2度目の告白

第9話 

 水族館を訪れた次の日。


 俺は壁にもたれかかりながら目の前を和気藹々と横切る人混みをなんとなく見つめる。

 ここは俺が通っている大学。

 当然だが思い出の場所に出かけない日は通常通りの一日を過ごす。


「よお、池野」


 そうやって馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶのは大学の友達の遠藤という男。

 たまたま自販機の前で鉢合わせたので、次の授業までの時間を潰すために立ち話をすることになった。


「あんなに惚気てた彼女と別れたってまじ? しかもお前から振ったって」

「まじだよ。けど惚気てはない」

「いやめっちゃ惚気てたじゃん。別れたからって無かったことにはできないからな?」

「覚えてないな」


 確かに過去にはそんなこともあったかもしれないが、別れた今では忘れたい思い出の一つだ。


「ってかそんなことよりも遠藤に聞いてほしいことがあるんだよ」


 俺が話題を変えると遠藤は「そんなことじゃないだろ」と不満を口にしつつも、俺が言った聞いてほしいことの方が気になったのか最後は黙って耳を傾けてくれた。


「実は昨日そのっていうか別のっていうか、とにかく女の子と遊びに行ったんだけどさ」

「一週間前に別れたくせにもう新しい女かよ」

「これには深い事情があるから見逃してくれ。んでその子は友達っていうかそれ以下っていうか……。それがまあなんだかんだ楽しくてさ」

「なんだよ友達以下って。何やらかしたんだよそいつ。まあでも楽しかったんだったら良かったじゃん」

「それが良くないんだって」


 期待の目を向けてくる遠藤に対して、俺ははっきりとそう伝えた。


「……良くないのか。なんだ、俺はてっきりその子のこと好きになったのかと思ったよ」

「違う。なんとなくモヤモヤするってだけ。問題なのはそのせいでその子とどう接していけばいいか分からないことだ」

「なるほどな。でもそれなら断っちまえば済む話じゃねーか?」

「それがそう簡単な話でもないんだよ」

「というと?」

「家族の付き合いであと数回は絶対に二人で出かけないといけないんだ」


 実際はもっと複雑な話なのだが、ここで夏のことを言っても信じてもらえるとは思えないので、所々脚色して話した。


「ふーん。それならもう次に会う時に自分の目で見極めるしかないな。そこで好きになる可能性もあるわけだし」

「いや、それは絶対ない」

「まだ言い切るには早いだろ。俺は絶対に好きにならないって言ってたくせに、結局好きになったやつを見たことあるぞ」

「俺はそれに当てはまらないんだよ。だから仲良くなりすぎるのはよくないけど、傷つけたいわけでもないってことで困ってんの」


 贅沢な悩みだと呆れる遠藤。

 もちろんこの話だけを聞いたらそうなる気持ちはわかるが、俺は俺で伝えたいことが伝えきれないもどかしさを感じる。


「とりあえずその子がどんな子なのか教えろよ。そこが一番重要だろ」

「どんな子、か。うーん、何て言えばいいのかわからないけど、ちょっと変わってるかな。忘れっぽいっていうか抜けてるっていうか」

「へぇ、池野ってそういうタイプの子が好きだったんだな。同級生? それとも年下?」

「だから好きじゃないって。その子は同級生だよ」

「同級生か。ってことはこの大学の子か? 今日来てるならどんな子か見てみたいんだけど」


 俺と夏は高校は同じだが、大学は別々のところに進学している。

 まあ同じ大学だったとしても紹介するつもはなかったが。


「残念だけど違う大学の子だよ。しかも今は事故の影響で学校には行けてないらしいからどっちにしろ会えなかったぞ」

「事故? めちゃくちゃ大変じゃねーか。なんだよ事故って。交通事故か何かか?」

「なんだっけ。あ、そう言えば俺も詳しくは聞いてなかったな……」

「おいおい、もっと興味持てよ」


 その話を聞けば誰もが当然のように疑問を持つ事故の理由。

 だが俺は夏の母親と会った時も、夏と思い出の場所に出かけた時も、それに関する何かを聞こうとした覚えはない。

 むしろ遠藤に聞かれるまでは興味すら抱かなかった。


「大事なことなのになんで会ってる時に聞かなかったんだろ……」

「大事なことか。ふーん……」

「なんだよ」

「なーんかまた惚気られた気分」

「あ、おい、遠藤」


 何か気に障ることがあったのか、遠藤持っていた空の缶をゴミ箱に捨てると、俺の制止も聞かずあっさりとその場を去っていった。


「何だよ……」


 取り残された俺は遠藤の遠ざかっていく背中を見送りながら小さくため息をつく。


 記憶を無くした元恋人との距離感に困惑しているという複雑な悩みが他人に理解してもらえるわけがないし、話したところで解決できるわけもない。

 遠藤と話してわかったのはそんな当たり前のことだけ。

 それは遠藤が役に立たないというわけではなく、それだけ俺たちの関係が奇怪であるという表れだ。


「やっぱり自分で確かめるしかないのか……」


 結局は遠藤が言っていたように次に二人で出かける時に自分の目で見極めるしかないのかもしれない。

 別人のようになった彼女がどういう人間なのか。

 そしてそんな彼女とどういう距離感で接していくのが正解なのか。


 そこで俺はポケットの中から携帯を取り出す。

 もちろん不安はまだ残っているし悩みが消えたわけでもないが、これで俺が次に取るべき行動は大体定まった。


「もしもし……夏か?」


 俺は迷わず彼女に電話をかけた。

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