花崋(はなげ)

R

 ヴぉおおお


 ドライヤーの音が生活音を遮る。

 携帯でYouTubeのゲーム動画を流しながら中タイプの脚立に蟹股で座って髪を乾かすのが日課だ。

 ゲーム実況はもちろん聞こえない。だが聞こえずとも五感で感じるのがよいのだ。

 最近、パーマをかけたからか乾かすと爆発したようにまん丸い。分けてもおろしても前髪が邪魔なもんだ。いっそのこと丸坊主にしたい。

「ふぅ」

 鏡を見ると昔、ポケモンで見た爆発後のサトシまんまだ。

 だから同居人からもらったカチューシャをつけて普段は生活している。

 付けると見た目は輩だけど心は優しい方だと思うから安心してほしい。


 ドライヤーを片付けて脚立を洗濯機の横に挟んでおく。

 このひと作業が風呂上りデザートのカロリーを左右する。

 洗面所を出ると一本道の廊下から吹き抜けて見えるベランダで一人の女の子がいた。

 まあ、厄介な同居人ってこと。


 冷蔵庫から一つのモンブランを手に取る。

「よっこいしょっ」

 深く腰掛けると思わず声が出る。足腰のギシギシなる音が老化を進めているんだろうか。

 ビニールに包まれたスプーンを出してモンブランをひと掘り。

 栗の甘い匂いに、甘いもの特有の柔らかい触感。あまり好きではなかった。

 けど好きになったんだ。マカロンも、すきになった。


「今日は風呂長かったね。寒いから入れさせて」

 タバコ臭いにおいが鼻にくる。外の風を入れこむように長い髪をおろして同居人は毛布に入り込んできた。

「手冷た」

 外はだいぶ寒かったんだろう。俺の握る手まで冷たくなりそうだ。

 うん。と頷いて同居人は頭を肩に乗せた。こうしていると安心するらしい。

 テレビのリモコンで電源をぽちっと。ちょうど見たかったサッカーの試合がやっている。


「よしっ、勝ってる勝ってる」

「面白いの?」

「君にはわからない面白さがあんの」


 そう言うと鼻息を立てて瞼を閉じた。同居人の顔をテレビ越しに見ると、そのまつ毛はきれいな筋を立てて数本の束をまとめている。モデルのようにに美しい。

 出会ったときからモデルのように美しかった。

 白い肌にニキビは一個もない。桃色の綺麗な唇は整っていて、寝息をかく姿さえも見入ってしまう。


「学校、行った?」

 同居人はまた鼻息を立てる。

「行ったよ。テストだけだったから午前中で帰った」

「そか、テストはいつ終わるの?」

「今日で終わったよ。あとは卒業式まで学校行かなくて大丈夫」

「頑張ったな。えらい」


 同居人は不登校というわけではない。ただ、友達が少なくて行きづらいらしいだとかなんとか。

 気持ちはわかるが、俺の気持ちとしては行っておいてほしいのだ。


 モンブランを一口あげてみようと口に近づける。

 ご褒美みたいなものだ、たんと食え。

 桃色の唇に当てると一口だけでいいと言って次のスプーンは断られてしまった。

 たぶん同居人は今その気分ではないということだろう。寝たい、何か食べたい、おなか痛いをよく言う現代っ子は気分転換とか難しいと聞く。

 1つ歳が違うだけでこんなにも言葉が違うとは、、世の中難しくなった。


「風呂は?入らないの?」

 少し考えるように頭をぐりぐり押し当ててくる。

「めんどくさい、、入らなきゃ」

「まだ温かいから、あったまってきな」

「うん」

 静かにため息を残して洗面所へ後にした。

 一人取り残された俺はというと、サッカー観戦しながらモンブランを食べ進めている。

 フォワードが、ゴールキーパーが、センターバックが、ボランチがってTwitterのトレンド欄は悪いもの探し。

 お前らはサッカーを純粋に楽しむ心はないのか?犯人探しをしながらろくでもない知識を世界に広めて承認欲求を高める。それ本当に楽しいか?


 いつのまにかモンブランを食べ終えうとうとして眠っていた。


 横断歩道の向こうには顔見知りの大学生が4人楽しそうに話している。

 俺はそれを見て悔しいとか、話したいとか思わない。けど本音は話したい。

 4人の内2人は見たことはあるが話したことはない。そんな仲でいきなり話しかけたら歓喜ではなく不信だろう。

 赤色の信号が青に変わる。

 それぞれが渡り始めるのだが4人と1人。まるでオーラがあるように意識をしてしまう。

「あれ」

 やっぱり声をかけられた。だが顔見知りの1人だけ。何も感じ取られること無いように気づいていなかったようなリアクションをした。

「これから授業?」

 そりゃそうだ。何のために来てるんだと言いたいところだが、悪い印象がつかないか心配だから「そそ、これから」フランクに答えた。

「がんばれよー」

「おう」

 なんでだろうか、疲れたというよりか緊張した。受け答え、表情すべてに意識したから心拍数が上がっている。

 後々考えるであろう少ない会話のラリーはあまりしたくない方だ。


「ただいまー」

 明かりのついていない一室に声が解けてゆく。

 廊下を抜けてリビングには寝間のドアから一筋の光が透き通る。

 せめてただいまと声を掛けたらおかえりの声が欲しい。一人暮らしの俺は寂しいんだ。

 そう考えるとむしゃくしゃする。うん。


 ガラッ

「ただいまー!!」

「わっ、うるさっ!」


 ふーと鼻息を荒く、鼻を高く、威圧感的なのを大きく。見せてやった。


「うっさいんだけど。寝かけてたところに話しかけないでくれる?マジバケモンみたいなデスボイス」

「すいません」


 ちょっと言いすぎじゃない?たしかに寝かけてた時にでっかい声出されると怒るよね。

 うんうん。デスボは余計でしょ、、メンタル来たこれ。

 淡が絡む。いったん咳をして同居人の横に座った。


「あのさ、うち大学行きたい」

「卒業したら行くじゃん」

「今がいい」


 同居人は髪を染めていた。茶髪から白髪に。同居人はピアスの穴が増えていた。耳と唇。

 同居人は爪の色が変わっていた。透明な爪から緑とラメの入った爪。

 彼女はとてもきれいになっていた。

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花崋(はなげ) R @rikudayo1103

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