第11話 令嬢の嗜み

 こうして屋敷にお友達を呼んで、お茶会をしながらドレスについて話すのは楽しいね!

 キラキラのビーズや鮮やかな革で作る靴とか、華やかな話題だ。

「あっ、リップクリームは、一緒に渡した方が良いかしら?」

 そう言うとエリザベスがグイッと膝を乗り出した。

「来た時から、ペイシェンス様の唇がピンクの艶々で気になっていましたの。リップクリームとは何かしら?」


 見本の2本を2人に渡す。

「あら、これは!」

 裁縫もエリザベスよりは得意なアビゲイルが気づいた。

「そう、縫わない糊の容器と同じ構造なのよ!」

 蓋を取って、下のネジを回してリップクリームを出す。

「まぁ、便利ね! これなら、すぐにつけられるわ」

 早速、オレンジのリップクリームを手鏡で見てつける。

「エリザベス様、素敵だわ!」

 お洒落なエリザベスは、薄く口紅をつけていたが、あれこれ食べて取れていたからね。

 薄いオレンジピンクのリップクリームが唇を可愛く彩っている。

「これなら、手鏡なしでも付けられるわね」

 慣れれば大丈夫だと思うよ。


 エリザベスがアビゲイルに手鏡を渡すと、ピンクのリップクリームをつける。

 色白のアビゲイルに薄いピンク色のリップクリームはよく似合う。


「ふふふ、これならお母様も許して下さるわ。社交界デビューまではお化粧は駄目だと言われるの。あら、良い香り! チョコレートだわ」

 エリザベスも唇を舐めて、笑う。

「チョコレートの味がする気がします。これ、宣伝したら凄いことになりそう!」

『チョコレートキス!』とかポップをつけたら、大変な事になりそう。


「当たり前ですわ。このリップクリームは、先程召し上がったホワイトチョコレートとほぼ同じ材料ですもの」

 2人が驚いている。

「それって高いのでは?」

 どうだろう?

「チョコ5個分ぐらいかしら?」

 1箱、作って金貨1枚だ。1箱に15個ぐらいはいっているから、銀貨何枚にしたら良いかな?

「まぁ、貰っても良いの?」

「ええ、これから改良するかもしれないから。使ってもらって意見を訊きたいの。もっと安い素材で作っても良いかもしれないから」

 2人とも頷いている。お小遣いで買うには高い値段だよね。


 デザインは、エリザベスを中心に考える。

「あの鮮やかな生地は、こうしてプリーツにすれば薄さは気にならないし、素敵なデザインドレスになるわ」

 可愛いけど、プリーツ加工がない世界だから、一筋ずつ縫わないといけない。でも、ミシンがあるからね。

 エリザベスが何枚か描く間に、私やアビゲイルもデザインを描くよ。


「上から下までプリーツでも良いけど、私は他の生地とセパレーツにしても良いと思うわ」

 下をプリーツスカートにして、上は薄いシフォンでブラウスにしても良さそうだ。

 そのブラウスの襟元には、プリーツ加工したボウタイをつける。


「ペイシェンス様のは大人っぽいわね。ロマノ大学生みたい」

 一番チビだし、年も2歳若いのに似合わないかな?

「このボウタイを蝶々結びにすれば、華やかになるわ」

 少しデザインをエリザベスに手直しして貰うと、なかなか良さそうになった。少し背伸びしているけど、年相応なドレスだ。


 途中でお茶を換えて貰ったり、トイレ休憩したり、最後にはココアを飲みながら恋バナもした。

「ココア? コルドバ王国では、ホットチョコレートを飲む人もいると聞いたけど、苦くてドロドロだから人気はないそうよ。でも、ペイシェンス様がお勧めなら、きっと美味しいわ」


 エリザベスがあれこれ喋っているうちに、アビゲイルは一口飲む。

「まぁ、甘くて優しい味ね!」

 うん、ココアは美味しいよね! 特にエバは、あのレシピだけで、美味しくココアを作れたなと感心するよ。

「これ、美味しいわ!」

 エリザベスは、デザイン画を何枚も描いて疲れたのだろう。凄く張り切っていたからね。


 メアリーにマリーを連れてきて貰い、デザイン画の型紙が作れるか訊ねる。

「この薄い生地でプリーツですか! とても手間がかかりそうですが、素敵なドレスになりますわ」

 特に凝ったデザインのエリザベスの灰色の格子柄、これはマリーも困惑している。


「このスカートと上着はセパレーツなのですか? 肩はかなり膨らませるのですね」

「ワンピースではダメかしら?」

 肩とヒップは大きく広げて、ウエストはキュと締めてある。

 前世のニュールックみたいなデザインだ。

「ワンピースだと着る時に難しそうです」


 あっ、ジッパーがないからね。

それにウエストがキュッと絞ってある。

「あのジッパーの華奢なのをつけてはどうかしら? マリー、制服用のジッパーを持って来て」

 制服用のジッパーは、シームレスジッパーではないけど、ズボンの前立て用よりは華奢にしている。


「まぁ、これは制服ですか?」

 生地は同じだし、上下に分かれているけど、キュロットスカート以外はデザインは似ていると思う。

「ええ、馬の王メアラスに乗ったりするので、こちらの方が着替えなくて楽そうだから。学園長の許可は得ていますのよ」

 それよりジッパーを見せたくて持って来させたのだ。

 

「まぁ、ボタンと違って表からは見えませんのね。これを使えば、新しいデザインができるわ!」

 ジッパーを隠すように上には見返しを付けているからね。


 エリザベスがあれこれデザインを考え直している間に、私とアビゲイルはサンドイッチの具について話す。

「卵はわかりますが、あえてあるソースがわかりません」

 あっ、マヨネーズの事だよね。

「これは、マヨネーズという調味料ですわ。ただ、浄化の魔法を掛けないと……」

 あああ、忘れていた! ゲイツ様と冬休みに卵の浄化装置を作ろうと話していたのだ。突撃されたら困る。


「ペイシェンス様?」

 アビゲイルが突然黙った私を怪訝そうに見ている。

「いえ、少し予定が乱れるかもしれないと考えていましたの」

 ふふふとアビゲイルが笑う。

「パーシバル様とのデートの予定ですか?」

 えっ、そんなロマンチックな事ではないよ。


「あっ、ペイシェンス様は冬休みにモラン伯爵家の領地に旅行されると聞きましたわ!」

 デザインを描いていたエリザベスが恋バナに参加する。

「ええ、その通りですが、どなたからお聞きになったのでしょう?」

 エリザベスには話したっけ?

「ふふふ、こう言う噂は、あっという間に広がりますのよ。パーシバル様の婚約者として、領地に行かれると! 悔しがっている女学生もまだいますから、お気をつけて!」


 ああ、あの突き刺すような視線! もう自然と精神防衛を掛けるのが癖になっていて、忘れていたよ。

「あら、ペイシェンス様とパーシバル様はお似合いだと思うわ。他の誰かが選ばれたりしたら、血を見ていたかも?」

 アビゲイル! 大人しいのに過激な事を言うね。

「まぁね! ペイシェンス様は自力で女子爵ヴァイカウンテスになられたのだから、誰一人逆らえないわ。それに、マーガレット様やリュミエラ王女の親友ですもの」


 そう見られているんだね。約3名、嫌味を聞こえよがしに言う人がいるから、変わっていないと思っていたよ。

 私の微妙な顔を見て、エリザベスが笑う。

「ふふふ、あの3人ね! キャサリン様のウッドストック侯爵家のお話を聞きましたわよ。かなり脱税していたのが発覚して、追徴課税を払う為に領地の一部を売りに出したそうですわ」


 あっ、サリンジャーさんが税務調査について行った件だね。もう、噂になっているの?


「キャサリン様も贅沢をし放題でしたからね。でも、買い手がなかなかつかないから、反対派閥の我が家にも話を持って来たのですよ。勿論、お父様はお断りしていたけど……買い手がつかなくて税金が納められなかったら、降爵ですわ」

 アビゲイルが驚いている。

「まぁ、降爵! 今年は多いのね!」

 2人は、ハリエットのリンダーマン伯爵家が男爵家に2段階も降爵されたと話している。

 うっ、それって家絡み?


「高利貸しとの癒着で、お取り潰しになったヨンサム男爵と関わっていたそうよ。なんとかお取り潰しを免れたのは、かなりの罰金と追徴課税を払ったからだと聞いたわ」

 アビゲイルも情報通だね。


「来年からはリリーナ様とハリエット様はBクラスかもしれないわね」

 やはり、リリーナは成績不良だったのだ。

 クラリッジ伯爵の話は出ないから、家が降爵されてのクラス落ちではなさそう。


「この前の収穫祭のダンスパーティでも、キャサリン様とハリエット様は、露骨にリリーナ様を馬鹿にしていたわよね。私は、リリーナ様が特に好きな訳じゃないけど、あの意地悪な2人には嫌気がさしたわ」

 それは同感だよ。それに、悪事の大元のウッドストック侯爵が無傷なのも腹が立つ。


「皆様、情報通なのですね!」

 私が驚いていたら、2人に笑われた。

「これぐらいは令嬢の嗜みですわ!」

 エリザベスがクスクス笑う。

「ええ、ちゃんと情報を集めておかないと、変なお相手を掴むかもしれませんからね。ペイシェンス様は、パーシバル様がいらっしゃるから、疎くても良いのかも?」

 アビゲイル、大人しくて控え目でお淑やかなイメージがガラガラと音を立てて崩れたよ。

「さぁ、社交界で良いお相手に見初められるように頑張りましょうね!」

 エリザベスとアビゲイルが手を取り合って頷いている。

「何かお手伝いできることがあれば、仰って下さい」

 にっこりと2人に笑われた。社交界が怖くなったよ。

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