第177話 愛しのペイシェンス7……パーシバル視点

 急に、父上に寮に入れと命じられた。3人の他国の王族の世話と、パリス王子がマーガレット王女と不適切に仲良くならない様、見張る為だ。

 何故、パリス王子の留学を認めたのか! 外務省の失態に苛立つ。

 それとも、何か私にはわからない思惑があるのか? 父上の気持ちは全く読めない。

 ここら辺が、私が未熟だと言うことなのか? 


「今日は、昼一に王宮に行って、そこでリュミエラ王女、パリス王子、オーディン王子を王立学園に案内しなさい」

 はぁ、溜め息しかでない。

「リュミエラ王女は、女性の案内の方が良いのではないでしょうか?」

 ふっと笑われた。

「マーガレット王女をパリス王子と仲良くさせる訳にはいかないから、ペイシェンス様に手伝って貰いなさい」

 私の恋心まで利用されている。


 腹が立つが、王宮で3人と挨拶する。

「パリス王子、リュミエラ王女、はじめまして、パーシバル・モランです」

 3人は、様付けで良いと言うから、そうする。

「わくわくしていますの! 学園に通うのも、寮で暮らすのも初めてですから」

 コルドバ王国の大使は、よく寮暮らしの許可を出したな。リュミエラ王女は、美人だし、なかなか芯が強そうだ。

 この方なら、リチャード王子の妃に相応しいのかもしれない。


「リュミエラ様の付き添いだから、1学年下になるけど、パーシバルとは同じ年だから、宜しく頼むよ」

 和やかに手を差し出すパリス王子と握手する。うん? 剣タコがある。

 見た目はソフィア出身らしい女の子好みの格好をしているが、意外と武闘派なのか?


「パーシバル、宜しく頼む!」

 オーディン王子とは親しいから気が楽だ。

「寮に入られるとは知りませんでした。勇者アンドレイオスは良いのですか?」

 デーン王国の人はスレイプニルに夢中だと知ってはいたが、現地に行ったら、愛が深すぎて困惑する事が多かった。

 特に、オーディン王子は、デーン王国からローレンス王国まで、常にスレイプニルの話をしていたのだ。


勇者アンドレイオスを寮に連れて行ったら、他の馬が怯えるから駄目だと大使に言われたのだ。バレオスが世話をしてくれるから、任せるさ! 寮暮らしなんて、デーン王国ではできない体験だからな」

 オーディン王子は、デーン王国に出迎えに行ったから、よく知っている。スレイプニル愛が強い、武闘派の王子だ。


 ジェーン王女との縁談があるのと、王立学園でローレンス王国の教育システムを学ぶのが留学の理由だ。

 寮に入ったら、同学年のキース王子と共に、ラルフとヒューゴに世話をして貰おう。

 ラルフは、賢いし、気が利く。それに、オーディン王子はキース王子と気が合いそうだ。


 オーディン王子の留学理由は明白なのだが、パリス王子の理由がよく分からない。

 悪くとれば、エステナ聖皇国のスパイとも思えるし、良く考えれば、リュミエラ王女の付き添いをしながら王立学園で学びたいだけとも思える。

 あと、この王子は廃嫡の可能性もまだ少し残っているから、マーガレット王女と縁談を結んで、自分の地位を安定化させるのが目的ではないかという疑惑も捨てきれない。

 それと、妹のカレン王女の縁談を持ち込もうとしているのか?

 何にせよ、厄介な王子だ!


 などと考えているうちに王立学園に着いた。

「荷下ろしをするまで、学園を案内しましょう」

 私の荷物も従僕達に下ろす様に命じる。


 丁度、良いタイミングでグレンジャー家の馬車が着いた。

 ラッキー! こんな厄介な役目を押し付けられたのだ。せめて、ペイシェンスと一緒に案内しよう。

 父上の掌で転がされている気がするが、少しぐらい役得があっても良いだろ?


「ペイシェンス様、荷下ろしに時間が掛かりそうですね。先に、私はリュミエラ王女様とパリス王子様とオーディン王子様を学園案内しますが、ご一緒に如何ですか?」

 馬車の窓から、ペイシェンスに頼むけど、あまり気乗りがしない様子だ。でも、このままでは、リュミエラ王女の相手がいない。


「お願いします。本当はマーガレット王女がリュミエラ王女の案内をされる予定でしたが、少し遅れていらっしゃるのです」

 マーガレット王女は、本当は予定に入っていなかったのだが、案内したいと言われたそうだ。

 でも、何故か遅れられた。きっと、王妃様が何か手を打たれたのだろう。


「付き添いだけなら」と引き受けてくれたペイシェンスの手を取って、馬車から下ろす。

「こちらは、私の再従姉妹のペイシェンス・グレンジャー。リュミエラ様、パリス様、オーディン様、一緒に学園を案内します」

 ペイシェンスが軽くスカートを持ってお辞儀する。可愛い!


 さて、気を取り直して、案内ツアーだ。

「私は、後でいいから馬房を案内して欲しい」

 オーディン王子、了解です。私も騎士コースの時は、馬房に疾風号ヴェントを置いていて、よく見に行っていた。

 

「ペイシェンスは、マーガレット様の側仕えをしていると聞きました。これから、宜しく」

 パリス王子、なにを宜しく頼む事があるのだ! ペイシェンスに近寄るな!


「ペイシェンスの名前はリチャード様からも聞いていますわ。同級生になるのね。色々と教えて下さいね」

 リュミエラ王女は、良いのだ。

 私は素早く、リュミエラ王女とペイシェンスの横にいるパリス王子との間に入る。

「いえ、私でお役に立つのでしたら」

 ペイシェンスは、お淑やかにリュミエラ王女と話している。


 私は、パリス王子とオーディン王子をまとめて、学園を案内する。

 ざっと、中等科、初等科、講堂と図書館、このくらいで良いだろう。


「皆様、お疲れでしょう。昼食の上級食堂サロンへ案内します」

 オーディン王子が何か言いたそうだ。馬房だな!

「オーディン様、馬房にはお茶の後で案内いたします。その頃には寮の部屋も整っているでしょう」


 今日は、本当は上級食堂サロンは開いていないが、母上が手配してくれている。

 それと、他国の王室から留学生がくるので、王妃様と相談してデザートの改革もした様だ。

 母上は、こういう点が気が利くので、外交官夫人として評価が高い。

 私も、自分の母上でなければ、憧れていたかもしれないが、息子には厳しいのだ。


 美味しいプチケーキといちごジャムが載ったクッキーだ。

 あの砂糖ザリザリのケーキは、ほとんどの学生が手を付けていなかった。どこかに寄付していたのか? 横流し疑問が湧くが、それは学園長達に任せておこう。


「美味しいな!」

 良かった。前のデザートでは、パリス王子やリュミエラ王女は一口でフォークを置いただろう。

「オーディン様は、ローレンス語が上手いですね」

 ああ、早速、パリス王子が軽く探りを入れている。

 これから、同時期に王位を嗣ぐ立場だから、気になるのか? デーン王国とソニア王国も国境を接している。

「ああ、家庭教師に厳しく指導されたからな。だが、ここの馬は小さいな」

 ムッ、それはデーン王国がスレイプニルを独占して、戦馬も少ししか外国に出さないからじゃないか!


「もしかして、スレイプニルを連れてこられたのですか?」

 パリス王子も、デーン王国がスレイプニルと戦馬の独占を図っている件は腹を立てているのだろう。探りを入れている。

「ああ、だけどスレイプニルは大使館に置いている。ほかの馬が怯えると困るからな」

 勇者アンドレイオスは、若いスレイプニルだけど、戦馬よりも速く走る。

 デーン王国からの帰りに、私の疾風号ヴェントは負けてしまったのだ。

「あのスレイプニルは素晴らしいですよね」

 パリス王子も一緒になって、スレイプニルの話で盛り上がる。


 しまった! つい、スレイプニルの事ばかり、オーディン王子とパリス王子と話して、リュミエラ王女とペイシェンスを放置していた。

 

 でも、ペイシェンスはマーガレット王女の側仕えをしているだけはある。

 初対面のリュミエラ王女とも話を合わせている。

「リチャード様から王立学園ではクラブ活動が盛んだとお聞きしましたの。私は歌が好きですと伝えたら、コーラスクラブとグリークラブがあると教えて下さいましたわ」

 この辺りの事は、私は全く知らないから、音楽クラブのペイシェンスに任せよう。


「ええ、主に女子学生が伝統的な歌を中心に活動しているコーラスクラブと、男子学生が多く、歌にダンスを取り入れたグリークラブです」

 ふむ、次代の王妃になるリュミエラ王女には、男子学生が多いグリークラブは相応しくないと考える大人がいるのだろう。


「多分、ビクトリア王妃様はコーラスクラブを勧められておられたのだと思いますわ。でも、リチャード様は私が二つのクラブの活動を見て決めたら良いと言われましたの」

 それなら、コーラスクラブで良いのでは?


「ペイシェンスは、音楽クラブと錬金術クラブに入っているとマーガレット様から聞きましたわ。音楽クラブから見て、どちらのクラブが優れていると思いますか?」

 ペイシェンスは、何と答えるのかな?

「私は、ビクトリア王妃様のお考えに従う方が良いと思います」

 リュミエラ王女が、クスクスと笑う。ペイシェンスは、上手く逃げたな。


「まぁ、優等生の答えね。大使夫人も、コーラスクラブを推していたわ。でも、グリークラブの活動を知らないのにね。私は、自分で見て選ぶわ」

 リュミエラ王女は、自分の考えを持っておられるようだな。

 ペイシェンスは、お淑やかに微笑んでいる。

 王妃様の考えにも逆らわない。リュミエラ王女の気持ちにも逆らわない。

 やはり、ペイシェンスは賢い! だから、マーガレット王女の側仕えに選ばれたのだし、リチャード王子の信頼も厚いのだ。


 そうこうしているうちに、各自の侍女や従僕達が部屋の用意が出来たと告げに来た。

「オーディン様、馬房に案内しましょうか?」

 そう声を掛けるとパリス王子も「私の愛馬白銀号シルバーも心配だから一緒に行こう!」と言い出した。

 

 リュミエラ王女のお世話はペイシェンスに丸投げになってしまったが、オーディン王子の戦馬とパリス王子の白銀号も素晴らしい馬だった。


 男子寮の特別室、1号室はキース王子、2号室はラルフ、3号室はヒューゴだ。4号室は、パリス王子、5号室はオーディン王子、そして私は6号室だ。

 部屋の中には、実家からの荷物が片付けられている。

 寮に入っても、女子寮のペイシェンスとは食堂でしか会えないじゃないか! と父上に文句を言いたくなった。

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