

 これでもう、この二人は剣を握れない。二人は砕かれた右手拳を押さえて「ぐああ!」と絶叫している。


 勝蔵は卯吉のほうを振り向き、呼びかけた。

「おい。仲間になろうっていう相手に、こりゃあ何の冗談だ?」

 卯吉が応えた。

「て、てめえこそ、身内になる相手にむかって何てえ真似まねしやがる!」

 そしてさらに命令して、参道の脇に隠していた残りの四人に勝蔵へ斬りかからせた。

 今度はやや拝殿寄りの木陰から、またしても二人ずつ左右から勝蔵へ向かってきた。


「どうやら本気で俺を殺す気らしいな。面白え。だったらこっちも本気を出してやる」

 そう言うと勝蔵は、先ほどの戦いで敵が落とした長脇差を地面から拾い上げた。

 襲いかかった四人は勝蔵の剣の腕前を知らないらしく、取り囲むこともせず、先に近づいた者から各自ばらばらで勝蔵に斬りかかった。

 勝蔵が剣を握れば、まさに文字通り「鬼に金棒」である。なにしろ北辰一刀流・千葉道場で高弟をつとめるぐらいの腕前だ。

 かわしては斬り、かわしてはぶちかまし、あっという間に四人を倒した。

 さすがに殺すと後が面倒なので、手首や腕の部分を狙って斬った。出血多量で死ぬか、一生不具になるか、そんなことは知ったことではない。

 ただし勝蔵も無傷では済まず、こめかみや腕に二、三のかすり傷を負った。自分の血と相手の返り血で顔は血だらけになっている。

「お花、今そっちへ行くからな」

 そう言って勝蔵は、血で染まった長脇差を握りしめて卯吉のほうへ向かった。

「おい、卯吉。お花と証文を置いて、さっさとこの場から去れ。そうすれば、命だけは助けてやる」


 卯吉は後悔した。

 勝蔵の強さがこれほどとは思っていなかった。この分では下手すると残りの十人もやられ、自分も殺されるかも知れない。こんな奴だと知っていたら、最初から鉄砲を使って殺しておけば良かった、と。

 それで慌てふためいて、脇にいる子分に命令した。

「お、おい、早く屋根の上にいる連中に命じて、鉄砲を撃たせろ!」


 卯吉の横にいたお花がこれを聞き、体に電流が走った。

(勝蔵さんが銃殺されてしまう!)

 そう思った瞬間、何も考えず、反射的に卯吉の腰の脇差を抜き取り、それをそのまま卯吉の腹へ突き刺した。それからすかさず勝蔵へ向かって走り出した。


 このお花の行動には、卯吉も子分たちもまったく虚を突かれ、お花をそのまま取り逃がしてしまった。

「ぐあああ!痛ええー!」

「親分!大丈夫ですか、親分!」

 と後ろで卯吉や子分たちが叫んでいるのを尻目に、お花は懸命に勝蔵へ向かって走った。


 それを見て勝蔵も、お花のところへ向かおうとした。

 そのときお花が、

「勝蔵さーん!来ちゃダメー!」

 と走りながら叫んだ。

 それと同時に、ズキューン、ズキューンと二発の銃声が鳴り響いた。


 一発は勝蔵の肩を貫通した。

 もう一発は、勝蔵のところまであと数歩と近づいていたお花を、背中から胸へと貫き、勝蔵の体をかすめた。


 お花はふらふらとよろけながら二、三歩進み、それから倒れた。

 が、地面に倒れ落ちる前に勝蔵がしっかりと抱きとめた。

「おい、お花!しっかりしろ!大丈夫か?」

「勝蔵さん……、無事だったのね。良かった……」

「ああ、俺は無事だ。お前のおかげだ」

「でもあたし……、どうやら死ぬみたいよ……」

「バカなことを言うな!」

「お願い、勝蔵さん……。私のこと、強く抱いて……」

「おい、お花、死ぬな!お前は俺の女房なんだぞ!」

「ありがとう……。勝蔵さん。あたし、幸せよ……」

 お花は勝蔵の腕の中で息を引き取った。

 勝蔵の涙が、お花の頬にボロボロと流れ落ちた。


 拝殿の屋根に隠れていた二人の鉄砲隊は、二発目の弾を撃つことはできなかった。

 二人とも弓矢によって射られ、そのまま屋根から転がり落ちてしまったのだ。

 弓矢で射たのは猪之吉である。

 玉五郎と一緒に陰ながら勝蔵の様子を見守りつづけ、敵が鉄砲を撃ったところで猪之吉が境内へ駆け入り、屋根の二人を弓矢で射たのだ。


 鉄砲隊を失い、親分の卯吉も傷を負わされた卯吉一家は、卯吉を背負ってそのまま全員、神社から逃げてしまった。




 後日、勝蔵はお花を手厚く葬った。墓は玉五郎が女房を葬った墓の隣りに建てた。

 むろん、このあと勝蔵たちはお花のかたきを取るために卯吉の命を狙った。

 しかし、そのころ勝蔵自身が新たな人生の選択を迫られることになり、そうこうしているうちに敵討ちは成されないまま、他人に先を越されてしまった。


 少し先の話になるが、安政四年(1857年)の一月四日、勝蔵がむかし鰍沢で知り合った松坂屋喜之助(別名、鬼神おにがみ喜之助)と、その弟の亀吉が、勝蔵の代わりに卯吉を殺すのである。


 喜之助が三井卯吉や祐天仙之助と不仲だったことは以前書いた。

 その不仲な関係はその後もつづき、喜之助の知友だった竹居安五郎が島送りになった後はいよいよ両者の関係は険悪となった。それで、安五郎がいなくなって卯吉や仙之助から圧迫されつつあった喜之助は、二人を殺す決意をかためた。

 安五郎の子分たちと協力して調べた結果、一月四日の夜、甲府山田町の卯吉の家で卯吉と仙之助が密会する予定であることが分かった。そしてその日、喜之助と亀吉、さらに安五郎の子分数名が卯吉の家へ斬り込んだ。

 あいにく仙之助は不在で、在宅していたのは卯吉だけだった。二人まとめて殺せなかったのは残念だったが、とにかく卯吉だけでも仕留めなければならない。ということで討手は卯吉に襲いかかり、その首級を挙げたのだった。


 幕府の目明しである卯吉を殺した喜之助兄弟はそれ以降、実家の松坂屋から離れて無宿人となり、喜之助は武州から上州へと逃れ、数年後、宇都宮で病死したという。弟の亀吉も、東海道へ逃れたあと伊勢の丹波屋伝兵衛などを頼って食客になっていたというが、やはり数年後、病死、あるいは仙之助が放った刺客によって殺されたともいう。


 ともかくも、お花のかたきは喜之助兄弟が勝蔵の代わりに討つことになるのである。

 のちにその知らせを聞いた勝蔵は、お花の墓前でそのことを報告した。

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