第79話 拘束魔法

 木曜、私は家に手紙を送って、メアリーにチョコレートファウンテンの材料を持ってきて貰った。

 気が重たいけど、王宮に行く。

「ペイシェンス様! パーシバルと婚約されるだなんて酷いです」

 ああ、一言目からこの調子なんだ。もう知っているのだ!

「だって、好きだから仕方ありませんわ」

 大きな溜息をついたゲイツ様を、サリンジャーさんが心配そうに見つめている。


「それより、流行病の方は大丈夫なのでしょうか? お忙しいのなら、授業はお休みでも良いのですが……」

 ふん! と胸を張ってゲイツ様は「大丈夫です!」と言い切った。

 本当かな? とサリンジャーさんをチラリと見ると、頷いて説明してくれた。

「王都には流行病を入れずに済みそうですし、各港や街にもなんとか入り込ませない体制を整えています」

 港に入る船の検疫では、何人もの罹患者を隔離して、上級回復薬で治療しているそうだ。

「ただ、コルドバ王国のモース港は、かなりの流行病の患者が出たそうです。ソニア王国やエステナ聖皇国にも流行病は広がったみたいです」

 それは、大変だ! 私の顔を見て、ゲイツ様は肩を竦める。

「ソニア王国やエステナ聖皇国には、ローレンス王国に派遣されているより魔力の強い司祭達がいますから、浄化も治療も本当ならもっと素早く対応できて当然なのです。コルドバ王国が、モース港を封鎖して、他の港や街に広げなかったのは、初期の対応が良かったからですね」

 ドロースス船長がモース港を封鎖したから、全土には広がらなかったのかも?

 魔法省は、各港に浄化できる魔法使いを派遣したり、上級回復薬を輸送したりと忙しそうだけど、ゲイツ様は、もう暇にしているみたい。

「そんな事は、他の人がやれば良いのです。サーモグラフィースクリーン、エアカーテン、浄化ゲートを作ったのですから」

 うん? 王都に掛けている防衛魔法は?

「ああ、ペイシェンス様が考えられた王都に流行病を入れない防衛魔法は、今は掛けていません。今回は、16年前程の流行ではありませんからね」

 まぁ、あれを掛け続けるのは疲れるよ。

「あれの魔法陣は作りましたが、魔石の消耗が激しくて、もっと研究が必要ですね」

 うっ、ちょっと悔しい! もっと勉強して、あの出鱈目な魔法を使わなくても、スラスラ書けるようになりたい。


「では、拘束魔法の練習をしましょう!」

 あれっ? パーシバルとの婚約は、もう良いのかな? 疑問が顔に出ていたみたい。

「ペイシェンス様がパーシバルを好きだと言われるのなら仕方がありません。でも、私との友情は永遠です」

 まぁ、それで良いなら、こちらには好都合だけど? 何だか呆気に取られてしまう。まぁ、本気ではなかったのかも?


「拘束とは、相手の身体を縛りつけて動けなくするのです」

 それの言葉の意味はわかるけど、どうやって動けなくするのかな?

「一番簡単なのは、空気で縛りつける方法ですね」

 えっ、私に掛けるの? 少し緊張するよ。

「ペイシェンス様を傷つけたりしませんよ。少しだけ動けなくなるだけです」

 部屋の真ん中に立って、ドキドキして待つ。

「ペイシェンス様の周りの空気よ、柔らかく身体を包み、動きを止めろ!」

 えっ、キュッと締め付けられている。

「動けませんわ!」

 ゲイツ様は、当たり前ですと笑う。

「では、今度はこの拘束を防衛魔法で防いで下さい」

 あっ、そうか魔法攻撃になるのだから、防衛魔法で防げるはずだよね。

防衛魔法バリア!」

 今度は拘束されなかった。


「防衛魔法はかなり上達していますね。今度はペイシェンス様が私に拘束を掛けて下さい」

 魔法はイメージ力が大切だと思う。ゲイツ様を空気で包んで動けなくする。

 ふと、遊園地のバブルを思い出した。強化プラスチックの球の中に入って転がる遊具だよ。

「ゲイツ様、拘束!」

 えええ、空気のバブルの中でゲイツ様が回転している!

「解除!」

 ゲイツ様としては、珍しく無詠唱だ。

「ペイシェンス様、酷いですよ! 目が回りそうでした」

 プッと、サリンジャーさんが吹き出した。

「サリンジャー! 今度は貴方が掛けられたら良いのでは?」

 乱れた髪を手で整えながら、ゲイツ様が怒る。

「いえ、私には即座に解除する自信がありませんから、ここは王宮魔法師のゲイツ様にご指導をお願いします」

 ゲイツ様は「仕方ありません」と言ったけど、実技は後にする事になったよ。


 ソファーに座って、イメージ練習からだ。

「空気の縄を作って、身体に巻き付けて拘束するイメージを思い浮かべて下さい」

 ああ、そっちだね!

「でも、相手が風の魔法使いだと、即座に解除されてしまいます」

 なるほど! 相手の方が専門だからね。

「その場合は、土で拘束しても良いのです。風の魔法使いは、土と相性が良くないですからね」

 それは魔法学で丸暗記した内容だよ。水と火、風と土は相性が良くないんだ。でも、稀に2つ持っている人もいるみたいだけどね。

「それと、金属を利用するのも有効です」

 ゲイツ様は金の腕輪を嵌めていた。

「金の腕輪よ、ペイシェンス様の腕と繋がれ!」

 スルスルと金の腕輪から線が伸びて私の腕に絡みついた。

「凄いですわ!」

 そんな呑気な事を言っている場合ではなかった。

「金の腕輪よ、ペイシェンス様を我が元に!」

 腕を引っ張られてゲイツ様の方に引き寄せられる。

「解除!」

 プッツンと細い線を切るイメージで解除する。

「うん、なかなか上手に解除しましたね」

 これって、捕まえるのには便利だけど、逃げたり、防衛するのはどうなのかな?

「引き寄せなくても、遠くに投げても良いのですよ」

 ああ、そうか!

「やってみますか?」

 ゲイツ様から金の腕輪を嵌めて貰う。近くで見ると、細い線が絡んでいる様な繊細な模様が施されている。

「これは……魔法陣に似ているような?」

 魔法陣の全てを知っている訳じゃないけど、少し違う気がする。

「ふふふ……これは古代の拘束魔法陣ですよ。祖父の持っていた古文書にあったのを見つけて、私が作ったのです」

 やはり、ゲイツ様は天才なのかも?


 それから実技だ。今度は空気の拘束もちゃんとできた。

「でも、この程度だと簡単に解除できます。見本はペイシェンス様の事を考えて弱い拘束でしたが、もっときつくしないと駄目です」

 私はやはり人に向かって魔法を放つのが苦手だ。緩い拘束しか掛けられない。

「もっときつくしないと動けますよ。動くと拘束魔法は自然と解除されます」

 見かねたサリンジャーさんが横から口を出す。

「ゲイツ様ならビックボアに踏まれても平気ですから、ギュッと拘束しても大丈夫です」

 えええ、あの小屋みたいな大きさのビッグボアに? ならきつくても平気かも?

「拘束!」と今度は加圧ベルトのイメージで掛ける。

「キツイ! 解除!」

 簡単に解除されちゃった。がっかりだよ。

「ペイシェンス様、これなら拘束魔法として合格です。普通の人なら息もし難いから、失神するでしょう」

 ええ、それは? なんて怯んでいるのもお見通しだ。

「やはり、実地訓練が必要ですね。ペイシェンス様は甘すぎます」

 それは勘弁して欲しい。

「いえ、冬の魔物討伐なんて、攻撃魔法が使えない私には無理ですわ」

 サリンジャーさんも首を横に振る。

「では、さっさと拘束魔法を練習して、攻撃魔法の練習をしなくてはね」

 

 金の腕輪は、錬金術に慣れているからか、イメージがしやすい。一発で合格した。

「ゲイツ様を拘束しろ!」

 ただ、私のイメージは結束バンドで悪人が誘拐した人を拘束するドラマが元だったので、手首と足首を同時に拘束しちゃった。

「解除!」

 転けそうになったゲイツ様が咄嗟に解いたので、怪我とかはしなかったけどね。

「2本出すとは、素晴らしいです。この金の腕輪はペイシェンス様に差し上げますから、常に身につけておきなさい」

 次の木曜に土や火や水の拘束を習う事になった。それは流石にゲイツ様の部屋ではできないから、実技場でするみたい。


 1時間半の練習が終わったから、お茶の時間だ。

「あのう、新しいスイーツを用意してきたのですが……」

 パーシバルと婚約したから、エクセルシウス・ファブリカの代表を降りるかもと考えたのは失礼だったね。

「それは楽しみです! 婚約のショックが和らぎますよ」

 メアリーにチョコレートファウンテンの容器をテーブルの上にセットして貰う。

「これはミニ噴水ですか……?」

 ゲイツ様は、噴水だとすぐにわかったんだね。

「ふふふ、これはチョコレートファウンテンの容器なのです」

 チョコレートが入っている容器に、別の容器に入っていた生クリームを入れて「溶けて混ざれ」と唱えると、トロトロのチョコレートソースになる。

 それをチョコレートファウンテンの容器にいれて、魔石をセットすると、チョコソースが上の小さな皿から流れ出る。

「おお、なんて素晴らしい!」

 これからだよ!


 メアリーが、手紙で書いてエバに用意して貰った一口サイズのパイナップル、ケーキ、パン、リンゴ、バナナの入ったタッパーを並べていく。

 そして私が作ったスティックもね!

 女官も紅茶とプチケーキを運んできて、チョコレートファウンテンを見て目がまん丸だよ。

 部屋にチョコレートの甘い香りが満ちている。

「もう我慢できません!」

 私もだよ! スティックにバナナを刺して、チョコレートをつけて、パクリ!

「美味しい!」

 ゲイツ様は、無言で次々と刺しては食べている。

「サリンジャーさんもどうぞ」

 スティックは何本も作っているからね。

「宜しいのでしょうか?」

 ああ、ゲイツ様の食べっぷりを見ると遠慮しちゃうよね。

 メアリーは部屋の隅でプチケーキとお茶を飲んでいる。目で尋ねるけど、首を横に振る。

「ええ、私はもう結構ですから」

 サリンジャーさんは、パンを刺してチョコレートをつけて食べた。

「美味しいですね」

 殆どゲイツ様が食べて、刺す物が無くなった。チョコレートソースもほぼ完食だ。

「ペイシェンス様、やはり私と結婚しましょう!」 

 うっ、チョコレートで求婚されても駄目だよ。

「それはお断りしますが、こちらの一人鍋もプレゼントしますわ。チーズフォンデュのレシピと、鶏鍋のレシピ、ポトフのレシピも付けておきます。それと、バーンズ商会でチョコレートを売り出しますから、一人鍋でチョコレートフォンデュも簡単にできます」

 一人鍋とレシピを渡したら、ゲイツ様はご機嫌になった。

「そうだ! 弟君達にも魔法を教えなくてはね!」

 それは有難いけど、今週末はヘンリーの誕生日パーティなんだよ。えっ、もしかして察知したのかな?

「日程を決めないといけませんね」と答えたけど、何か考えている。

「15日は、ヘンリー君の誕生日ではなかったかな?」

 よく知っているね? 暗記術、なのかしら?

「もしかして、週末はペイシェンス様とヘンリー君の誕生日パーティーなのですか?」

 ズバリ見抜かれたよ。顔に出ているのかも?

「ええ、ご招待しますわ」

 バレたら仕方ないよ。トホホ。

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