第79話 大雪の日

 集団討伐の後始末は知らない。基地キャンプに戻った途端、回復薬を飲んで、寝てしまったからだ。

 幸い、テントの中は暖かく、ぐっすりと眠れた。


 メアリーが夕食のシチューを運んで来たので、それを食べて、また眠った。

 本当に体力がないのが辛い。馬の王メアラスにも会いに行けていないが、寝るしか回復の手段はない。


 朝早く目覚め、トイレに行ったが、涔涔と雪が降っている。

「大雪になりそうだわ」

 王都ロマノは、雪が降っても、人が多いから雪かきもするし、あまり積もったりはしない。

 領地のハープシャーとグレンジャーも、豪雪地帯ではない。薄らと雪が積もる程度だ。

 

「ミラー湖の雪景色は綺麗だったわ」

 ハープシャーから北に位置するモラン伯爵領は、少し高地になるし、雪も積もる事が多いみたい。

 婚約した後に訪問した際に、館の窓から見たミラー湖はとても綺麗だったな。


「お嬢様、朝食を取りに行きましょうか?」

 メアリーが身体の弱いペイシェンスを心配しているけど、寝たら回復した。

 雪で日光は遮られているけど、深呼吸して少しだけでも魔素も吸収できたしね。


「いえ、パーシバル様にも会いたいし、馬の王メアラスも気にかかるから、食事場所に行くわ」

 それにワイバーンの動きも気になるからね。これは、メアリーを脅かしそうだから言わないけどさ。


 女子テントの魔法使いチームや騎士チームは、討伐の後片付けにも参加したみたいだけど、元気だね。

「ペイシェンス様、大丈夫ですか?」

 私が体力がないのは、夏合宿に参加したメンバーは知っている。

 ルーシーが心配そうに声を掛けてくれた。

「ええ、寝たので回復しましたわ。やはり飛行すると、体力がかなり奪われてしまいます」

 一緒に食事場所に向かっていたユージーヌ卿も心配していたみたい。運動神経がないのも知っているからね。


「身体強化と体幹強化、それに体力強化が課題ですね。少しずつ馬の王メアラスと運動をしてみては如何でしょう」

 それは、そうなんだけど……前よりはかなり上手くなったとは思うけど、乗馬は苦手。

 これが読書をしろ! とか、刺繍をしろ! 絵を描け! ハノンを弾け! とかなら、何時間でもできるんだけどさ。

 苦手な事だから、ついつい後回しになっちゃう。


「ええ、パーシー様に任せっきりは良くないと思ってはいるのです」

 馬の王メアラスの主は私なのだし、もうちょっとは乗馬も上手くなりたい。

 それに、領地では馬車より移動が早いのは確かなんだ。


 それにしても、雪がぽんぽん降っている。食事場所に行くまででも、マントの上に雪が積もったよ。

 メアリーに、ダウンコートの上に羽織ったマントを渡していると、ゲイツ様が近寄ってくる。


「ペイシェンス様、具合はどうですか?」

 パーシバルに会う前に、ゲイツ様に捕まっちゃった。

「おはようございます。お陰様で、大丈夫ですわ」

 あっ、パーシバルだ!


「おはようございます!」

 パーシバルも心配そうに具合を尋ねてくれたけど、もう大丈夫だよ。

「朝一にビッグバードは狩りに行きましたが、流石にこの雪では回収は無理でしょう」

 ゲイツ様と一緒にビッグバード狩りに行ったんだね。


「ペイシェンス様、今日は流石にワイバーンも飛びたくないでしょう。警戒はしなくてはいけませんが、少し休憩ですね。できれば、キャベツのスープが飲みたいのですが……」

 やれやれ、討伐がないのなら、スープぐらいは作っても良いよ。それに、朝から焼肉は辛いもの。


 メアリーは良い顔はしないけど、キャベツのスープを生活魔法で時短して作る。ビッグバードの骨でストックスープを取って、ビッグボアの肉を細かく刻んで炒めて、キャベツの塩漬けと煮込むだけ。


「やはり、ペイシェンス様が作られるキャベツスープは美味しいです!」

 去年、飲んだ人は我先にスープを貰っている。

 私もパーシバルと一緒にスープを飲むよ。


「明日に備えて、今日は休憩しておいて下さい」

 つまり、明日はワイバーンが来そうなんだね。

 パーシバルも少し厳しい顔になる。


「それにしても、ガリアーニはもっと指揮する練習をしなくてはいけませんね。サリンジャー、王宮魔法使い達の訓練を厳しくしなくてはいけませんよ」

 おぃおぃ、丸投げする気だね。

「ええ、王宮魔法使い達は、少しゲイツ様に甘え過ぎだと思います。王都に戻った後も、シュヴァルツヴァルトで鍛えるように、何人かずつ派遣した方が良いでしょう」

 サリンジャーさんも結構厳しいね。


 食事が終わったから、パーシバルと馬の王メアラスに会いに行く。朝一に、パーシバルとビッグバード狩りに行ったみたいだけど、私は会っていないから。


「ブヒン、ブヒン!」『遅い!』と文句を言われちゃった。

「ごめんね! でも、ご褒美のキャロットケーキをあげるから」

 キャロットケーキも一切れずつパックにして持ってきているんだ。

 綺麗にして、キャロットケーキを食べたら、馬の王メアラスの機嫌はなおったけど、やはり少し神経質だ。


「ブヒヒヒヒン!」『馬鹿狼だ!』

 銀ちゃんが近づいているのを察知したのかな?

「銀ちゃんに魔物と遊ばないように言い聞かせなくては!」

 スレイプニルの群れを追いかけているみたいだけど、それってちょっと私的には迷惑。


 神経質になっている馬の王メアラスをパーシバルと一緒にブラシを掛けて宥める。

「ペイシェンス、スレイプニルについて聞いて下さい」

 ううう、これ以上スレイプニルが増えるのって、馬の繁殖には良いのだろうけど、厄介事が増えそうでちょっと嫌。 

 でも、パーシバルのキラキラ目線に負けちゃった。


「スレイプニルはきそうなの?」

 去年は、オーディン王子の勇者アンドレイオスがスレイプニルの群れの暴走に気づいて、王都からやって来たんだよね。

「ブヒヒン!」『来る!』

 えっ、何故か気合いが入っているんだけど?


「これは、大きな群れかもしれませんよ」

 パーシバルは、スレイプニルの群れを確保できそうだと嬉しそう。

「あのう、またあの国が騒ぐのでは?」

 プッとパーシバルが噴きだす。

「去年とは違い、今年はデーン王国の騎士は参加していません。オーディン王子が捕獲できたら、その一頭は譲るかもしれませんがね」

 そうか、でも……。

「ボスは争わないのかしら? 馬の王メアラスが怪我をするのも嫌ですが、他のスレイプニルが怪我をするのも見たくないですわ」

「ブヒヒン!」『負けない!』と強気の馬の王メアラスだけど、怪我とか困るよ。


「そこは、ペイシェンスが馬の王メアラスの主として、コントロールしなくては! ボス争いは避けられませんが、相手に致命的な怪我をさせる前に引き離すのです」

 パーシバルに真剣に頼まれたけど、自信ないよ。それに、銀ちゃんに言うことを聞かせる自信もない。


 大雪の中、基地キャンプに閉じ込められた私達は、明日のワイバーン戦に備えて休憩したよ。 

 ただ、課題が多くて、気持ち的には安らげなかったけどさ。

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