第171話 愛しのペイシェンス1……パーシバル視点

 私がペイシェンスを知ったのは、いつだったろう?


 中等科1年の青葉祭で、マーガレット王女の横にいた小さい側仕え。

 その日は、騎士クラブの試合で、エリック部長に負けたのが悔しくて、小さなペイシェンスは目に入っていなかった。


「マーガレット王女、一曲、お付き合い願えますか?」


 くさくさした気持ちを晴らす為に、マーガレット王女とダンスをしただけだ。


 あの頃の私は、中等科になり、騎士クラブと騎士コースに夢中だった。とても、充実した日々を送っていたのだ。

 でも、その夏休みに、父上に「将来は外交官になりなさい」と命じられた。

「でも、私は騎士コースなのですよ」

 子供じみた抗議など、外務大臣の父上には効かない。

「本当なら、今すぐにでも転科して欲しいが、お前は中途半端は嫌いだろう。騎士コースの単位を取って、2年の秋学期から文官コースに転科しなさい」

 父上の命令は、絶対だ! それに、モラン伯爵家は代々外交官を輩出している。

「文官コースに転科しても、騎士クラブは続けて良いでしょうか?」

 父上は、苦笑して認めてくれた。

騎士になりたかったけど、なるからには優秀な外交官を目指すつもりだ。


 1年末の収穫祭、尊敬するリチャード王子が卒業されるので、少しだけ参加した。

 リチャード王子が、マーガレット王女の側仕えのペイシェンスと踊っているのを見て、なかなか真面目に勤めているようだと評価したのを覚えている。

 

 そして、その冬休み、父上の従姉妹のモンテラシード伯爵夫人からペイシェンスとの縁談が持ち込まれたのだ。

 モンテラシード伯爵家は、母上の実家だから、縁談を持ち込まれても不思議ではない。

 普段、母上は考え方の古い義姉とは付き合いは最低限にされているが、縁談は別だ。

 貴族同士の結婚は、こうしたそれぞれの縁者から持ち込まれる場合が多い。


「ペイシェンスは、成績も優秀で、飛び級して、1年で中等科になったのですよ。それに、音楽クラブに属していますし、マーガレット王女の側仕えとして、夏休みは離宮にお呼ばれする程の信頼があるのです」

 父上は、グレンジャー子爵と従兄弟だから、乗り気だ。


「グレンジャー子爵家は、今は不遇だが、代々、文部大臣を出した学問の家柄だ。それに、優秀な令嬢は外交官の妻として相応しい」

 いずれは貴族の嫡男として、相応しい相手と結婚しなくてはいけないのは分かっているが、まだ14歳だし、相手のペイシェンスは11歳だ!


「勿論、まだ先の話ですわ。それと……」

 言いにくそうに、モンテラシード伯爵夫人は、自領の飢饉の際に、グレンジャー家の貯蓄を借りたので、ペイシェンスには十分な持参金は用意できないかもしれないと告げた。


「それは、問題ありません。貴族至上主義者から、王立学園を護る為に首を賭けられたのですから。法衣貴族の年金だけでは、ウィリアム様の暮らしもギリギリでしょう」

 幸いな事に、モラン伯爵領の管理は、優秀な人に任せてあるし、外務大臣の俸給もあるから、普通の貴族よりは金銭的に余裕がある。

 妻になる令嬢の持参金が無くて困る事はない。

 

 この縁談があったから、ペイシェンスを意識したのか? 

 それとも、ペイシェンスが中等科になって、教室移動で、よく見かける様になったからか? 

 マーガレット王女の側仕えとしてだけでなく、文官コースの教室へ急ぐペイシェンスとはよくすれ違う。その度に、目で追うようになった。

 飛び級しているから、他の女学生と比べても小柄なのだが、文官コースの男子学生と歩いていると、余計に華奢さが目立つ。


「クラスメイトなのだから、当たり前だ」

 何故か、ペイシェンスが男子学生達と仲良く話しながら教室移動をしているのを見るだけでも、心が波立つ。


 この当時の私の悩みは、騎士クラブがハモンド部長になってから、雰囲気が変な事だった。

 ハモンド部長は、初等科2年のキース王子を甘やかしすぎている。

 それと、魔法クラブに合同練習を強要したり、このところの騎士クラブの活動は悪い方向に進んでいるのではないかと感じていた。

 でも、騎士クラブは、体育会系だし、学年が上の人には逆らってはいけないのが原則だ。


 もやもやした気分だった私は、先輩のサリエス卿に「グレンジャー家の剣術指南に行くが、付き合わないか?」と誘われたので、参加する事にした。

 この時、少しだけペイシェンスの事を意識していたのかもしれない。

 それと、キース王子と親しいペイシェンスに、何か忠告して貰えるのではないかと、期待していたのかも?


 いきなり訪問するのはマナー違反だけど、サリエス卿の紹介に、できるだけ丁寧に礼をした。

「グレンジャー子爵、ペイシェンス様、申し訳ありません。サリエス卿がグレンジャー家に剣術指南に来られると聞いて一緒について来てしまいました」

「いや、サリエス卿もパーシバル様もわざわざ剣術指南に来ていただき、感謝する」

 グレンジャー子爵は、礼を言うと書斎に篭られた。武芸には興味がなさそうだ。


 庭で、ナシウスとヘンリーの剣術指南をする。なかなか真面目な態度で好感を持った。

 ナシウスは、風の魔法を使うが、まだ剣には十分乗せられていない。だが、ペイシェンスの弟だけあって、魔力量が多いから、コツを掴めば伸びるだろう。

 ヘンリーは、身体強化だから、スピードが速く、見ていて気持ちが良い。この子は良い騎士になる!

 ペイシェンスは、少しだけ見学していたが、屋敷に入った。

 他の女学生からの鬱陶しい視線に困っていた私は、少し嬉しくなった。粘着質なタイプは嫌いだからだ。

  

「練習を終えよう!」

 サリエス卿が終了を告げると「「ありがとうございました」」と2人がお礼を言う。

 なかなか可愛い。私には姉しかいないから、こんな弟が欲しかった。なんて思うのは、縁談が進むと本当に弟になると意識したのかも。


 屋敷に入ると、ペイシェンスがお茶を勧めてくれた。喉が渇いていたので、ありがたい!

 それに、少し訊きたい事もあるからね。


「おや、このサンドイッチは美味しいな」

 茹で卵は、美味しいソースと絡めてあり、こんなサンドイッチは初めて食べた。

 あっという間にサンドイッチは、私とサリエス卿のお腹に消えた。

 貴婦人は、自ら料理をする必要は無いが、美味しい料理でもてなすのは外交官夫人として優れた才能だ。

 この時、私は、胃袋をペイシェンスに掴まれたのかもしれない。


「ペイシェンス、今日は騎士クラブについて話したくてパーシバルを連れて来たのだ。何か騎士クラブについての噂を聞いてないか?」

 ペイシェンスは、なかなか口を開かなかったが、サリエス卿の実直さと私の真剣さに負けた。

「魔法クラブと乗馬クラブが騎士クラブの下位クラブ化しているとの噂を聞きましたわ。でも、私は音楽クラブですし、詳しくはありませんの」


 サリエス卿が苦々しい顔をした。私はギュッと拳を握りしめて怒りを抑える。

 騎士クラブの恥が、他のクラブの学生までに広がっているのを実感した。

「何故、ここに来られたのですか? 私は騎士クラブではないのに」


 私は重い口を開く。

「エリック部長が卒業されて、ハモンド部長になってから騎士クラブがおかしくなったのだ。初めは魔法クラブが練習に参加した事だ。それは良い事に思えた。攻撃の連携にもなるし、治療もしてもらえるから」

 そう、最初は悪い事とは思えなかったのだ。そして、今はどうしようもなくなっている。

 

「それだけじゃないだろ。パーシバル話せよ」

 これが一番の問題なのだ。

「ハモンド部長は、今年の青葉祭に初等科も出すつもりだと言うのだ。初等科の学生はまだ身体が出来てないから、参加させないと決まっているのに……キース王子におもねっているように感じる」

 ペイシェンスは驚いている。

「私はそんな事、全く知りませんわ」

「キース王子といつも昼食を一緒に食べているだろ。何か聞いていないかと思ったのだ。それとキース王子は騎士クラブについて何か話していなかったか?」

 でも、ペイシェンスは首を横に振る。


「そんな事は一言も聞いていません。私は魔法使いコースで魔法クラブの活動が最近変だと聞きました。それと今年入学した従兄弟のサミュエルが、乗馬クラブは騎士クラブの馬の面倒まで見させられるから入部しない事にしたと聞いただけです」

 それを聞いてサリエス卿が怒った。

「騎士が自分の馬の世話もしないとは何事だ! 弛んどる! よし、パーシバル。騎士達を集めるぞ。ハモンド達の根性を叩き直してやる!」

 困った! 先輩の騎士達に殴り込まれたら、大問題だ。


「サリエス卿、少し落ち着きになって。音楽クラブのアルバート部長も今度の部長会議で議題に上げると仰っていましたわ。卒業された方が口を出しては問題を大きくしてしまいます。学生会に任せた方が良いです」

 ペイシェンスが穏やかに諌めてくれたので、サリエス卿は気まずそうに椅子に座り直した。

 良かった! 騎士クラブの先輩だから、私からは止めにくかったのだ。


 私は、サリエス卿がペイシェンスが勧めるお茶を飲んでいる間に、解決策を提案する。

「魔法クラブとの練習を変更するのは私が手を回します。変だと感じている騎士クラブメンバーも多いですから。それと乗馬クラブの件は私も知りませんでした。馬の世話は初等科がしていますから。これもクラブで話し合います。私と同じく知らないメンバーも多いと思います」


 後の問題は青葉祭の試合だ。ハモンド部長は、キース王子が出たがっているから、初等科の参加を許すつもりなのだ。

「青葉祭の試合の件は部長の権限では無いのですか? 去年、リチャード王子がそう言っておられましたわ」

 私達は黙り込んだ。そのハモンド部長がキース王子のご機嫌取りをしているのだ。


「ペイシェンスからキース王子に言う、なんてできないよな」

 サリエス卿の言葉は、拒否されたが、良い案をもらった。

「リチャード王子に相談してみては如何でしょう」

 名案だけど、誰がリチャード王子に言うかだ。

「誰かロマノ大学に知り合いはいないか? 私は年が離れ過ぎている」

 私は腕を組んで唸っていたが、ハッと思い出す。

「従兄弟のミッシェル様がロマノ大学の3年にいる。彼に話して貰おう」

「ミッシェル・オーエンか。奴なら私も知っている」

「ペイシェンス、ありがとう。ではな!」

「ペイシェンス様、ありがとうございます。失礼いたします」

 

 私達は、ミッシェル・オーエンにリチャード王子との橋渡しをして貰った。

「後は、任せるぞ!」

 サリエス卿は、卒業しているから、在学生の私に丸投げだ。


 

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