魔法学院の教師に誘われたけど断りました。だって僕、魔法使えない。

北野すかい

第1話

 明け方まで作業していて、流石に眠い、となった所でベッドにダイブ。そのまま昏々と眠り続け……って思ってたけど、意外と時間通りに起きてしまうものらしい。何時もよりは遅いけれど、朝の範疇だった。カーテンを開けていたのも、目が覚めた理由かもしれない。

 暫くベッドでゴロゴロしつつ、昼過ぎまでそのまま寝ているつもりだったけど、折角目が覚めたので寝るのは用事を済ませてからでも良いか、と予定を繰り上げる事にした。


 先ずは遅い朝食を。

 ご飯にするかパンにするか悩んで、パンケーキに。甘めに作って当然の如くメープルシロップもだばだば、バターもたっぷり。パンケーキにしょっぱいものは許さん派では無いので、付け合わせにベーコン……は無かったので、豚肉っぽい何かヽヽのソーセージをフライパンで軽く炒め、卵もパカッと割って目玉焼きに。塩少々。胡椒はただいま品切れ中。

 サラダも付けてコーヒーはミルクたっぷり。で、いただきます。


 軽く部屋の掃除も済ませてから、いよいよお出掛けする事に。

 ゴソゴソと物入れから目当ての物を発掘し、身形みなり、持ち物と確認してお出掛け。腹ごなしの為にもぶらぶら歩いて冒険者ギルドを目指す。



 こんにちは、とざわめくギルドに入って納品専用カウンターに顔を出す。騒めくと言っても時間が少し外れているので、然程さほど混んではいない。二組ほどやり過ごせば僕の順番が回ってきた。

「あら、ユーリさん。いらっしゃいませ。本日は何を納品に?」

 顔馴染みの受付のお姉さんに先刻さっき発掘した魔石を渡す。色も大きさもなかなかの物。早速鑑定に回される。回されると言っても鑑定自体はすぐ終わるんだけどね。ものの十秒もかからないので、他にも納品出来るものを渡しつつ、そのままカウンターで待つ。


 鑑定された魔石は結構なお値段になったので、大半を僕の口座に入れて手持ちの現金も必要なので、残りは財布に入れる。

 その後は受付から依頼用カウンターへ回って、何時もの護衛の依頼を出す。

 前回は森を廻ったので、今回は違う所。そろそろ素材も足りなくなりそうなので、色々揃う場所を指定。

 もう少し文字の練習をした方が良いかも、と思いつつも読めれば良いかと開き直り、若干たどたどしい文字の依頼票を出す。


「今度は迷宮か。ユーリの実力なら護衛次第で五十層まで行けると思うが、どうする?」

「三十層くらいまで余裕で行ける人でお願いします。別に迷宮踏破したい訳じゃないんで」

「素材探しだっけ、了解、了解」


 やっぱり顔馴染みのお兄さんには迷宮探索を勧められたけど、僕の欲しいものは三十層くらいで間に合うから別に良い。無理はしない意向です。

 日程も準備の事を考えて三日後に設定。三日後くらいなら、何時も付き合ってくれる冒険者が何組か時間の取れる頃合い。丁度良い筈。


 依頼も済まして暇になったので、掲示板に出されている依頼票を眺める。

 読めない文字が多々有るけど、僕の他にも文字の読めない人がいるので、掲示板に出されているのは簡単な内容が書かれているものばかり。具体的な事はカウンターで訊けば教えてくれるし、読める人用に正式な依頼票もちゃんと有る。

 簡単な方の依頼票には、薬草採取なら薬草と籠の絵が描いてあって、魔物とか盗賊の討伐は剣や杖の絵が描いてある先に、魔物とか盗賊が倒されている絵が描いてある。

 絵だけで内容を読み取るのは、謎解きみたいで結構楽しい。


 文字が読めないと言っても、流石に良く見かける文字や数字は読み書き出来るようになった。そうじゃなきゃ依頼なんて出せない。家でも絵本を読んで勉強している。おかげで買い物でぼったくられる事も無くなったし、店頭で何を買おうか迷う事も無くなった。良い事ずくめ?


 絵の方の依頼票と文字ばかりの依頼票を見比べて、暫く答え合わせ。多分コッチは羽兎ハトって魔獣を五匹狩って来て、で、コッチは薬草を五十束採って来い、だと思う。難しい依頼では無いので、報酬もそこそこ。薬草三十束が常駐依頼だった。

 幾つか被っている依頼は、簡単そうなもの、割の良い物からどんどん無くなっていく。僕の出した依頼も早速掲示されたけど、内容の割に報酬が安いので、人気は無さそう。もっとも良く読めば委細面談・待遇要相談とあるので、交渉次第でどうにでもなる事に気付くか気付かないか。そう言う細かい事まで確認する人を求めているので、人気の有る無しは気にならない。

 そんな風に暇そうにしていたからだろうか、何か絡まれた。


「なぁ、あんた魔法使いのユーリ・ユーリだろ?」

「違います」

 間髪入れず否定すると、鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔になった後、僕の肩を掴んで……掴もうとした所で躱して少し離れる。


 条件反射みたいに避けたけど、一応僕に何の用があるのか聞かないと、と思ったから離れるだけにしたんだけど……。


「転移魔法が得意な魔法使いのユーリだろ?」

「俺たちこれから迷宮に行くんだけど、一緒に行こうぜ? 先刻依頼を出していただろ?」


 ちっ、見られていたか。


 僕が迷宮に潜るのが有名になってきたせいか、最近良く絡まれるようになった。冒険者ランクとしては駆け出しに毛が生えたくらいの冒険者から。

 僕が転移を使えるのは有名らしいので、迷宮から離脱する時の便利な離脱符代わりにしようと言うのが見え見えである。(離脱符って言うのは緊急時とか、出入口から遠い所から脱出する時用の転移の魔法が込められている魔道具だ)

 僕も冒険者彼らを利用しているからそれが悪いとは言わないが、少なくとも僕はギブアンドテイクとして報酬を渡している。翻って彼らは僕の意向など無視して、深部を目指すのだろう。他人の階層更新なんて付き合いたくないです。


「僕の出した依頼は三十層辺りをブラブラする事だから。それ以上は行かないよ、他をあたって?」

「三十層? なら俺たちもそこが目標だ。一緒に行こうぜ!」

 あ、この人達思ったよりもランクが低いみたいだ。三十層が目標とは……駆け出しどころか、初心者に毛が生えたランクっぽいぞ?


 迷宮探索に必要なランクは特に無いけど、推奨されるランクと言うものはある。低層の十層くらいまでは一ツ星初心者。十層〜五十層は二ツ星駆け出し。五十層以降は三ツ星中堅以上とされている。パーティーランクにもよるけど、大体そんな感じ。

 階層毎に安全地帯セーフティーエリアが有って、それ以外に十層毎に脱出用の魔法陣が有る。ゲームっぽいシステムだけど、迷宮とはそんなもんだ、と言われたので僕もそんなもんか、と納得した。深い事は気にしない方針です。


 そんな迷宮探索に、三十層をブラブラする目的の僕に対して、目標がその階層だ、と言い切った彼らは僕におんぶにだっこをするつもりなんだろうか。そうなんだろうな。無意識でも。ハッキリ言って迷惑。なのでハッキリ断る。


「お断りします」


 言い捨てて転移、のつもりだったけど、もう一言だけ。


「僕、魔法使いじゃないんで」


 言うだけ言って、転移する。

 ギルドの外に出ただけなので、中の音がちょっと聞こえる。騒がしさはそのままに、バタバタ足音も聞こえて、僕を追いかけている気配がするのでもう一度転移しようとした所で、ギルドマスターの怒鳴る声が聞こえたので止めた。僕が騒ぎを起こした訳では無いので、ギルマスも僕を追いかける事は無い筈。

 多分カウンターのお兄さんも近くで僕たちのやり取りを見ていたし、僕が出した依頼の内容と彼らの言い分が合わない事も証言してくれるだろう。

 護衛依頼を出した相手に護衛をさせようとするんじゃありません。


 改めまして街歩きを始める。

 街歩きの良い所は、掘り出し物が見つかる事。顔馴染みの店主に挨拶して、最近の魔道具の流行とかどこそこの店で安売りが有るとか、色々情報を仕入れて。食材も買って程よく疲れたところで家に帰る。

 で、あー疲れたー、とソファに倒れてゴロゴロっと。そう言う時に限って用事と言うのは出来るもので。



 朝食が遅かったので、昼食は無くても良いかなと思いつつも何か軽いもの、とうろ覚えでざっくりした食感のスコーンを作って、甘いジャムとクロテッドクリームをたっぷり付けて食す。飲み物は当然紅茶。サンドウィッチとケーキが有ればアフタヌーンティーっぽいなぁ、と思う。

 今度あのケーキスタンド? だっけ? 何処かに売っていないか探してみようかな、と考える。無ければ作ってもらうのも有りかな、と思うけど頼むとしたら鍛冶屋だろうか食器店だろうか。

 一個で満足したので、残りは保存して明日の朝食かおやつにしようと思う。


 そんな風にのんびり家で寛いでいたら、呼び出しを喰らった。

 呼び出しと言っても、目の前に光の玉が現れて『至急来ラレタシ』なんて訴えてくるだけだけど。

 この光の玉、魔法通信の一種で主体は精霊。無視しても目を逸らしても、僕が「うん」と言うまで目の前に回り込んでくる。可愛いけどしつこい。

 うぇぇ、面倒くせぇ。なんて思いつつ、無視も出来ない相手だったので渋々了承、で転移。


 部屋に直接転移して入ると同時に、一応来たよ、と合図の意を込めおざなりなノックをする。順番が逆だけど、別に良いんじゃなかろうか。部屋の中をそらヽヽで確認出来る、そのくらい僕は呼び出されているのだ。机の前じゃなくて扉の前を転移先に選んだ僕を誰か褒めて欲しい。


「早いな」

「呼び出したのはそっちだし。早い方が良いでしょ」


 ビックリ目の相手に言い返し、勝手に備え付けのソファに座る。テーブルの上には菓子。あ、これあんまり美味しくないヤツ。誰だ選んだの。

 仕方がないので持参した焼菓子を食べる。お腹はそんなに空いてない、口寂しいってヤツなので小さめのバターサブレ。自分で作ったヤツなので、安心・安全、しかも美味いと自画自賛。

 護衛の騎士やら文官て言うのかな? 何だか呆れられて(睨んでいるのも若干名)いる気がするが気にしない。呼んだのはソコで座って仕事をしているヒトだし、僕は呼ばれただけ。そして不味いものより美味いものを食べたいのは誰だって一緒。僕は本能に生きる。


「座って待て……もうきに終わる。暫く待て」

「御意に」


 はいはい、って気分で応えたら壁付近から殺気。

 どうでも良い話だけど、普通に生きていたら殺気なんてそうそう判らないと思うんだけど、判るようになってしまった自分が悲しい。これも僕の特殊事情によるものか。

 …等と思い耽っていたら、殺気を向けてきた騎士が何か吠えてた。


「貴様さきほどから、陛下に対して無礼三昧……。突然現れた事と言い、傍若無人が過ぎる!」

「控えろ、余が許している」


 仕事が終わったらしく、吠える騎士を軽く往なしながら僕の目の前に移動して座る彼――陛下。この国の王様って言うか、皇帝である。目が潰れるほど美形。そして美声。男性美の極みで、顔面偏差値がバグを起こしている、キラッキラな美形です。バグなので羨ましいより畏れ多い。

 超一般人である僕が、皇帝なんて立場の人と知り合うと言うか、軽口を叩いて許されているのは(許していない人もいるけど。今吠えてた護衛みたいに)、僕の特殊事情によるとしか言えない。それについては陛下は勿論、彼と近しい人は知っている筈なのだが、吠えた騎士……面倒だからハウルわめき声で良いか。ハウル君は知らないらしい。騎士の立場からしてその対応で本来は正解なんだけど、僕に関しては不正解なのだ。まぁ僕だけじゃ無くて、この国のトップの方々は意外と気さくなので僕みたいな態度を許されている人は割と居たりする。それを知らされていないって事は、要職じゃ無いって事だね!


 何だか生温〜い気分で目を細めてハウル君を見ると、奥歯を噛み締めてギリギリしている感じ。そしてそれを察したのか、同僚の騎士さんが素晴らしい手際でハウル君と僕を睨んでいた他諸氏を部屋から追い出した。彼は出来る人だ。

 そして陛下と僕、二人が相対したところでコホン、と脇に控えていた僕を睨まなかった文官さん――確か宰相閣下――が咳払いをした。



 宰相閣下と皇帝陛下のお話しと言う名の命令を僕はにっこり笑ってお断りした。呼び出しは無視出来ないけど、お話しは断れるんですよ僕。


 因みにお話しと言うのは、今度作られる魔法学院の教師の一人にならないかって言う事。

 元々魔法学院は有るけど、専門的過ぎて初歩から中級まで学びたい層にはちょっと不親切。学校なので魔法『だけ』を勉強するんじゃなくて、主に貴族の子女向けの基本とちょっとした応用と、魔法以外に一般教養とかも教える場を作ろうと言う事らしい。そこから更に専門的な事を学びたければ、卒業してから各自で研究したり『賢者魔法使いの塔』と呼ばれる魔法使いの偉い人からそれなりの人が集まる所で勉強って言うか研究すれば良い。

 そんな訳で貴族の子女向けとは言え、他にも庶民で学ぶ意欲が有れば受け入れるそうで、門戸を広く開放させるので教師が足りないとの事。

 確かに魔法使いは山ほどいるけれど、『教師』となれるかは謎。魔法使いって知識も豊富で研究熱心だけど、自分の知識を他人に教えられるかどうかは……ねぇ?

 貴族の子女向けじゃないの? と言う疑問については、庶民でも貴族の家に奉公に出たり優秀なら側近に取り立てて貰えるし、商売で貴族と付き合う事もあるので、一般教養とか礼法なんかの基本を学びたい層は一定数居るとの事です。

 僕は礼法とか面倒くさそうなのでパスしたい。


 僕があまりにもあっさり断るので、陛下も食い下がる。

「何故だ。確かに時間は拘束されるが、それに見合う報酬は支払う。悪い話では無い筈だ」

「お金より時間の方が大事。それにそもそもの前提が違う」

「前提?」

 訝し気に僕を見る二人に、僕はお茶を一口飲んでから答える。


「だって僕、魔法使えない」


 美形の目が点になるって面白い。



 行きは転移だったけど、帰りは歩きにした。豪華で重厚なお城の中を歩くのも面白い。あの皇帝陛下は見かけによらず実用本位と言うか質実剛健なイメージが有るけど、お城の中は割とキラキラ。要人向けのイメージ戦略だろうか。

 通りすがる人は僕の事を不審気に見るけど、気にしない。実際僕の格好はお城に出入りするような服装ではない。フード付きの黒のローブコートと茶色のズボンと白シャツ。楽でお気に入りだけど、どう見ても一般人です。魔法使いっぽくも見えるけど、お城に出入りする魔法使いはもう少しきちんとした恰好をしている。って言うか、制服がある。

 窓の外を見遣ると、庭園をキラキラドレスで散策している貴婦人がチラホラ見える。暇人かな? でも花は綺麗だ。そうか庭園を開放しているって聞いた事があるから、見学か。

 そんな感じでフラフラ廊下を歩いていると、青色の地味な服装の見知った親子と出会う。煌びやかな人々を見た後だと目に優しい。


「おや、話し合いは終わりですかい?」

「うん、断った」


 お互い短く用件だけ。これだけだと何を言っているのか判らないだろう、と思うけど当事者が理解しているなら問題ない、筈。

 しゃがんで子供の相手をする僕に、苦笑するのは皇帝陛下のお后様。僕の相手は王子様だ。…そう考えると凄いな。権力者のインフレが起きている。

 せっせっせー、と手遊びをしながらお后様と会話する。


「面白かったよ、二人とも目が丸くどころか点になってた」

「ハニワっぽくなかった?」

「ぽくもあった」


 クスクス笑う僕たち。つられて笑う王子様。

 三人でキャッキャウフフしていたら、またもや背後から殺気。僕の隣のお后様の目が眇められた。一歩踏み出そうとするのを手で制す。

「大丈夫、任せて」

「……あまり煽らないようにね」

 にっこり笑う僕に、諦めた様に溜息。

 大丈夫、煽らない。て言うか僕は煽っているつもりは無い。勝手に相手が煽られているだけだ。


「何か用ですか?」

 立ち上がって問いかけると、果たしてハウル君は赤黒い顔色で僕に怒鳴る。

「ふざけるな! 貴様のふざけた態度、許し難い!! しかも陛下の勅命を断るとは言語道断!! 身の程知らずめッ!!」

 怒鳴りながら腰に佩いた剣に手をかける。

「ねぇ、騎士が丸腰の、しかも何もしていない相手を剣で脅すの? 酷くない?」

「はっ! 今更何を。貴様の噂は知っているぞ! 魔力無しの魔法使い、ユーリ・ユーリ!! 魔法使いは丸腰でも危険な存在、武器を持っていると同等、酷くないとは片腹痛いわ!!」


 叫んで斬り掛かって来たので、拘束。


「くっ……!」

「おまわりさーん、こっちでーす。武器不法所持の現行犯!」

「きっさま〜〜! 放せ!! 拘束魔法なぞ使わず正々堂々と戦え!」


 いえ、魔法じゃないです。


 それにしてもハウル君、大丈夫だろうか。騎士として。

 いくら頭に血が上っていたとはいえ、往来と言うかお城の廊下で抜刀するって、始末書どころか騎士の資格を剥奪されるんじゃ……? 松の廊下なら切腹だよね。

 とはいえジタバタ暴れるハウル君を何時までも抑えておくのも疲れるので、呼ばれて駆け付けた騎士に身柄を預けてから訊ねる。


「正々堂々と戦えって言われてるんですけど、場所を貸して貰えますか?」

「…訓練所で宜しければ。ですが、良いのですか?」


 僕とハウル君を見比べて、心配そうに訊ねる騎士にこくんと頷く。そして被せる様に後ろから声。

「私が許可を出すよ。こんな所でやり合うより余程良いじゃないですかさ」

 静かな声はお后様。ハッとした表情で跪く騎士。…ハウル君は良く判っていない模様。騎士として大丈夫か、彼。仕える相手を認識していない……だと?


 因みにお后様の護衛は、ハウル君が剣に手を掛けた段階で何処からともなく現れて、王子様共々しっかりガードしていた。騎士と言うより密偵と言う感じ? 何事も無い事を確認してから、静かに姿を消したプロフェッショナルでした。

 余計な事を喚かれる前に、ハウル君を拘束したまま訓練所へ移動する。



 訓練所の一角を借りて、ハウル君と再度対峙。先程とは違って若干蒼い顔だが、それでも僕の顔を見たらやっぱり頭に血が上るのか、顔に赤みが戻る。


「それでは魔法使いユーリ、騎士ルーザー。これは決闘ではない。互いの実力を確かめる為の訓練である。双方共に結果がどうあれ、遺恨を残さぬ事!」


 ハウル君改めルーザー君を連行してきた騎士が立ち会う様で、僕ら二人の間に立って試合開始? を宣言する。

 だから僕は魔法使いじゃ無いんだけど……って言っても説明する暇も気も無いので、剣を構えたルーザー君に対応する為、僕も自分の周りに石礫を浮き上がらせる。


「土魔法か……、先刻は不意を突かれたが、今度はそうはいかん! ハァッ!!」


 ルーザー君が身を低くして僕に向かって突進。やだ怖い。

 周りに浮かべていた石礫を増やして壁に、そして僕自身は空中に浮かんで逃げる。そして畳み掛ける様にルーザー君に向かって壁を倒す。


「ッアアァッ!?」


 ドサーーーッとルーザー君になだれ落ちる壁、もとい土砂。こんもりと山になった所に追加で土砂を足す。

 別に殺す気は無いので、そのまま待つ事暫し、モコモコ土砂が蠢いて中からズボッとルーザー君の頭と片腕が出た。


「ゴホッ、ぎ、貴様……卑怯な……」

「はいはい、固めちゃうねー」


 三和土たたきをイメージして、土砂を固めてみる。確か消石灰と苦汁にがりを加えれば良い筈。でもそんなに都合の良いものは持っていないので、普通に水のみ。水ならH2O、いくらでも出せる。分子の結合体だ。

 トロっとさせた土を上手い事ルーザー君の周囲に固めて……何だか三和土と言うより、泥団子。良し、そうしよう。


 土を足して程よい硬さにしてから、ルーザー君の頭と片腕だけ残して全部埋め直す。それから表面に土を更に足して丸みを出して、形を整え土を足す。

 うん、良い出来。これで磨いてピカピカに出来れば尚良。時間がないからやらないけどね。

 本当は時間をかけてやりたい所だけど、流石にルーザー君が可哀想なので程々にしておこう。ちゃんと中の水分を抜くのも忘れずに。風邪をひいちゃうからね。

 固められた土は結構重たいのか、ルーザー君は身動きが取れないらしい。先刻から悪態を吐きながらもぞもぞ動こうとしているけれど、固めた土はびくともしない。そう言えば砂蒸し風呂も結構重たいと聞いた気がする。動き辛いのはそのせい?


 そうこうしているうちに、勝負ありの判定が僕に下された。周りからはブーイングと拍手。三対七くらい……?

 折角埋めたルーザー君だが、仲間らしき騎士から助け出された。…もうちょっと埋まっていても良かったんだよ?

 土塗れの身体を綺麗にしてもらってから、ルーザー君が僕に叫ぶ。


「貴様、卑怯な真似をして! 正々堂々と戦えんのか!?」

「え、それを丸腰の相手にいきなり斬り掛かる君が言っちゃうの?」


 マジでポカーンですよ。

 あれか、自分は良くても他人は駄目ってヤツですか? 自分に甘くて他人に厳しい?


 ルーザー君の訴えは取り合われなかった。当然である。

 でもそれを良しとしないのがルーザー君、とその仲間たち。先刻ルーザー君を掘り出していたお仲間さんたちだ。

 審判役の騎士さんに、卑怯だ八百長だもう一回だとか騒ぐ騒ぐ。…僕はやる気全くないんだけど。


 騎士としての戦いではない、と言うのには頷いておく。でも僕、騎士じゃないしね。しつこいようだけど、魔法使いでもない。

 そろそろ帰りたいんだけど、誰かこの場を治めてくれないだろうか。そんな期待を視線に込めてお后様をチラリと見ると、非常に良い笑顔でサムズアップされた。

 うわぁ、面白がられてる! と思ったら、サムズアップした手が後ろを指す。

 うん? と思って指し示す方向に目をやると、鳶色の髪の騎士さん――皇帝陛下の部屋にいた気がする――が走って来るのが見えた。


「何の騒ぎだ!!」


 大声でも無いのに一喝するその声で、周囲がシンと静まる。

 説教が始まりそうな雰囲気に、付き合うべきか逃げるか迷っていると、お后様が僕を手招いた。そして耳打ち。


「ここは任せて逃げよう?」

「賛成します」

「ゆりたんだっこー」


 手を広げて抱っこを強請る王子様を素早く抱き上げ、お后様と逃げる。

 すたこらさっさー、と訓練所を後にして着いた先は庭園の四阿ガゼボ


「この庭園は限られた人間しか入れないから、暫く時間を潰してほとぼりを冷ましませんかね?」

 そう言うお后様だが。

「冷まさなくても転移すれば……」

 ほとぼりを冷ます必要も無くない? と僕が呟くと、笑って王子様の頬をつつく。

「まぁまぁ、ゆりゆりと遊べないと王子様ムスコが泣くからね? お昼寝の時間までは付き合ってくださいよ」

 泣く子には勝てないので、お茶飲み話に付き合う事に。


 四阿にはきっちりティーセットが用意されていて。僕が来るのを予測していた訳ではなく、何時でもお后様(と皇帝陛下)が使えるようにしてあるらしい。

 魔法が当たり前にある世界で、お茶もお菓子も、予め用意しても傷んだりしない。ちゃんと保存の魔法が掛けられて、何時でも出来立て・食べ頃だ。…この辺は羨ましい。

 お茶を飲みつつ、王子様とお絵描きをしたりお后様と話したり。まったり過ごしていると、それにしても、とお后様が呟いた。

 ん? と思って顔を上げると、お后様が溜息を吐いた。


「難しいですねぇ。説明が」


 ああ、と合点する。



 僕とお后様は異世界人だ。ただし同じ世界ではない。だけどほぼ同じ歴史を辿った並行世界パラレルワールドのような、この国――と言うか世界とは全く違う価値観やら諸々を同じくしている。

 だから何となく通じ合うと言うか、解り合える事がある。この世界の常識が僕らの常識とは違う事とか、多少のズレがある事。判るようで判らない事。

 僕にとってその最たる事が、彼等の言う『魔法』だ。


 みんな僕の事を魔法使いと言うけど、僕は魔法使いではない。僕が使っているのは魔法では無いからだ。その事はお后様だけが理解している。皇帝陛下と知り合った特殊事情は、僕がお后様と知り合った事による。だから僕を魔法学院の教師に招聘しようと皇帝陛下や宰相閣下が相談していた時に、一応反対はしてくれたらしい。


「ファンタジーとSFは説明がし辛いんですよ。ファンタジーはこの世界では幻想では無くて現実だし? SFは概念自体が説明し辛い」

「空想科学小説とかスペースファンタジーとか、少し不思議とか?」

「似て非なると言うか、混ぜるな危険と言うか……」

「その癖相性は良いんだよね」

「そこが問題ですかねぇ」


 苦笑している様でいて、実は面白がっているお后様が言っている様に、僕が使えるのはFTの能力ではなく、SFの方だ。

 僕、魔法使いじゃなくて超能力者です。エスパーとかサイキックとか言うアレ。

 そしてお后様が苦笑する様に、僕の能力が魔法と言い換えられてしまうので、説明に逆に苦労する。


 例えば僕が散々使っている移動手段。瞬間移動テレポーテーションと言うものがこの世界では転移と言われる。

 念動力サイコキネシスは先刻みたいに魔法と間違われたりするし。あ、土魔法っぽくなったのは、訓練所が地面だったからです。もし廊下で使ったら飛び交うのは多分床のタイルとか、その辺に飾られている壺とか絵画とか。下手したら窓とか柱なんかが飛んでいたかも。

 他にも言い換え出来るのは、精神感応テレパシーは念話だし、透視クレヤボヤンスはまんま透視だし。予知プレコグニションもだね。治癒魔法ですら超能力で出来ちゃうのだ、親和性が有り過ぎる。と言うか超能力が魔法と置き換えられてしまうと、僕はもの凄いマルチな魔法使いと言う扱いになる。

 だからこそ皇帝陛下が僕を教師にと考えたんだろうけれど、問題が有る。


「魔法じゃないものを使っている人間に、魔法の説明をさせようって言うのが無理ですよねぇ」


 そうなのだ。僕が使えるのは超能力であって、魔法では無い。

 呪文も理念も何もかも判らないのに、どう教えろと言うのだ。寧ろ僕に教えて欲しい。


「逆に超能力をどう説明すれば良いのか、僕判らないです」

「ハンバーガーを食べた事の無い人に、綺麗に食べる方法を教える様な……?」

 ちょっと違うような気がします。

「スマホ世代の人間に、プッシュ式じゃなくてダイヤル式の電話を使わせようとか?」

「未知との遭遇」

 ぐだぐだ二人でとりとめもなく話していると、お后様がふふっと笑う。

「ゆりゆりが魔法学院の教師になって、周りを振り回すのを見るのも面白かったかもですねぇ」

「え、厭だ。魔法使いに囲まれたくない」

 魔法使い怖いし。


由利ゆり裕理ひろみちくん」


 真っ直ぐ僕を見るお后様。

 僕を呼ぶその聲に、背筋が伸びる。お后様以外、誰も知らない、呼ぶ事の無い、僕の、本名。


「幸か不幸か、この世界に迷い込んだ異世界人。きみはそのままで良い。思うままに生きればいい。それが道をひらく鍵だから」

 お后様の言葉は呪文の様で、言祝ぎの様で、僕はその言葉に頷いた。



 あの日、僕がこの世界に迷い込んだ時。

 別にトラックに轢かれたとか、階段から落ちたとか、とにかく命の危険が有った訳ではなく、ただ本当に何となく道を歩いて、何時ものように転移したらこの世界にいた。

 右も左も判らない世界で、途方に暮れていた僕は当然の如く怪しげな連中に絡まれた。学生服が見慣れなかったからか、お金持ちに見えたのか? とにかくいきなり囲まれ何か良く判らない言葉――英語でもドイツ語でもない不可思議な言語――で怒鳴られて、殴りかかられた所で取り合えず僕は逃げた。また転移で。

 元の世界でもしょっちゅう転移で出掛けていた僕は、暫くの間は異世界に居る事に気が付かなかった。多少の違和感はあったけど、多分間違って何処か知らない外国に居るんだろう、と思っていた。だけど服装がね、やっぱり違和感。この国の人達ってコスプレ好きなの? って言うくらいファンタジックな服装で、そしてどんなに転移しても僕の知っている街にも、日本にも辿り着けずに、漸く知らない世界だと気付かされたヽヽヽヽヽヽ

 それからはどうやって元の世界に戻れるか、探る日々が続いて。いつしか言葉も覚えた。何故か最初に絡まれた時は判らなかった言葉が、判らないまま幾人かと――主に食べ物とか寝る場所とか必要に迫られて――交渉しているうちに次第に解る様になって。話せる様になれば後は楽だった。


 ラノベみたいだ、と浮かれる気にはなれなかった。最初に勘違いしていたのも有るけれど、僕は元々超能力が使えたし魔法に夢は無い。と言うか初めて出会った魔法使いが悪かった。…いや、酷かった?

 この世界には魔法が当たり前のようにあるので、魔法を使える人は其処此処に居る。『魔法使い』と呼ばれるのは、『真名』を持つ人の事。真名はその人の本質を表し、その名と意味を知れば制する事が出来、強化も弱体化も出来ると言う事だ。要は真名さえ知れば、魔法使いは相手より優位に立てるとかどうとか。

 で、僕が最初に会った魔法使いは、僕が転移を使える事を知って、その方法を聞き出そうと僕の名前を知りたがり――転移の魔法は使える人が限られるそうだ。特に何の制約もなく彼方此方行けるのは珍しいらしい――何となく厭な予感がして、子供の頃からの渾名を教えてみたところ、態度を豹変させて僕の名前(と思っているもの)を叫んで僕を自分の支配下に置こうとした。


 当然だが、効かない。で、殴って逃げた。


 魔法使いって魔法に頼っている奴に限って、物理攻撃を疎かにするよね。殴りつけた瞬間のギョッとした表情が笑えるやら苛つくやら。

 そんな訳で本名を名乗るのはヤバい、と学習したのでそれ以来ユーリ・ユーリと名乗っている。由利裕理=ゆりゆりで、コッチの人には上手く発音出来ないのでユーリと伸ばした。お后様と知り合ったのはそのあと。

 若干人間不信……異世界人不信になっていた僕だが、お后様の見た目が何だかデジャブ。試しに日本語で話してみたら、通じる! 凄い!! と浮かれて僕の状況をだーーーーっと話してみたら、残念、同郷ではなかった。微妙に違う、多分並行世界の人だねってお互い納得。


 それでも同じ価値観とか言葉とか、重なる所が嬉しくて。


 結局僕の知りたかった事は、全てではないけれどお后様が教えてくれた。

 僕が元の世界に帰れるかどうかは、僕次第って事。

 この世界、異世界から迷い込んだり喚び出されたり『異邦人』と呼ばれる人がいる。元の世界に帰れる人も帰れない人も。帰れる為の条件が色々あって、その『条件』が揃えば帰れる事が判ったんだけど……。

 召喚されたなら召喚してきた人に、送還してもらえばいい。僕の場合は『知らないうちに』この世界に来てしまったので、条件が判りにくい。まぁ恐らく、何らかの条件が揃えば『転移』で帰れるんじゃ無いか、と言うのはお后様の弁。

 それまではゆっくり異世界生活を堪能してください、と言われて僕は此処にいる。


「正直お后様には感謝してます。家も仕事も見つけてくれて」

「仕事はゆりゆりが勝手に見つけてたでしょ?」

「でも最初にお后様が仕事を振ってくれなかったら、生活は難しかった気がする」

 僕の言葉にお后様はちょっとだけ笑った。



 そろそろ寝落ちしそうな王子様に挨拶をして、お城を出て家に戻る。


 家と言っても何軒か続いた長屋の一角。狭い間口だけどその分奥行が有って、成程これがウナギの寝床か、と納得した覚えが。


 この家はお后様が格安と言うか無料タダで貸してくれた、お后様の持ち家の一つだ。

 なんで王都に皇后陛下の持ち家が有るのかとか、皇帝陛下は知っているのかとか、一つって事は他にも何軒か有るのかとか、色々疑問は有るけど、家無し・金無し・身元不明の僕には大変有難かった。勿論無料と言ってもそれにタダ乗りするほど僕も厚顔では無いので、時々お后様には僕が見つけたり作ったりした『珍品』を献上している。


 仕事に関してはお后様が言った通り、最初は自力で何とか見つけた。何と言う事は無い、元の趣味が鉱石集めと研磨だったので、拾った硝子質の石を磨いて売ってみたのが始め。

 単に磨いただけだと売れないと思って、たまたま元の世界で読んだ魔道具っぽいアクセサリーを作る本を思い出しつつ、魔道具っぽい見かけの怪しげなアクセサリーにしてみた。

 作ってみたら意外にも妙な能力が付与されていて、本当に魔道具って言うか護符付きアクセサリーとして売れた。これは僕の能力がどうこうではなくて、拾った石が魔石だったからの模様。元々の魔石の能力が引き出された結果です。まぁ磨き方が良かった、と言うのもあるので、それは僕の能力のおかげでもある、と言えるのだろうか。

 ただ売り先が拙くて、二束三文で叩かれてばっかりだったのだけど、お后様と知り合ってから冒険者ギルドと商工ギルドを紹介されて、売買はそちらを通してするようにしたら何とかなるようになった。直接店舗に売るのは色々と拙かった模様。


 お后様に勧められてギルド登録をした時に、ステータスが見れるようになったんだけど、ギルドカードに記された僕のステータスはこうだった。


――――――――――――――――――――

名 前:ユーリ・ユーリ(由利裕理)

性 別:男

ランク:一ツ星

職 業:探索者(異世界人)

体 力:50/100

魔 力:0/0(超能力:∞/∞)

膂 力:40

生命力:60

知 力:80

精 神:40

器用さ:60

敏 捷:30

幸 運:70

スキル:研磨、採取、採掘、収納(異世界言語)

加 護:地の民の祝福

所持金:1,248,567

――――――――――――――――――――


 ゲームのステータス画面みたいだな、と思うと同時に、なるほどね、と思った。

 スキルに【異世界言語】があったから、言葉が覚えやすかったんだなー、と。

 あとこの鍵括弧って何? と思ったんだけど、どうやら隠蔽項目らしい。僕以外には見えないみたいです。


 余談だけどこの世界の人々は、生まれつき与えられたスキルがある。料理が上手くなるとか、剣術が上達しやすいとか、人によって様々だけど、この世界に迷い込んだ『異邦人』もその時に、幾つかスキルが与えられるらしい。それと加護。そのうちの一つ、【異世界言語】はスキルの場合は異世界の言葉が覚えやすくて、加護の場合は最初から異世界の言葉を母国語の様に使えると言うもの。…僕、加護で欲しかったなぁ。

 あとレベルの項目が無いな、と思ったら、レベルは無いそうだ。スキルの方にはレベルがあるみたいで、スキルのレベルを上げたり、装備とかでステータスが変わるんだって。

 因みにギルドカードに表示される数値は、精確なものでは無いそうだ。『大体このくらい』と結構アバウト。でも正直な話、元の世界でも体力とか生命力とか数値では表せなかったし……IQ知能指数は表せたか?

 何が言いたいかと言うと、カードの数字を信じるなって事です。なので僕も数字は目安程度にしか見ていない。どちらかと言うと、ギルドカードは身分証明用と、持っているスキルとか銀行口座の確認用です。


 迷宮に潜るのは、勿論素材探しの為。だから無理はしない。迷宮の素材は加工しなくてもギルドで引き取ってもらえるし、たまにもの凄くレアなものに当たったりするので止められない。

 初めの頃独りソロで五十層まで行って死にそうになったので、護衛は必須です。最近はやっと相性の良いパーティーと何組か知り合えたので、彼等の手が空いた時に仕事を頼んでいる。

 迷宮に潜っていない時は、だいたい家でゴロゴロ。料理したり本を読んだり時々出掛けて知り合った人とお喋りしたり。納品用のアクセサリーを作ったり。

 スキルと加護のおかげで趣味の研磨が良い仕事をする。地の民はドワーフの事じゃなくて、ドワーフが信仰する神様みたいな精霊の事で、その加護が有ると鍛冶とか採掘、細工が上手くなるそうだ。


 僕としては『探索者』とか『魔石加工人』と呼ばれたいんだけど、僕を『魔法使い』と呼ぶ人は多い。僕が魔法っぽい力を使うので呼びたくなる気持ちも判らないでは無いけど。

 呼ばれたくなければ使うのを控えれば良いじゃん、と思うだろうが、敢えて使う。何故なら元の世界に戻れるかもしれないから。

 お后様が言う『条件』が何かは判らないけど、何時その条件が調うか判らないしね。だから転移はバンバンする。まぁそのせいで魔法使いって思われるんだけど……。

 本末転倒だと言いたければ言え。僕だって声を大にして言う。勝手に勘違いしてるのはソッチだって。



 ところで。


 三日後に無事何時もの冒険者と連絡が取れて、迷宮に探索に出掛けた後に知った事実。

 ルーザー君の事なんだけど、どうやら折角正騎士になれたのに僕とのやり取りが問題視されて、従騎士エスクワイヤどころか小姓ペイジからやり直しになったらしい。一回通った道なので、そんなに長い事では無いらしいんだけど……成人が子供に交じって使い走りをするのは結構きつそう。

 騎士を辞めさせられなかったのは、素行自体は悪くなくて、忠誠心がかなり大きかったからだった。


 言われて見れば、彼がぎゃんぎゃん吠えていたのは、僕の態度が皇帝陛下に対して不敬だからって理由だった。まぁだからと言って皇帝の執務室で勝手に発言したり、城内で抜刀したり決闘したりして良い訳では無いけどね。

 その辺り、頭に血が上り易い所とか、暴走する所とかを矯正する為に、小姓からやり直せ、って事だそうだ。…矯正出来るのかな?


 その話を僕にしてくれたのは、お忍びで冒険者ギルドに来ていたお后様。苦笑していたので、多分僕と同じ感想を抱いていると見た。

 ついでに一緒に迷宮に行く? と誘ってみたけど断られた。陛下に怒られるし、王子様が待ってるからって。そりゃそうだ。


「それでね、今度は魔導師団の偉い人が、ゆりゆりをスカウトしたいって言ってきてるんだけど、どうする?」

「お断りします」

 笑いを堪えながら訊くお后様に、僕はいつもの返事をする。


「だって僕、魔法使えない」

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魔法学院の教師に誘われたけど断りました。だって僕、魔法使えない。 北野すかい @paquila

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