第11話 

 電車を乗り継ぐこと僅か十分。

 俺たちは今日の目的地であるショッピングモールに一番近い駅に着く。

 まあそのショッピングモールは駅に隣接しているので、今の状態は実質ショッピングモールに到着したようなものだが。


「わぁ、大きいですね」


 改札を出てすぐに見えたきたショッピングモールの建物を見て彼女がそう感想を溢す。


「そうだな。けどここから見えるのはまだ一部の外観だけだぞ」

「え、ほんとですか?」

「うん。もちろん外だけじゃなく中の施設も充実してるけどな」


 親切にそう教えてあげると、彼女はさらに圧倒されたように目を見開いた。

 今までショッピングモールをどう過ごすのかについて悩んでいたのだが、この分だとショッピングモールでの過ごし方は彼女に委ねてみてもいいかもしれない。


「ショッピングモールの中で行ってみたい場所とかあるか?」

「行ってみたい場所、ですか?」

「うん。行く場所の選択肢が多くて困ってるんだ。何か買いたいものとか気になる店があるなら遠慮せず言ってほしい」


 その問いかけに彼女は「私の行ってみたい場所かぁ」と困ったような態度を取る。


「やっぱ急に言われたら難しいか?」

「そういうわけじゃないんです。ただどうしても私が行きたい場所ではダメな気がして」

「え、なんで?」

「なんていうか、記憶を取り戻すなら二人が行ったことのある場所じゃないとだめだから、私が決めたらまずいかなって思って……」


 俺はそこで一瞬、言葉に詰まる。

 確かに彼女が言った通り彼女の行きたいところが思い出の場所であるとは限らない。


「もしかして私、また何か変なこと言ってました?」

「……いやそんなことないよ。そうだよな、思い出の場所じゃないと意味がないよな。うん、今のは忘れてくれ。じゃあ今日のルートも俺が決めるってことでいいんだよな?」

「はい! お願いします!」


 恐らく彼女を知ろうとすることに思考がいきすぎて、記憶を取り戻すという一番重大な目的が頭から抜けていたのだろう。

 とにかく俺は気を取り直してショッピングモールでの過ごし方を一から考え直す。


 ショッピングモール内の二人で行ったことのある場所で1番記憶に残っているのはやはり最後にここを訪れた時のこと。

 他にも案はあったが、俺は悩んだ末にその時のことを参考にすることにした。

 あの日は夏に別れを告げた日の二週間くらい前で、最初は確か俺のお気に入りだったアイスクリームの店に立ち寄ったはず。

 そこはチョコ味が人気の店で、二人揃って同じチョコ味のアイスを注文したことをよく覚えている。


 現在の時刻は4時。

 あまり遅い時間に行っても夜ご飯の時にお腹がしんどくなるので、今から行くならちょうどいい時間だろう。


「どこに行くか決まりましたか?」

「うん。まずは俺が好きだったアイスクリームの店に行こうと思う」


 俺の言葉に彼女は「アイスクリームですか……!」とわかりやすく声を弾ませる。


「二人でよく行ってた店だし夏も美味しいって言って食べてたから君も絶対気に入ると思う」

「そうだったんですね! しかも2人でよく行ってたってことは思い出の味ってやつですよね? それなら期待が高まりますね!」

「お、おう……。その期待が味のことなのか記憶のことなのかどっちかはわからないけど、それならアイスクリームの店で決まりだな」


 アイスクリームの店の他にも何個か案を出すつもりでいたが、思ったよりも早くお互いに納得のいく行き先を見つけることができた。

 もちろん食べ物が記憶に影響を及ぼすかどうかはまだ未知数だが、試してみて損はないだろう。


 ということで俺たちはさっそくエスカレーターを使って飲食店が並ぶフロアまで移動した。


「一応このフロアにあるんだけど、この方向であってたっけ。人が多いせいで分かりずらいな」


 平日にも関わらず人がごった返している。

 そのせいで周りの景色が見づらく、また身動きも取りづらい。

 それだけなら時間の経過でどうにでもなるが、この状況で一番心配なのは彼女とはぐれてしまうことだ。


「すごく賑わってますね」

「外も馬鹿みたいに人がいたからな。それより俺からあんまり離れるなよ。はぐれたら大変だから」

「わかりました。あ、それなら手を繋ぎませんか?」

「手?」

「そっちの方が安心できるかなって……」


 彼女からの思いがけない提案に最初は警戒していた。

 だが普通の恋人ならその提案を断る理由はどこにもないし、意図も多少は理解できるので俺はその場では素直に彼女の手を取ることにした。


「……わかった」

「あ、ありがとうございます……!」


 そんなイレギュラーなことが起こりながらも、俺たちは着実に目的地へと近づいていた。


「確かこの方向で合ってたと思うんだよな。間違ってたら悪い」

「大丈夫ですよ。私なんて前も横も見えないですから。祐樹くんが隣にいなかったら押し潰されてたかもしれないですね」

「それはそうだな。こうやって手を繋いでなかったら最悪迷子になってたかも」

「いや、迷子は言い過ぎですよ。でも今日は休日でもないのにどうしてこんなにお客さんが多いんでしょうね」

「あー、それは多分クリスマスが近づいてるからだと思う」

「クリスマス……?」


 たわいもない話をしながら進んでいたその時。


「待てよ、確かこの辺だった気が……。あ、あの店は……」


 そこで俺が見つけたのは目的のアイスクリームの店の1つ隣にあるクレープ屋だった。


「よし、あの店があるってことはやっぱりこの方向であってたみたいだ。もうちょっとでアイスクリームの店に着くぞ」

「ほんとですか! うんうん、確かに甘い匂いがしてきましたね!」

「だろ? このもう一つ奥にあるんだ。すっごく美味しいから君もびっくりすると思う。ほら、あそこにある店……」


 俺の記憶が正しければこのクレープ屋の一つ隣に目的のアイスクリームの店があるはずだった。


「確かここにあったはず……って、あれ?」


 目の前に飛び込んできた光景を見た瞬間、俺は頭が真っ白になった。

 そこにあったのは俺のよく知るアイスクリームの店ではなく、見たことも聞いたこともない全く別の店だった。

 最初は道を間違えたのかと思ったが、それはクレープの店があることによってすぐに否定された。


「早く食べたいですねー。って祐樹くんどうかしましたか。浮かない顔して」

「え、あ、行こうとしてた店がさ……」

「お店がどうかしたんですか?」


 呆然と立ち尽くしていると、夏が心配そうに声をかけてくる。

 そこで俺は今の状況をそのまま説明しようとしたが、彼女の表情を見て途中で止めた。


「……いや、なんでもない。うん、全然大丈夫」

「祐樹くん?」

「目的の場所に着いたから伝えようと思って。ほら、ここがさっき言ってた店だよ」


 俺がそう言って指差したのはアイスクリームの店があった場所ではなくクレープの店だ。

 これはこの場を切り抜けるために目的のアイスクリームの店の一つ隣にあるクレープの店を目的地と偽った咄嗟の判断だった。


「あ、アイスクリームのお店ってクレープ屋さんのことだったんですね。私ちょっと勘違いしてました」

「もしかしてクレープは嫌だったか?」

「そんなことないですよ。クレープも大好きです!」


 騙されていることも知らずに笑顔を浮かべる。

 もちろん俺の中には多少の心苦しさはあっても罪悪感はない。

 彼女をがっかりさせずに済んだのは事実だし、彼女に対しての嘘や隠し事は今に始まった事ではないから。

 それにこのクレープの店には付き合っていた頃に一度か二度は来たことがあるので、思い出の味と言うのもあながち間違いではないはず。


 まあ突然の事態に動揺してしまったのか、肝心のクレープの味は殆どしなかったが。

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