第62話 魔法省、錬金術室

 ゲイツ様とサリンジャーさんと一緒に錬金術室に行く。メアリーも付いて来ているけど、椅子あるかな?

 なんて呑気な事を考えながら、小走りでついて行っていたけど、遠い!

「ゲイツ様、何処にあるのですか?」

 二人は背が高い。コンパスも違うんだよ!

「ああ、錬金術室は王宮の建物にはありませんよ。そんなに錬金術が危険だとは思わないのですが、一部の官僚達がうるさいから、別の建物なのです」

 それなら、そうと先に言って欲しかったよ。

 すぐそこだと勘違いしていたから、必死について行っていたんだ。

「えっ、ペイシェンス様、息があがっていますよ」

 ゲイツ様は気が利かないね! サリンジャーさんはハッとしたみたい。

「もう少しゆっくりと歩きましょう」

 少し歩くスピードが落ちたので、私も楽々ついていける。

「ペイシェンス様、毎朝、体操を続けているのですか?」

 疑いの目で見られたけど、頑張って続けているよ。サティスフォードへ行った時は、少しサボったけどね。


「あれ? 皆に昼食へ行くようにと言ったのですが」

 錬金術室って、私が考えていたより大きくて、体育館よりも大きな野球場のドームだよ。

 室って名前が良くないよ! 錬金術ドームとかの方が似合っている。

 大きな錬金術釜が何個もあり、常に鉄、銅、珪砂とかの基本的な材料は使える状態にしてある。

「これは便利ですね!」

 私は、錬金術室を見て感激していた。

 そして、見た事のあるような物体を見つけたのだ。

「あれは!」

 錬金室の隅に、カザリア帝国の遺跡で見た魔導船らしき物が組み立てられている。

 まだ骨組みだけだけど、前世の飛行船に似ているよ。

「ああ、あれは外側だけですよ。ロマノ大学には外国からの留学生も多いので、陛下がここで研究する様に言われたのです」

 何だか嫌な予感がする。


 それに、他の魔法省の錬金術師達は昼休みを取っているのか見当たらないけど、骨組みの影では何人かゴソゴソと作業をしている。

 あの黒いマントは……いや、魔法省の上級魔法使い達は、いつも黒いマントを羽織っている。

 多分、錬金術師達も黒いマントを羽織っているのだと思おうとしたけど、聞き覚えのある声が聞こえる。

「グース教授、サリンジャー様が部屋から出て行くようにと言われましたが……」

 この声はサイモンだ。

「いや、私達は魔法省の錬金術師ではない。だから作業を続けるのだ」

 ああ、やはりグース教授だよ。


「サリンジャー、あの人達がいると邪魔です」

 ああ、初めて会った時の傲慢なゲイツ様に戻っているよ。

 私は、マントのフードを顔に深く被る。

 スッとゲイツ様が私の前に立ったので、グース教授には見えないだろう。

「先程も言いましたが、これからゲイツ様が錬金室を使われます。緊急な用事なので、皆さんは早めのお昼を食べておいて下さい。部屋が使える様になったら知らせます」

 サリンジャーさんがグース教授と助手達を追い出そうとしているが、なかなか出ていかない。


 門に設置するエアカーテンと浄化ゲートを作るのは、ゲイツ様が作ったら良いんじゃないの?

 私がそう言おうとした時、ゲイツ様が叱りつけた。

「グース教授、肝心の太陽光から魔素を取り出して、貯蓄するシステムが解明されていないのに、こんな大きくて邪魔になる物を作らないで下さい。そう、何度も言った筈です!」

 まぁ、動かすシステムがわかっていないのに、魔導船の外側だけ作っても無意味かもね?


 グース教授は、色々と文句を言っていたが、サリンジャーさんに追い出された。

 でも、助手のサイモンは、メアリーに気がついたみたい。つまり、私にも気がついたって事だよね。

 メアリーもフードを被っていたけど、私より少し後ろに立っていたから、ゲイツ様の影には入っていなかったんだ。

 従兄弟として黙ってくれるか? グース教授の助手の立場として報告するか? サイモンとの付き合い方は、それで決まる気がする。

 サミュエルの言う通り、従兄弟は他にもいるんだもん。


 誰も居なくなった錬金術室で、ほとんどゲイツ様がエアカーテンと浄化ゲートを作った。

 私が居なくても良かったんじゃない? なんて思ったけど、少し勉強にもなったんだよね。悔しいけどさ。

 同じ部品を交互に作ると差が浮き彫りになったんだ。

「なるほど、金属を支配して形を作るのですね!」

 私が感心して褒めているのに、ゲイツ様は嬉しそうな顔をしない。

「ペイシェンス様の魔法は、願望達成ですからね。だから、浄化の魔法陣もできたのです。つまり、この点では私より優れているのですよ」

 ゲイツ様は憮然としている。

「その点を気をつけなくてはいけないと忠告されているのです。この前、ゲイツ様が私の魔法の暴走を止めて下さったから良かったですわ」

 ゲイツ様が「ああ、あれね?」と頷く。

「ところで、何故、暴走しかけたのですか? 日頃から詠唱を端折っているからですが、何かきっかけがあったのでしょう?」

 またお説教になるけど、仕方ないな。

「ドロースス船長がモリー港を閉鎖しようと出航されたと聞いて、リュミエラ王女の祖国に流行病が広がりません様にと祈ったら、サティスフォード子爵の屋敷に掛けていた防衛魔法がザァーと広がっていったのです」

 ゲイツ様とサリンジャーさんが呆れている。

 二人がかりで説教タイムだ。


「カラン〜! カラン〜!」

 王宮でも昼食タイムの鐘が鳴るんだね! 鐘の音で救われたよ。

「そうだ! 今日はペイシェンス様の誕生日なのですから、説教はこのくらいにしておきましょう」

 バースデーケーキを持ってきて良かったよ!


 ゲイツ様の部屋に帰るのかなって思っていたけど、違う部屋に案内される。

「綺麗な部屋ですね」

 そこには食卓があり、テーブルクロスの上にはバラが飾ってある。

 三人分のカトラリーがセットしてある。

「メアリーの分は?」と尋ねようとしたけど、部屋の隅にパーテーションがあり、その後ろには一人用のテーブルと椅子が置いてある。

 誰か女の人が一緒なら、メアリーは使用人の部屋でゆっくりと食べられるのにね。

「あのう、王宮魔法使いに女性の方はいらっしゃらないのですか?」

 二人は肩を竦める。

「何人かは下級王宮魔法使いの資格を取る方もいたのですが、すぐに結婚されて退職されましたね。女官は復帰して働く人も多いのに、どうも理解のない旦那様が多いみたいです。薬師とかはずっと働けるのにねぇ」

 寿退社が多いんだね。女官の子育てが終わったら復帰する人が多いのは、王宮や王族の側で働くのを女の人に相応しい仕事だ、名誉と考える旦那さんが多いのだろう。


「私は、ペイシェンス様がずっと好きな事をするのを支えていきますよ。できれば私の後継者になって貰いたいですが、エクセルシウス・ファブリカの錬金術をされても良いですし、薬師でも良いです」

 自己アピールなんだろうけど、外交官は駄目なんだね。

 でも、それ以外なら何をしても文句を言いそうにはない。

 チョコレートでご機嫌を取れるし、楽な旦那さんになるのかも?

 いやいや! このゲイツ様の我儘に一生付き合うのは御免だよ。

 ここは魔法省! ゲイツ様のホームなのだ。うっかりしていると懐柔されちゃう。


 私が変な妄想をしているうちに、メイドが食事を運んできた。

「こんな物しか用意できませんでした」

 そうゲイツ様が謝るけど、これって普通に王宮で働いている人達が食べている昼食では無いよね?

 だって、サリンジャーさんが話していたメインを選べる定食っぽいのとは違うもの。


 野菜と鳥のテリーヌ、コンソメスープ。そして、干鮑のクリーム煮。

「これを作らせたのですね! 美味しい!」

 サリンジャーさんは、初めて食べる干鮑のクリーム煮にうっとりとしている。

「ええ、サティスフォードの料理人に負けていませんね。ペイシェンス様のレシピのお陰です」

 まだサティスフォードから乾物は届いてないだろう。きっとカルディナ街に買いに行かせたのだ。


 口直しのレモンシャーベット。

 そしてメインは魔物肉のステーキだった。

「美味しいですわ!」

 なんて褒めたら、冬の討伐に誘われたよ。

「こんなに美味しい魔物の肉が冬中食べられるのですよ」

 ああ、それは……冬なら凍らせるから、春まで保つよね! 父親も好物だし、成長期の弟達にもいっぱい食べさせてあげたい。


 かなり気持ちが揺らいだけど、乗馬は無理!

「私には魔物討伐など無理ですわ」と断る。

「ふふふ……乗馬が苦手だからですね。大丈夫です。私の馬車にペイシェンス様と侍女を乗せてあげます」

 えっ、魔物討伐は馬でするとパーシバルは言っていたよ。

「私達、魔法使いは騎士達が集めた魔物を仕留めるのが仕事です。だから、馬車で待っている時間の方が多いのです」

 そうなのかな? かなりグラッときたよ。


「それに、今年の冬は厳しくなりそうですから、魔物をいっぱい討伐しないといけません。魔物も冬が厳しいと食糧を求めて村を襲いますし、それと私達も食糧を確保しなくてはいけませんからね」

 サリンジャーさんが理論的に冬の魔物討伐の必要性を説くけど……私は攻撃魔法が使えないんだ。

「でも、攻撃魔法は使えませんから……」

 普通の大人達は、令嬢が言葉を濁したら、それを察してくれるんだよ。

 大失敗だ! ゲイツ様もだけど、常識派に見えたサリンジャーさんも、そんな思いやりは見せてくれない。


「だから、冬の魔物討伐で練習するのです。私の側ならドラゴンが出ても大丈夫ですから! 一緒に行きましょう」

 えええ、ドラゴンなんて怖いよ!

「ペイシェンス様、ローレンス王国ではドラゴンなど500年も見かけられていません。それに、ゲイツ様なら何が出てきても退治してくれますから、一発目を放ってみる練習をすれば良いのです」

 サリンジャーさんがグイグイ押す。ゲイツ様の押しには慣れているけど、日頃の苦労を見ているだけに、断り難い。


「でも……」どう断ろうかと、言葉を探していたら、タイミングよくバースデーケーキが運ばれてきた。

 女官がバースデーケーキの上に蝋燭に火をつけてワゴンで運んできたんだ。

「わぁ、凄いですね!」

 完全に、私の誕生日よりもバースデーケーキに気持ちが向いているね。

 エバに簡単で良いと言ったのに、いちごジャムの形が残っているのが12個乗っている。

 それに真ん中には「patience」とチョコで書いてある。

 その名前を取り囲むように蝋燭は極細のが12本!

「先程、侍女から聞いた様にいたしました」

 女官は、蝋燭に火をつけたままでいいのか、少し戸惑っている。

「ええ、私の前に持ってきて下さい」

 目の前に運ばれたバースデーケーキ! 今年の願いは決まっている。

「どうか流行病が広がりませんように!」

 エステナ神に祈って、一息で蝋燭の火を吹き消す。

「変わった祝い方ですね! でも、とても誕生日に相応しいと思います」

 ゲイツ様とサリンジャーさんが拍手してくれた。メアリーも控え目に拍手している。


 切り分けて貰ったバースデーケーキを食べる。

「ああ、王宮のケーキとは別物です。軽いスポンジ、ほんのり甘い生クリーム、アクセントになるいちごジャム! それに、ペイシェンス様の名前のチョコレート!」

 前世なら誕生日の名前プレートは本人が食べるのだけど、欲しいという視線に負けたよ。

 2文字ずつに分けて貰った。まぁ、ヘンリーの時も分けるつもりだから、良いけどね。

 

 私は1切れで十分だと思ったけど、サリンジャーさんも2切れ食べている。

「ゲイツ様、バースデーケーキはお持ち帰りして頂いて結構ですわ」

 だって3切れも食べているんだもん。

「このケーキならホールごと食べられますよ」

 それは食べ過ぎ!

 お茶を飲みながら少し休憩したけど、冬の魔物討伐への勧誘が激しくなったよ。トホホ!

 

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