第100話 予定変更
日曜は、朝からパーシバルが来る。そう思うと寝られない。
「新居探しだなんて、浮き浮きするわ」
ただ、費用が幾ら必要なのか? 全く知らないのが不安なんだよね。
夕食後、父親に金銭的な問題を訊ねたけど、全く要領を得なかった。
だから、ワイヤットに訊ねたのだ。
「お嬢様の持参金は、男爵としての土地で十分です。後の資金は、ご自分の欲しいものにお使い下さい」
つまり、花嫁道具は、自分で用意しなくてはいけないのだ。
グレンジャー家に余分なお金が無いのはわかっているし、これから弟達の結婚の時までに貯めなくてはいけないのだから、それは良い。
私には、どこまで用意しなくてはいけないのかがわからないから訊いているのだ。
「明日、パーシバル様と屋敷を見に行くのですが、その費用はどうなるのかしら?」
ワイヤットは「おめでとうございます」とまずは喜んでくれた。
「屋敷は、モラン伯爵家が用意するのが普通でしょう。屋敷の補修は、モラン伯爵家側ですが、内装や家具は花嫁の好みで誂えるのが一般的ですね」
ふう、内装に幾ら掛かるのか見当もつかないよ。メアリーに通帳記入して貰っておこう。
「内装の専門家とかはいないのかしら?」
前世ではいたよね! どうせなら、トータルコーディネートしたいな。
「いますよ。それに新居を構える時は、専門家に任せると間違いがありません」
それは、どうやって頼むのかしら?
「親戚の屋敷で気に入った家具や壁紙などを施した内装専門家を教えてもらい、そこに頼むのが多いのです。他人だと教えて貰えない場合もありますからね。それか、モラン伯爵夫人に相談されても良いかもしれません」
これまで訪問した屋敷を色々と思い出す。
豪華なのはバーンズ公爵家が一番だね。でも、公爵家としての格式が必要だからだろう。
私は、もっとシンプルな方が良い。これもパーシバルと一緒に考えよう!
こういうのを話し合うのは、何だかくすぐったいような嬉しさが込み上げてくるね。
日曜の朝もオルゴール体操から始まる。弟達も上手く魔素を取り込むようになってきた。
「おはようございます」
カミュ先生も一緒に体操するのかと驚いた。
でも、考えたら普段も弟達は毎朝、この体操をしているのだから、一緒にやっているのかもね。
「カミュ先生も体操をされているのですか?」
にっこりと笑って頷く。
「ええ、1日の始まりに体操をするのは良い事だと思いますわ。それに肩が凝らなくなりましたの」
4人でオルゴール体操を終えて、朝食だ。
「お姉様は、パーシバル様とお出かけなのですよね」
ナシウス? 一緒にお出かけしたいのかな?
「ええ、そうですけど?」
少し残念そうな顔だけど、デートに弟同伴は少し困る。
「今日はカミュ先生の息子さん達が剣術指南に来て下さるのです。パーシバル様も一緒に練習したら楽しいかなと思ったのですが、御用があるなら駄目ですね」
パーシバルは参加したいと思いそう。それに、私も一度、カミュ先生の息子さんにはお礼を言っておきたかった。
「なら、少し参加するかもしれませんわ。パーシバル様次第ですけど」
ここまでは良かったけど、剣術だけじゃなく、乗馬訓練もするみたい。
ナシウスは、私が乗馬訓練を避けているの気づいたのかも?
「あっ、マシューとルーツにも参加して貰いましょう」
家探しは昼からになりそうだ。これは、パーシバルと相談しよう。
パーシバルが来る前にカミュ先生の息子さん達が到着した。
全員が茶色の髪と茶色の目で、下の2人は双子だけど、三つ子に見えるほど、よく似ている。
挨拶をし掛けたら、パーシバルが到着したので、一緒に自己紹介する。
「バートレット・カミュです。大学3年生です」
長男は騎士になって、カミュ家の領地を安堵しなくてはいけないみたい。
「ケインズ・カミュです。大学1年生です。私だけ文官を目指しているのです」
少しだけ、ケインズは線が細い。他の2人は鍛え抜かれているから、そう見えるけど、普通の文官コースの学生よりはがっちりしているよ。
「ガランス・カミュです。本当は王立学園を卒業したら、すぐに騎士団にはいりたかったのですが、母が大学に行くように言うので学んでいます」
父親が亡くなったから、騎士団に入って負担を減らしたかったのだろう。
「皆様、お久しぶりです」
パーシバルは、全員を知っているみたい。そうか、騎士クラブだったのだ。
「ケインズ様も騎士クラブでしたの?」
文官を目指しているのに変わっているね?
「ええ、他の兄弟に引っ張られて騎士クラブに入りましたが、あまり真面目なメンバーではありませんでした。それに中等科からは学生会に属していたのです」
ああ、そちらの方が向いていそう。
「弟達の剣術指南をして下さり、ありがとうございます」
先ずはお礼を言わなくてはね!
「いや、母に会いに来たついでに、少し教えているだけだから」
バートレットが笑って答える。
弟達が待っているから、剣術指南を始める。
「パーシバル様も参加されますか?」
聞くまでもなく「ええ!」と目が輝いている。
「でも、新居を見に行く予定ですけど?」
困った顔のパーシバル、可愛いな。
「仲介業者に、昼からにして貰います。ペイシェンス様は、それで宜しいでしょうか?」
パーシバルは、サラサラとメモを書いて、馬丁に届けるように命じた。
「それなら、私も乗馬訓練をしますわ。このところ全然していませんでしたから」
パーシバルがクスクスと笑う。
「ナシウスに言われたのですね!」
お見通しだよ。
私は、外出着を着ていたから、部屋で着替える。
物置部屋から引っ張り出した、古い黒の喪服を生活魔法で新品にして、上着と長いキュロットスカートに縫い直したのだ。
胸元にはブラウスの白のレースがひらひらしてて、格好だけは乗馬が上手そうに見える。
乗馬の時は、本当はブーツだ。ゴム長靴なのは少し格好が悪いけど、ほとんど見えないから良い事にする。
「お嬢様、その長靴は……」
メアリーが眉を顰めている。
「冬の討伐までには、もう少し格好良い長靴を作るわ」
ジッパーができたので、もっと細身でも脱ぎやすくなるからね。
皮のブーツは、討伐の泥道には向いてないと私は思う。
私が着替えて下に降りたら、パーシバルは、バートレットと手合わせしていた。
ナシウス、ヘンリーは、双子に習っている。
「ペイシェンス様、その服は素敵ですね!」
カミュ先生が乗馬を教えてくれるみたい。
「服装だけは……私は乗馬が苦手なのです。馬から落ちたら怪我をしそうで、臆病なのですわ」
少し考えてから、カミュ先生は口を開いた。
「落馬しても、大丈夫だと思えば恐怖心を克服できるかもしれませんね」
あっ、そうかもしれない。馬は大人しくさせられるのだ。なのに、乗馬が苦手なのは、落馬が怖いから。
「上手い落ち方とかあるのでしょうか?」
尋ねると、カミュ先生はクスクスと笑いながら、ヘンリーの剣術を見ているガランスを呼ぶ。
「ガランス、まだ子供の頃にしていた曲乗りはできるかしら? ペイシェンス様は落馬が怖いみたいですの」
何か違う気がするけど、ガランスの曲乗りを見学する。
「えええ、無理!」
パンと飛び乗るところから驚いたけど、鞍の上に立って走らせているよ。
そこから、宙返りして着地! 身体強化の技だよね。
「落ちるのではなく、降りたら良いのです!」
ガランスは、にっこりと笑うけど、無理ゲーだよ。
「お姉様は、魔法が得意だから、着地を上手くしたら良いのでは?」
全員が手を止めてガランスの曲乗りを見ていた。
ナシウスの提案を少し考える。ゲイツ様は風の魔法で空を飛んでいたのだ。
「空を飛ばなくても、エアクッションぐらいならできるかも?」
馬から落ちるのは、やはり怖いから、乗馬台から落ちる事にする。
エアクッションのイメージを強く持って横に倒れる。
「危ない!」
パーシバルが抱き上げてくれたけど、これでは練習にならない。
「パーシバル様、馬から落ちる練習をしていたのですけど……」
パーシバルが苦笑しながら、降ろしてくれた。
「咄嗟に身体が動いてしまいました」
全員に笑われたよ。
「さぁ、今度は見ています」
乗馬台に乗って、横に倒れる!
「エアクッション!」
プンカ! と地面よりわずかに浮いて倒れる。
「大丈夫ですか?」
すぐにパーシバルが手を持って引き起こしてくれる。
「ええ、大丈夫ですわ」
顔についた土を「綺麗になれ!」とどけておく。
「これなら、落ちても大丈夫ですわ」
パーシバルにクスクスと笑われたよ。
「普通は、落ちないようにするのですが、ペイシェンスは変わっていますね」
ぶー! 乗馬が得意なパーシバルには理解できないみたい。
カミュ先生に、乗馬を習う。女の人に貴婦人乗りのコツを詳しく教えてもらったからか、落馬の恐怖心が薄れたからか、少し上達した気がする。
「これぐらい乗れたら大丈夫ですよ」
褒めて貰えると、乗馬の訓練を続けても良い気になる。単純だね!
今日はここまでにして、剣術指南を見学する。
あっ、マシューとルーツも参加している。
「パーシバル様、どうでしょう?」
練習している様子を見ただけでは、私には従者に適しているのかわからない。
「2人とも楽しんでいますが、やはりルーツの方が活発かな? 本人の気持ちも訊かないといけませんけどね」
マシューよりルーツの方がヤンチャだからかな?
マシューとルーツを呼んで、パーシバルが説明する。
「ヘンリーは騎士になると言っている。騎士の従者は、側に付き添って世話をしたり、戦闘にも参加する場合もある。やる気があるなら、今から乗馬と剣術の訓練を始めないといけない」
ルーツが「やります!」と手を挙げた。
「ルーツできるのか?」
マシューが心配そうな顔をするが、ルーツは「できるよ!」と言い切る。
パーシバルは、笑うとルーツの肩をパンと叩いた。
「これからは、ヘンリーの剣術訓練の時は参加する様に!」
マシューも「俺も参加します!」と言い、「いいだろう!」と許可される。
「必要ないのでは?」と私が驚いていると、パーシバルに笑われた。
「今はローレンス王国は平和ですが、戦争になれば男性は徴兵されます。身を護る手段を持っていた方が良いのです」
そうか、だから文官コースの男子学生も剣術を習うのだ。私は、平和ボケしているな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます