第12話 サミュエルと馬の王

 エリザベスとアビゲイルにチョコレートを1箱お土産にあげて、見送る。

「まぁ、お母様がとても喜ぶわ」

 エリザベスの家も母親がお茶会とかに使うのかもね?

「ありがとう! 妹にもあげたいわ」

 アビゲイル、妹もいるんだね。私は弟達がいるけど、妹も良いなぁ。


 今日の午後はお茶会で終わったから、ホカホカクッションを作るのは明日にしようかな? 弟達と遊ばなきゃね!

 勉強を終えたナシウスとヘンリーとサミュエル。やはりサミュエルは今日も勉強をしに来たんだね。

「ペイシェンス! 良いところに来てくれた」

 いや、子供部屋には家庭教師のカミュ先生がいるよね?


「ナシウスとヘンリーは、モラン伯爵の領地に行くのだと聞いたのだ」

 うん、それが?

「その間、カミュ先生はお暇だと聞いたから、我家に来て教えて欲しいと思ったのだけど、良いかな?」

 それは、良いけど、カミュ先生は?

「息子達は、それぞれ友達と遊ぶみたいです。実家に行っても良いですが、兄夫婦の世代になっているから、長いことは居られない雰囲気なので、サミュエル様の申し出はありがたいです」

 ああ、そうだよね。小姑に長いこと滞在して欲しくないのかも?

「カミュ先生がよろしければ、サミュエルの勉強をみてあげて下さい」

 本当に、前はカミュ先生に反抗して、すぐに辞めさせていたのにね。


 カミュ先生は、元々、リリアナ伯母様の友達だし、前にサミュエルの家庭教師を頼んだぐらいだから、そちらは大丈夫なのだろう。


「サミュエルも一緒にいちごを摘みましょう」

 弟達だけいちご狩りをさせるのは駄目だから、サミュエルも誘う。

「ここの温室のいちごは、とても美味しいのだ!」

 知っているよ! 作っているんだもん。

「籠1つはお土産に持って帰っても良いわよ」

 明日は、リリアナ伯母様も来るけどね。

「明日も来て良いかな? 母上も来られるのは知っているけど」

 1人ではサボってしまいそうだとサミュエルが言う。

「ナシウス?」と訊ねると、嬉しそうに頷いている。

 ナシウスもヘンリーとよりはサミュエルの方が手応えがあるのかも?


 弟達とサミュエルといちご狩りをする。

 ヘンリーは6個以上食べていた気がするけど、まぁ少しは良いんだよ。もう、いちごを売らなくても困らなくなっているからね。

「そうだわ! サミュエルも馬の王メアラスに紹介しておきましょう」

 ずっと勉強しているより、運動した方が良いよね。

 サミュエルの顔が真っ赤になる!

「良いのか? でも、本当に?」

 ああ、きっと親に厳しく言われているのかも? ノースコート伯爵は、初対面の時は冷たい印象だったけど、折に触れてサミュエルを教育している。

 馬の王メアラスの価値をサミュエルに話したのだろう。


「ええ、ナシウスやヘンリーも馬の王メアラスの運動を手伝ってくれているのよ」

 ああっ、しまった! サミュエルの目が光る。嫌な予感。

「ペイシェンスは馬の王メアラスの主人なのだから、せめて人並みには乗馬技術がないと駄目だろう」

 うっ、正論って嫌いだよ。


 乗馬服に着替えたのは、サミュエルの正論に負けた訳ではない。

 ヘンリーのキラキラ光る目に負けたのだ。

「お姉様が馬の王メアラスに乗っている姿が見たいです!」

 愛しい弟に言われると弱いんだよね。

「ナシウスやヘンリーの方が上手ですよ」

 サミュエルが一言口を挟みそうだったけど、ナシウスが素早く止めた。

「サミュエル、お姉様がお着替えになる間、剣術の稽古をしましょう!」


 ナシウスは、きっと何をやっても成功しそうだよ。父親に見た目はそっくりだけど、中身は似てなくて良かったよ。


馬の王メアラス、この子はサミュエル! 私の従兄弟なのよ。ナシウスやヘンリーと一緒によく遊んでいるの」

 ちらりとサミュエルを見て「ブヒヒン!」と嘶く。

 悪かったわね! 私が一番下手で。


 ジニーに低い障害を出してもらって、一周まわる。

「お姉様、お上手になられましたね!」

 ナシウスとヘンリーの言葉が嬉しい。

「サミュエル、乗ってみる?」

 もう、私は十分だよ。

「良いのか!」

 素直にしているとサミュエルも可愛い。入園前は、少しぽっちゃり体型だったけど、引き締まってきたからね。

「ええ、馬の王メアラス、落としたら駄目よ」

 言い聞かせて、交代する。


 サミュエルは乗馬部だけあって、低い障害なんか、スムーズに跳び越える。

 まるで障害が置いていないように走らせているのだ。

「ブヒヒヒヒヒン!」

 やはり高い障害を跳びたがっている。

「サミュエル、高い障害を跳べるかしら?」

 サミュエルは当たり前だと笑っている。

 高い障害をサミュエルが馬の王メアラスと跳び越えていくのを、ヘンリーが真剣な目で見ている。


「サンダー、ナシウスやヘンリーも大丈夫かしら?」

 サンダーが頷くので、2人も高い障害を跳ぶ。

「2人とも上手よ!」

 いっぱい褒めておく。

「ペイシェンスもかなり練習したのだな。前よりは格段にうまくなっている」

 サミュエルから乗馬で褒められるのは初めてかもしれないね。嬉しい!


 アフタヌーンティーを食べたから、夕食はあまり食べられないかもと思ったのに、塩麹、良い仕事しているね!

「肉が柔らかいな」

 父親も驚いていたよ。

「これは、お姉様が作られた麹の香りがします」

 ナシウスはよくわかったね。

「ええ、塩麹につけると、肉は柔らかく美味しくなるのよ」

 こんなに効果があるなら、明日の伯母様方との昼食にもだして貰おう。


 夕食の後、私は父親に書斎に呼ばれた。

「ペイシェンス、素晴らしい成績だよ」

 机の上には学園の紋章がついた手紙が置いてある。

「かなり頑張りました」

 あの地獄のレポートとテスト期間、思い出すと嫌になる。


 父親は少し考えて口を開く。

「家政コースでなら、来年卒業できるのでは無いか?」

 そうなんだよね。やはり裁縫は修了証書が出ちゃった。織物2、染織2も合格したから、春学期に3を取れば合格できる。


「でも、これから領地管理を習いますから」

 経営2、経済学2、外国学2、国際法も合格している。文官コースでも卒業できそうなんだ。

「領地管理はロマノ大学で学んでも良いのだよ」


 うっ、それはそうかも? 特に私の場合は子爵家の当主だから、具体的に開発の仕方とか習いたいし、研究している人に依頼したい。

「私はマーガレット王女の側仕えですから」

 と言うものの、同じ授業は無いんだよね。


「側仕えは、他の方でもできるのでは? お前は、どうしたいのかよく考えなさい」

 確かに、エリザベスやアビゲイルが寮に入るなら、私がいなくても大丈夫かも?

 2年生の春学期はまだ受ける授業があるけど、秋学期からは国際法3と領地管理だけだよ。


 3年生は、領地管理だけ? まぁ、カエサル部長やアルバート部長とかもこんな状態だけどさ。

「パーシバル様と一緒にロマノ大学に進学したいのかと思っただけだ」

 えっ、父親って恋愛至上主義なんだね。

「考えてみます」と書斎から出た。


 眠っているヘンリーの額にキスをして、自分の部屋に戻る。

「ホカホカクッションは、明日の午前中に作るとして……ナシウスに錬金術をやってみないか、訊くのを忘れていたわ」

 手伝ってはくれるけど、どうなんだろう? 錬金術クラブに入るとは思わないから、そんなに興味はないのかな?

 こんな時、ナシウスが私を尊敬しているから、強要しないように気をつけないといけない。

 

 大好きな弟達だけど、私の勝手にはできないのだ。彼らが進みたい道を応援するしかない。

「このことも、パーシー様に相談したいわ」

 父親は放任主義だから、ナシウスがやりたい事に反対はしないだろう。

 これって、この世界の貴族の中では珍しいのかもしれない。

 私も好き勝手させて貰っているけど、やはり困る面もある。

 貴族社会のルールというか、暗黙の了解とか、全く分からないのだ。


 夏休み、ノースコート伯爵領に滞在した時、サミュエルが少し羨ましかったよ。

 私は、明日、伯母様方から淑女教育を受けるけど、ナシウスはどうしたら良いのかな?

 ヘンリーは、まだ先だけど、騎士になると決めているから、サリエス卿に色々と教えて貰えば良いと思う。

「そうか! 文官ならパーシー様に……年齢が近すぎるかしら?」

 これも要相談だよ。


 エリザベスやアビゲイルも貴族の動向をよく知っていた。それは、家で親が教えているのだろう。

「噂話って、悪いイメージを持っていたけど、それすら無いものね」

 やはり、父親はかなり変わり者なのかもね。


 スケジュール帳を見ながら、確認する。

「明日は、10時から伯母様方がいらっしゃるわ。昼食で終われば良いけど……」

 お話が長くなると疲れそう。貴族の動向とか知らないと困るけど、一時にいっぱいは困るな。


「明後日は、昼からバーンズ公爵と面会だわ。そして、明々後日はマーガレット王女が遊びに来られるかも?」

 どう書けば良いか分からないから、エリザベスとアビゲイルと一緒に手紙を書いたのだ。

 メアリーに届けて貰ったけど、まだ返事は届いていない。


 マーガレット王女が遊びに来られた次の日は、モラン伯爵領に出発なのだ。

「あれ? 冷凍庫、作らなきゃいけないんだわ。荷馬車を手に入れて貰わなきゃ!」

 ドレスでわいわい話していて、忘れていたよ。

「冷蔵庫ってステンレスの方が錆びなくて良さそう。それと真空の二重にしたら、良いのかも?」

 明日は、早朝はパーシバルに馬の王メアラスの運動は任せて、ステンレスを大量に作らなきゃいけなさそう。


『ワイヤットに荷馬車と馬2頭を用意するように頼む!』とメモを書いておく。

 荷馬車の馬だけど、馬車と同じぐらいの速さで付いて来てもらわないと困る。

「荷馬車って、どんな感じなのかしら? あまりに遅かったら、困るわ」

 本当は、荷馬車ごと作りたい。自転車のゴム素材でタイヤを作り、サスペンションとかも付けてね。


 思わず夢中になって設計図を書く。

「そうか、木材があればできるんじゃ無いかな? 金属は買って貰ったし……明日、伯母様方が早く帰って下されば、何とかなるかも?」

 荷馬車を魔改造して、冷凍庫車にしたい。


「お嬢様、そろそろお休みにならないと」

 メアリーが遅くまで起きている私を心配して声を掛けた。

「ええ、もう休みます」

 まだ9時だけどね。馬の王メアラスの為に6時にはパーシバルが来るから、早起きしないといけないのだ。

「パーシバルと一緒に卒業して、ロマノ大学に進学……したいけど、駄目かも?」

 なんて考えているうちに眠ってしまった。

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