第111話 昼食会で疲れたよ

 皆は、口々に料理の美味しさを褒めてくれたし、父親も他の教授達と楽しそうに会話していたから、良かった。

 なんて、油断した訳じゃないけど、応接室に夫人達が立った瞬間に、カルメンに捕まった。

 晩餐会みたいに、紳士方だけ食堂に残る訳じゃないけど、お手洗いを使いたい方もいるかもしれないから、時間差で席を立ったのだ。


「ペイシェンス様は、ラフォーレ公爵のご子息と親しいのですよね」

 まぁ、アルバートは部長だからね。

「同じ音楽クラブですから……」

 何が聞きたいのか理解不能だ。

「でも、他の方と婚約されたのですわよね!」

 えっ、もしかしてアルバート狙いなの? カルメンは、年上に見えるけど、濃い化粧をしているから年齢がよくわからない。

「ええ、パーシバル様と婚約していますわ」

 にっこりと笑った顔がやはり怖い。肉食獣に見える。

「なら、私がアルバート様の愛人になっても文句はありませんわね」

 クラクラしてきた。

「妻ではなく、愛人希望なのですか?」

 少し驚いた顔をして、笑う。

「公爵家の次男と結婚したいと願うほど身の程知らずではありませんわ。パトロンになって貰えれば十分です」

 アルバートは、まだ15歳だけど、良いのかな? まぁ、父親も独身だから、そちらに乗り換えるのもアリかも?

 チャールズ様が何とかしてくれそうだから、私は知らないよ。


 応接室では、私はアマリア伯母様の横に座って、大人しくしておく予定だった。

 ちょっと、ヴォルフガング教授! 椅子を運んで来て、私の横に座らないで! 

 夫人は放置ですか? ああ、遺跡調査でいないのに慣れているのか、他の夫人と仲良くチョコレートを摘んでいる。

「学長には、ペイシェンス様とお話ししたいと何度も何度も要求したのに断られたのです。寮に入っているからと! でも、週末はお暇でしょうに!」

 転生して、初めて父親に感謝したよ。まぁ、パーシバルを信じて待つようにアドバイスされた時も少し感謝したけどね。

 ただ、面倒臭いと感じただけかもしれないけどさ。週末は読書の時間にしたいみたいだから。


「私は、婚約者とデートで忙しいのです!」

 きっぱりと断っておくよ。

「ええええ……もしかして、ロマノ大学に進学しないで結婚するのですか?」

 ああ、もうそれでも良い気分になったけど、学ばなくてはいけない事が山積みなんだ。

「婚約したら、しなくてはいけない事がいっぱいありますわ」

 アマリア伯母様の多分ユージーヌ卿への鬱憤が噴き出した。

 ルシウスの婚約者のサマンサ様は、長年待っていたから、きっと準備万端なのだろう。

 ユージーヌ卿の母親はきゃんきゃん言うだろうけど、笑って無視しそうだものね。


 数々のナプキン、ピロー、シーツ、ハンカチ、あらゆる布製品に刺繍を施すとか、用意すべき品々を捲し立てたので、流石のヴォルフガング教授もタジタジだ。

「ペイシェンスには母親もいませんから、これから私達がしっかり指導しなくてはいけません」

 ひぇぇぇ〜! 確かに訊かないと困る事も多いけど、できたらシャーロッテ伯母様かリリアナ伯母様かラシーヌ様かモラン伯爵夫人の指導にして欲しい。

 ユージーヌ卿への鬱憤の捌け口にされたくないよ。

 まぁ、ユージーヌ卿は、そんな当て擦りは気にしないタイプだけどね。


 前門の虎後門の狼! ヴォルフガング教授が困惑していたら、クレーマン教授からの提案が降ってきた。

「ペイシェンス嬢は、音楽クラブに属していると聞きました。私も音楽クラブのOB なのですよ。是非、新曲をお聴きしたいです」

 まぁ、歴史学科に入るよりはマシかも?

「そうね、ペイシェンス! ハノンを弾いてちょうだい」

 伯母様も、捲し立てて喉が渇いたのか、お茶とクッキーを摘んでいる。


 何を弾こうかな? アルバートが知っている曲は、きっともう楽譜を見ているだろう。

 収穫祭って、前世のクリスマスと時期が似ているよね。

「収穫祭の曲を何曲かメドレーで弾きます」

 こんな時は、軽い感じの曲の方が良いと思ったのだ。

 クリスマスソングを思い出しながら、何曲か弾いたよ。

「まぁ、とても綺麗な曲だわ。歌詞は無いのかしら?」

 カルメンは気に入ったみたい。他の人も拍手してくれた。

「ふん、庶民受けしそうな曲ですね!」

 まぁ、高尚な曲はクレーマン教授に任せるよ。


「カルメン、聖歌K15クレーマン番を歌ってくれ」

 クレーマンがハノンを弾いて、カルメンが聖歌を素晴らしい声で歌い上げた。

 歌姫ディーバの名前に相応しい声量だけど、昼食会に聴くには聖歌は重いかもね。

「素晴らしいですわ!」

 アマリア伯母様の声に皆も拍手する。勿論、私も拍手したよ。

「ペイシェンス嬢は、もっと本格的に音楽の勉強をすれば、良い音楽を作れるようになります」

 ああ、それは遠慮しておきたい。


「ペイシェンスは、結婚の準備で忙しいから、音楽は程々で結構ですわ! 近頃の若い娘は、昔ながらの花嫁修行をなおざりにしすぎですからね」

 おお、アマリア伯母様、芸術学科の教授にも自分の説は曲げないね。

 流石のクレーマン教授も、頑固そうな伯爵夫人には逆らわない処世術はある。

 

 他の教授夫人達も、色々と若い人には文句があるみたい。これは、前世でも一緒だね! いつの時代でも、年配の人は若い人には文句があるのだ。

 若い私とカルメンは、ハノンに逃げて、バックミュージック係に専念する。


 カルメンって、よく見るとかなり若い。10代だと思うけど……年齢不詳だね!

「2台のハノンの為の練習曲、とても面白いわ」

 本当に、アルバートの持っている曲は全て暗譜しているみたい。

「カルメン様は、お若いと思うけど、何故、愛人志望なのですか?」

 ふふふ……とカルメンは笑う。

「親に田舎の金持ちと結婚させられそうになって逃げ出したの。ルノー様に拾われて助かったのよ。歌姫ディーバは私の天職だと思う。結婚して辞めたくないわ。愛人なら続けられるでしょ?」

 クレーマン教授と結婚はしないの? 疑問が顔に出ていたみたい。耳の側で囁く。

「ルノー様は綺麗な男の人が好きなの」

 ああ、それは……結婚は無理だね!


 愛人志望と聞いて、カルメンは変な人だと思ったけど、こちらの世界では芸術家はパトロンを持たないと生活していけない。

 クレーマン教授もラフォーレ公爵の庇護を受けようと必死だしね。教授の俸給だけでは、自分が考える生活レベルを維持できないのかな?


 なんて考えているうちに、昼食会はお開きの時間になった。

 常識のある教授夫人達が「とても楽しい時間を過ごさせて頂きました」と父親とモンテラシード伯爵夫人にお礼を言っている。

「ペイシェンス様、先程の収穫祭の曲に是非とも歌詞をお付け下さい」

 カルメンも私に一言残して、ハノンの前から立ち去り、クレーマン教授と共に父親とモンテラシード伯爵夫人に挨拶している。


 やれやれ、疲れたよ。でも、何とか笑顔キープで教授達をお見送りする。

 メアリーが夫人達にチョコレートの箱をお土産に渡している。

 ヴォルフガング教授も、奥様に連れられて馬車に乗った。

「ペイシェンス、お疲れ様でしたね。料理もとても素晴らしかったわ」

 アマリア伯母様に労われた。

「ペイシェンス、とても良い昼食会だった」

 父親にも感謝されたけど、アマリア伯母様はヴォルフガング教授とクレーマン教授は少し常識が無いのではと苦言を呈している。

 私は、笑顔キープで黙って聞いているだけだ。

「アマリア、そろそろ私達も帰ろう」

 モンテラシード伯爵が、私達が疲れているのを気遣ってくれたよ。


 やっと全員が帰ったので、私はエバを労ってから、部屋で少し休む。パーシバルが来るまでに、元気になっておきたいからね。

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