第116話 えええ!

 これで、ゲイツ様の用事は終わったね! 午後からは、パーシバルとアップタウンにデートに行こう。

「ゲイツ様も昼食を一緒に……」

 えええ、父親は新作を全部読めるのに気が良くなったのかしら? それともマナーだから?

「それは嬉しいです! ペイシェンス様の料理は美味しいですから」

 まぁ、パーシバルも招待する予定だったから、昼食は少し豪華にして貰っているけどね。


 昼食は、エバが気に入ったのかツナサラダの前菜と蕪のポタージュとゲームパイ用に買ったビッグボアの残りの赤ワイン煮、デザートはブラウニーのアイスクリーム添えだ。

「やはり、ペイシェンス様の料理は美味しいですね。魚のコンフィなんて、食べたいとも思わなかったのに、凄く柔らかくてクセになりそうです」

 それは、全てエバの腕が良いからだよ。

「うちの料理人助手を鍛えて欲しいです。勿論、彼の給料は私が持ちますし、材料費も負担しますから」

 あっ、忘れていたよ!

「パーシバル様、料理人を育てないといけなかったのですわ!」

 エバに訊いたら、やはり付いて行きたいと言ってくれた。つまり、グレンジャー家の料理人が必要なのだ。


「それは、是非、育てる必要がありますね。これほどの腕と新しいレシピを作れる料理人は引く手数多でしょうから。母も欲しがりそうです」

 ゲイツ様が、自分の所のも! と押し込む。

「その代わり、私がナシウス君とヘンリー君に魔法を直々に教えてあげます。これなら、十分な対価になるでしょう」

 まぁ、それなら良いかな? と思っていたけど、父親とパーシバルは驚いている。

「王宮魔法師のゲイツ様が直々にですか?」

 私も教えて貰っているけど?

「ペイシェンス様は、陛下が言われたからでしょう?」

 パーシバルは、すぐに私の考えている事がわかるね!

「ふふふ……、これで美味しい料理がいつでも食べられるようになります」

 まぁ、エバに聞いてからだよ!


 エバは、助手を育てるのを了承してくれた。

「グレンジャー家を離れる前に、ちゃんとした料理人を育てておきたいですから」

 律儀なエバらしい返事だったよ。

「あと、メイドと下女も必要だとメアリーが言いましたの。今は、キャリーを教育している途中ですけど……」

 パーシバルは、執事と従僕や馬丁や下男はモラン伯爵家で教育すると請けあってくれた。


「ペイシェンス様、雇人は十分に信用できる人にしないといけませんよ」

 ゲイツ様に注意された。

「でも、グレンジャー家には領地もありませんし……私は、孤児院の女の子の働き場所になれば良いかなと思っているのです」

 ゲイツ様は、少し考えて頷く。

「かえって、その方が変な貴族の息が掛かっていないかもしれませんね。それに、ペイシェンス様の勘を信じても良さそうです」

 勘? それで良いの?

「ふふふ……勘は馬鹿にできませんよ。嫌な感じがしたら、どれほど良い紹介状を持参しても雇ってはいけません」

 ふうん、何か実感が篭っているね。


 昼食が終わったから、パーシバルと出かけたい。つまり、ゲイツ様には帰って貰いたいのだけど、ペイシェンスのマナーがそれを言うのは駄目だと口を閉じさせる。

「ペイシェンス様は、冬休みにモラン伯爵領に行かれるそうですが、グレンジャーを見に行く予定だからですよね? 何か思いつかれたのではないでしょうか?」

 うっ、昨日、パーシバルと話し合ったのを地獄耳で知ったのかしら?


 私は、パーシバルの顔をチラリと見る。何処まで話したら良いのかわからないからだ。

「ペイシェンス様、計画が実行可能か、ゲイツ様に相談した方が良いかもしれませんよ」

 まぁ、確かにゲイツ様が天才なのは確かなんだけどさぁ……パーシバルとの生活にぐぃぐぃ入り込まれるのはちょっと困る。

「ローレンス王国で、私ほど魔法や錬金術に詳しい人はいません!」

 自信満々だけど、それが事実だからね。


「メアリー、部屋からメモ帳を持って来て」

 食卓では話し難いので、応接室に移動する。父親にも聞いて欲しかったけど、書斎に篭っちゃった。休日は、読書と決めているみたい。

「先ずは、一番簡単なライナ川の浚渫です。前にリチャード王子の製塩場を作る時に、海水を汲み上げるポンプを作って貰ったバーミリオン・バルーシュ様に相談して、より強力なポンプを作って貰えば、浚渫に利用できないかなと考えています」

 ゲイツ様は「バーミリオン・バルーシュ? 前にロマノ大学にいた錬金術師ですね」と思い出したみたい。

「彼は水の汲み上げポンプについての考察を発表していたと思います」

 うっ、記憶力抜群だよ! 暗記術を習いたいな。


「そうなのです! だから……」と言いかけたら、手で止められた。

「ふふふ……、バーミリオンなんかより私の方が強力なポンプをつくれますよ!」

 うっ、それは、そうかもしれないけどさぁ……嫌な予感がする。

「ペイシェンス様?」

 まだパーシバルは、ゲイツ様をよく知っていないから、怪訝な顔をして私が黙りこくっているのを見ている。


「ペイシェンス様、冬休みにライナ川を視察しましょう!」

 あああ、やっぱり!

「婚約して初めての旅行なのですよ!」

 ついて来ないで! と語気を荒げてしまった。

「でも、領地候補の視察でしょう? 実現可能か調べないと意味がないのでは?」

 パーシバルが横で笑っている。他人事じゃないのにさぁ!

「ゲイツ様、是非、一緒に来て下さい」

 うっ、モラン伯爵家に滞在する予定だから、パーシバルが許可したら、もう決定じゃん。ぷんぷん!

「ペイシェンス様、その方が効率的ですよ」

 パーシバルが宥めるけど、ゲイツ様がいるから様付けだし、しおしおな気分! だって、2人で旅行したかったの!


「ああ、ついでにナシウス君とヘンリー君も連れて行ったら如何でしょう? 私もいつもは暇がありませんが、旅行中なら魔法を教えたりできますからね」

 いや、今もこうしてデートの邪魔をしているじゃん! まぁ、調査については感謝しているけどね。

「それは、料理人の助手を育てるのだからと言われたでしょう!」

 おっ、パーシバルが手を叩いて笑っている。

「ペイシェンス様は、なかなか交渉が上手いですね」

 ふぅと、大きな溜息をついて、ゲイツ様が他の提案をする。

「では、その横に座っているパーシバルにも魔法の訓練をしてあげましょう。それに他にも考えているのでしょ?」

 あっ、それは嬉しい! パーシバルの魔法能力が高くなれば、怪我をする可能性が低くなるからね。


「他の案は……遠浅の沿岸に住み着いたマッドクラブを缶詰にしたいなぁと思っているのです」

 缶詰の作り方から説明する。

「ふむ、これは良いですね! 美味しいマッドクラブをロマノでも食べられます」

 あっ、王宮魔法師なのに軍事理由より、美味しい蟹缶の方が優先なのかしら? 何だか、私に似ているようで嫌だ。

「ゲイツ様は、軍事利用も考えておられますよ」

 ううん、パーシバルも私の考えが全てわかるとかないよね?

「缶詰は、魚のコンフィとか、ビッグボアの赤ワイン煮とか、様々な食品で作れます。ただ、その工場の動力源が問題なのです。普通の魔石を使って作ったら、高価になり過ぎます」

 ゲイツ様は、私が考えている事がお見通しだ。

「クズ魔石を固めて動力源にしたいとお考えなのですね!」

 それもあるけどさ、他の方法も考えている。


「ライナ川に砂防ダムを作って、そこで堰き止められた水が高所から落ちるエネルギーを取り出して使えたら良いと考えたのですが、これは実現可能かわかりません」

 ゲイツ様にメモ帳を差し出す。

「ふむ、ふむ、夏休みに言われていたエネルギーですね! 水が高所から落ちるエネルギーで、タービンを回す。これで電気エレキテルを作って、それで缶詰工場を動かすシステムですか! やはり、ペイシェンス様は面白い!」

 ああ、ゲイツ様なら作れそうなのだ。協力してもらうしか無いかも? でも、でも、婚約して初旅行なのに! ぐっすん!

 

 パーシバルが抱きしめてくれたけど……私と2人の旅行より、ゲイツ様と効率的な領地改革を選んだじゃん! ぷんぷん!

「ペイシェンス様、ドレスメーカーを見に行きましょう!」

 ぶー、それでご機嫌はなおらないよ! でも、行きたい!

「冒険者ギルドにも寄りたいのです」

 つい、我儘を言ってドツボに嵌った。しまった!

「それは、魔法伝導の良い物質を探す為ですか? 魔法省にはあらゆる素材が集められていますよ」

 いや、それはわかっているけど、私はパーシバルと冒険者ギルドに行きたかったのだ。

「ゲイツ様は、そちらで素材を探して下さい。私は、思いがけない素材を探しにパーシバル様と冒険者ギルドに行ってみますわ」

 だって、異世界転生したからには、冒険者ギルドに行って、ギルド登録したり、レベルアップしたりしたいじゃん! まぁ、魔物討伐は、冬の魔物討伐だけで十分だから、レベルアップはしそうに無いけどさ。


 ぐっすん! 甘えようとして、失敗しちゃった。午後からのアップタウンデートに、ゲイツ様も同行だよ……悲しい。

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