異世界人の異世界旅行~ようこそ人間界へ~

@TABASCO3RD

序章:来訪者

第1話「ようこそ人間界へ」

                 ー人間界ー


 それは光と闇、善と悪が入り交じる世界。五つの大陸と七つの海有り、光と暖かさに満ちた緑溢れる地、見渡す限り広がる海の真ん中にある島々、命の育たぬ砂漠、果ては一面が白銀に覆われた地まで…その多様なることは同様に人々をも多様たらしめた。

「人間界」…またの名を「混沌の大世界」、人々はそう呼ぶのだった。


「じゃ、行ってきます」


…これは人間界に辿り着いた者の物語。



……………

…………………………


「…おおむねよしだ、じゃあ次は…『あ〜…』ほれ、真似してみ」

「『ア〜…』」

「うーん、かなり近いが…強いて言うならもう少し…口の手前で音を出す感じだ」


 柔らかな陽光が差す森の中の一本道を、その二人は歩いていた。少年は相方の少女に言葉の発音を教え込んでいるが、なかなかうまくいかない様子である。


「『あ〜…』」

「よし、まぁいいだろ…」

「へへっ!当たり前だロ!! …んん?」


 少女は誇らしげに少年に笑いかけると、木の根本に潜んでいる生き物を見つけるやいなや走り寄って行った。少女の小さな掌に収まってしまいそうなほどのその生き物は、駆け寄ってくる少女など見向きもせず、両手に抱えた木の実か何かを口の中に次々と放り込んでいる。


「なんダ?こいつ…」

「そいつは…確かリスって生き物だな。・・・ジーナ、そっとしといてやれ」


少年は足を一瞬だけ止め、そのリスを捉えようと手を伸ばす少女を諌めると、すぐにまた歩き始めた。


「なぁウィレム、この森、いつ抜けるんダ?」


 追いついた少女はウィレムが両手に携えた地図をぐいっと後ろから覗き込む。


「あともう少しだ。この森を抜けた先が最初の目的地、イスパニア王国の都、トーレだ」

「着いたら…何するんダ?」

「そうだなァ…今はまだ昼間。とりあえず宿の手配だけしてうまい飯屋でも探しに行こうぜっ」


 ウィレムはその足を止めぬまま、ジーナの問いに淡々と答える。だがその声音からは、確かにまだ見ぬ世界への期待が少年の内で膨らんでいるという事を、簡単に察することができた。


 長い長い森の道…この地図に示された天然の通路、その果てに二人の目指す街がある。ウィレムもジーナも、口に出さずともその期待が歩を進めるごとに大きくなっているのを感じた。


「…おいっ!出口が見えたぞ!」


 その言葉を聞くやいなや、ジーナはウィレムを差し置いて急に走り始めた。


「馬鹿待てって…!」


               ガサガサガサッ!!


 ジーナは目の前を塞いでくる木の枝や木の葉、時折木から落ちてくる蜘蛛や野ネズミを振り払いながら、光が強く指す方向へと一心不乱に走る。後ろからの声など入ってきやしない。


                ガサッ…!


「うおおおおぉ!!………ぉお……お?」


 森を抜けた先は、ただただ広い金色の草が余すところなく埋め尽くされた地だった。風に揺られ、金色の植物がさわさわと擦れながら前後左右へ揺れる音がするばかりで、周囲に人の気配は感じられない。


「…待てって!一人で見知らぬ地を走るんじゃねェよ!迷ったらどうす…」


ジーナを追って森を抜け出たウィレムは、ジーナが呆然とその場に立ち尽くしていた理由をすぐに察し、くしゃくしゃになった地図をもう一度開いた。


「…長い森の道…!広大な金色の草原…!まじかよ!トーレとは反対方向だ!」

「あ〜…」

「畜生!時間を無駄にしちまった!」

「ちくしょ…

             ビュウウウウウウウウウ!!


 道を間違えたのがよほど悔しいのか、ウィレムは地に伏して地面をガンガンと叩いて叫ぶが、その叫び声は、突然吹いた一陣の風に掃き取られてしまった。


             ぴぃっぴぃっ!!ぴいぃ!!


…風に驚いたのか、遠くの山から小さい生き物が鳴き声を上げながら飛び去っていく。その風に不安を持っていかれたのか、ウィレムは立ち上がって周囲を見渡した。

 上を見上げればまるで瑠璃のように真っ青な空が広がり、少し目線を下ろせば明るい緑色の木々や、天まで届かんばかりの山が視界に飛び込んでくる。


「わぁ…」

「すごいナ…ここが人間界…!」


そして天球の頂点には強く、熱を空から地に降り注がせるまばゆい光の塊が浮かんでいる。

「…で、あれが太陽か。…なんてェ暖かい光だ。よそ者の俺たちにすら、この恵みを与えるというのか…」

「あぁ…!それにものすごく明るイ!これだったら何も食わなくても平気ダ!」


 ジーナはぴょんぴょんと身軽に体を宙に踊らせる。紫色の細い髪が太陽の光でより一層美しい輝きを放ち、ウィレムの視線は一刹那釘付けになった。


「…確かにこれだけ強い光を吸収できりゃ魔力には事欠かねェだろうが…お前すぐに腹減るだろ。こんな暑い気温じゃ喉もすぐ乾いちまう。無駄な動きはあまりしないほうがいいぜ」

「むっ…確かに…」


 ウィレムの指摘は正しかったようで、ジーナは同意を示すと、ウィレムの側に戻ってきた。


「…で、どうするんダ、これから?」

「…どうするか…」


 二人が立っている場所は、やはり畑が広がっているばかりで、集落も村も、目の良いジーナでさえも認識することはできなかった。

 …そうして途方にくれていると、遠くの方から何かが近づいてくるのが見えた。


「ウィレム!あれ!」

「人だな…!行ってみようぜっ!」


 二人はその人影へと走り始めた。


                 続く

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