第50話 カルディナ帝国の船

 今日は、午前中は男子達は港で帆船に乗るみたい。私は、その間は弟達へのお土産を探そうかなと思っていた。

 少し早起きしたので、サティスフォード子爵家の屋敷から、朝の港の風景を楽しんでいる。

 コルドバ王国の商船隊が10隻ぐらい固まって停泊しているのが見える。

 あれがドロースス船長が率いている商船隊だな。

 前世でも国旗を船に掲げていたけど、異世界でも同じだね。

 コルドバ王国のオレンジ色がパタパタと風にたなびいている。

 何隻か停泊しているローレンス王国の商船の国旗は青だ。

 ここには停泊していないけど、ソニア王国は濃い赤。デーン王国は緑。

 各国の紋章にはエステナ教の七芒星ヘプタグラムが組み込まれているのが、元カザリア帝国から分離した王国の国旗の特徴だよ。

 エステナ聖皇国は、白に銀で七芒星ヘプタグラムが真ん中にあるシンプルだけど高そうな国旗だ。


「あら? あの国旗は……カルディナ帝国のかな?」

 元カザリア帝国の王国の国旗は見慣れているけど、赤に金色の飛龍は、カルディナ街で領事館に掲げてあった物だと思う。

「もしかして、新米を運んできたのかしら?」

 カルディナ街の穀物商は11月頃に新米を運んでくると言っていたけど、早稲とかあるんじゃないかな?

 商船だから、ずんぐりとした格好だけど、スピードは速い気がする。帆に上手く風を受けているのか、風の魔法使いが乗っているのかもしれない。

「お嬢様、そろそろ朝食ですよ」

 窓から港を見ていたら、メアリーに注意されちゃった。

「ええ」と離れようとした時、見慣れぬ形の船が港に入ってきた。

 カルディナ帝国の船も少し帆の形が違っているけど、入港してきた船は形が前世で見たジャンク船に近い。

「メアリー、変わった船だわ」

 メアリーも窓から港を見て、頷いている。

「帆が赤い船なんて初めて見ました。さぁ、朝食に行って下さい」

 普通の帆は白か生成だ。わざわざ帆を赤く染めるのは勿体無い気がする。

 

「おはようございます」

 朝は各自が起きたら食べる方式みたい。

「ペイシェンス嬢、おはようございます」

 フィリップスは、朝から食欲全開だね。

「ペイシェンス様、何かあったのですか?」

 パーシバルは、私の考えがよく分かるなぁ。

「窓から港を見ていたのです。カルディナ帝国の船と見知らぬ赤い帆の船が入港しましたわ」

 先に食べていたサティスフォード子爵が、ナイフとフォークを置いた。

「カルディナ帝国の船が来るのは、もう少し後の時期なのだが? それと赤い帆の船ですか? 南の大陸ではよくある船だと聴きますが、あれは遠洋航海に向いているとは思えませんが?」

 私達にゆっくりしていて下さいと言い置いて、サティスフォード子爵は港に向かった。


「今朝は、子爵の知り合いの船長の船に乗せてもらう予定でしたが、忙しそうですね」

 ゆっくり朝食を終えても、サティスフォード子爵は戻っていなかった。

「私は、船はパスして、弟達に何かお土産を探そうかと思っていたのですが……」

 サロンからは港は見えないから、全員で二階から様子を見る。

「変わった船だな。それにあの形では、沿岸航行しかできないように思えるのだが?」

 ラッセルが赤い帆の船を見て、サティスフォード子爵と同じ感想を言う。

「南の大陸の北部の国も一部はカザリア帝国に併合されました。その時のエステナ教の信者が今も残っているそうですから、風の魔法使いが乗っているのかもしれませんね」

 フィリップスは、やはり歴史に詳しい。

「それか、南の大陸には優れた術師がいると聞きますから、その術式で航行させているのかも?」

 パーシバルは、外国の知識が広い。

「カルディナ帝国の導師や南の大陸の術師かぁ!」

 ラッセルは興味津々だね。

「「港に見学に行きましょう」」

 私とフィリップスの声がハモったよ。


 サティスフォード子爵は、既に港に行っているので、一台の馬車で行くよ。メアリーも乗ってぎゅうぎゅうだけど、近いからね。

 他の従僕達は、今回は馬を借りて行く。グレアムは御者台を確保している。

 今回は、バザールを迂回して港に馬車をつけた。

「おや、皆様も来られたのですね」

 忙しそうなサティスフォード子爵に気を使わせてしまったよ。

「あの船は?」

 ラッセルが質問する。

「今、水先案内人が停泊する場所を指示しています。やはり、南の大陸のバラク王国の船みたいですね」

 バラク王国は、この数十年で北部の小さな国を併合している。

「勢いのある国だとは思っていましたが、まさかローレンス王国までやってくるとは」

「併合した国と言っても、実質は部族が集まっただけの村群だったからな」

 ラッセルとフィリップスも驚いている。

「コルドバ王国とは交易していると聞いた事があります。自国の船に魔石を乗せて行き、穀物を運んでいるそうですよ」

 南の大陸からは、コルドバ王国が近いのに、わざわざローレンス王国まで来たのは何故なのかな?

「今日は、帆船に案内する予定でしたが……」

 皆は、それどころではないでしょうと笑う。

「私達は、勝手にバザールを見学して、お土産を買いますから、気にしないで下さい」

 子爵が数名の護衛をつけてくれたので、バザールを見学するよ。

「ナシウスとヘンリーにお土産を買いたいけど、木刀は前に買いましたのよ」

 全員が木刀の露天商に目をやったけど、それは無いよ!

「2本あっても良いのでは?」

 ラッセル、どんだけ木刀が好きなんだよ。

「もう家には木刀がいっぱいありますわ」

 パーシバルは肩を竦めている。自分のデーン王国のお土産も木刀というか木槍だったし、カルディナ街で買ったのも知っているからね。

「なら、食べ物だな!」

 男子は木刀と食べ物しか興味が無いのかな?

「そうですね!」とフィリップスさえ同意している。

「食べ物と言っても、チョコレートは私が作るし……ああ、バナナチョコレートは美味しいわね!」

 ラッセルの「食べてみたい!」という圧が凄いよ!

「今度、バナナチョコレートを作ったら、お届けしますわ」

 フィリップスが「図々しいぞ!」と叱っているけど、全員の家に届けるつもりだ。

「他にも何か無いかしら?」

 置いてきた罪悪感があるんだよね。連れてきてあげても良かったけど、サティスフォード子爵の家だし……

「私達も何か買って帰ろう!」

 ラッセルとフィリップスとパーシバルにはジャスミン茶をお勧めしておく。

「ああ、あの香りの良いお茶か!」

「あれなら母も喜びそうです」

「良いですね!」

 早速、皆でヨハン商店に向かうよ。

 港からだから反対からになるけど、他の3人は迷いもしない。私は方向音痴みたい。

「ペイシェンス様、こちらですよ」

 エスコートしているパーシバルに注意されること数回、やっと辿り着いたよ。


「おや、ペイシェンス嬢、おはよう!」

 ヨハン商店には先客がいた。昨日会ったドロースス船長だ。

「ご機嫌よう」と挨拶するけど、何を買っているのか興味があるよ。

「ふふふ、ペイシェンス嬢は考えが素直に顔に出ますね。ここでは違う形の魔導灯を買っているのです」

 やはり微笑み仮面が必要だ!

「そうなのですね」と微笑んでおく。

 なのに「プッ」と吹き出されたよ。

「ああ、失礼しました。そんな、あからさまに微笑まれると、警戒していると言っている様なものですよ」

 ああ、やはり外交官は向いていないのかも。

「そうなんですよね。いつも微笑みを絶やさないように修練しなくてはいけませんわ」

 ガハハハとドロースス船長に笑われたよ。

「魅力的なレディになるには修練が必要ですが、今のままの素直なペイシェンス嬢でいて欲しいですな」

 パーシバルがソッと私とドロースス船長の間に入って「そう言えば、カルディナ帝国の船とバラク王国の船が入港しましたね」と話題を変える。

「ハハハ……騎士がお姫様を護りに来たな。カルディナ帝国の船は、新米を運んで来るには季節が早い気がする。それにバラク王国は何故ローレンス王国にまで来たのやら。さて、少し探りに行こう! どうですか、一緒に行きませんか?」

 えええ! それは興味があるけど……パーシバルを見上げると「仕方ありませんね」と肩を竦めている。

「私達も一緒に行きたいです!」

 ラッセルとフィリップスも興味があるみたい。

 ジャスミン茶は、注文して屋敷に届けて貰う。私も追加で注文したよ!


 港に歩いて戻る。朝の体操で少しは体力がついているから大丈夫だよ。

 その間に、パーシバル、ラッセル、フィリップスは自己紹介だ。相手は偽名のままだけどね。

「なるほど、ローレンス王国の次期外交官達だな。お手柔らかに頼むよ」

 私も一応は外交官志望なんだけどな。ドロースス船長には、お子様に思われているみたい。チビなのは損だよ。


「おや、ドロースス船長と一緒なのか?」

 サティスフォード子爵は、やっとボートから降りて来たカルディナ帝国人と話していたけど、こちらに気づいたみたい。

「ああ、ペイシェンス様、良かったらメアリーを貸してくれませんか? カルディナ帝国の貴婦人が長旅で体調を崩されたそうなのです。付き添いの侍女も具合が悪いそうだ。屋敷で休んでもらうが、そこまでの付き添いにメアリーを貸して欲しい」

 それは良いけど……メアリーに目で訊ねると、頷く。

「私もご一緒してお世話しますわ」

 それが正解みたい。カルディナ帝国の船やジャンク船にも興味はあるけど、貴族は他の貴族を手助けするものみたいだよ。

 メアリーが立派な行動ですと目で褒めてくれているけど、弟達へのお土産はまだ買っていないんだよぉ!


 帆船から病人を下ろすのは、荷下ろしと同じかな? って思っていたけど、椅子をロープで吊ってボートに乗せるんだね。

「へぇ、あんな風に下ろすのですね」

 私が興味津々で見ていたら、いつの間にか隣にいたドロースス船長が笑う。

「貴婦人は普通はスツールを使うでしょう? ペイシェンス嬢は縄梯子を上られるのか?」

 乗客を乗せるような船では無かったからね。

「ええ、スカートだと上り難かったですわ」

 何故か、ラッセルとフィリップスが頬を染めている。想像したな! パーシバルの無表情を見習って欲しい。

「よく海に落ちなかったな!」

 ラッセル、酷いよ! 照れ隠しの暴言だ。

「ラッセル、失礼だぞ。それにペイシェンス嬢は泳ぐのが上手い」

「えええ、泳げるのか?」

 ラッセルときたら、大袈裟に驚き過ぎだよ! ぷんぷん!

「なかなか活発なお嬢様だ。それに思い遣りもある素敵なレディですね」

 ドロースス船長に誉めてもらったよ。


「パーシバル様、弟達に良さそうなお土産が有れば買っておいて下さい。ナシウスは一緒に来たかったのにヘンリーのお守りで我慢したのです」

 パーシバルに頼んだら、何か少年が好きそうな物を選んでくれるだろう。

「ナシウス君なら本が良いでしょうが、グレンジャー家の図書室に無い本など無いでしょうし」

 パーシバルが『本』なんて言うから、フィリップスが張り切ってしまったよ。

「南の大陸の呪術の本とかカルディナ帝国の道教の本が見つかるかもしれませんよ!」

 それは自分の趣味じゃ無いの? でも、わたしも興味がある。

「その手の本なら、彼方の店に置いてあるが……怪しい内容の物も多いから注意して買うように」

 ドロースス船長が悪戯っぽく笑っている。皆、わかっているだろうけど、弟達のお土産がエロ本だったら怒るよ!

 

 こんな事を話している間に、カルディナ帝国のボートが桟橋に着いた。具合が悪そうな貴婦人の世話をメアリーが率先して、一緒に馬車に乗った。

 幼さの残る侍女も具合が悪そうだ。顔色が紙のように白い。

「綺麗になれ!」長旅で風呂にも十分に入れてなさそうだから、綺麗になってスッキリするだけでも良いかも。

 グッタリとメアリーにしなだれかかっていた貴婦人の目が開いた。黒い髪に黒い目。長旅だからか黒い絹のカルディナ帝国風の服を着ているけど、目が開いた顔は思ったより若いし、絶世の美人だ。

『ありがとう』カルディナ語でお礼を言っている。

『大丈夫ですか?』まだ簡単なカルディナ語しか習っていないんだよ。

『貴女は導師ですか?』意味が分からない。

 小首を傾げておく。何か言いたそうだけど、私がカルディナ語を少ししか理解できないのがわかったみたい。

 気分がすぐれないのか、すぐに目を閉じてしまった。


 屋敷に着いたら、屋敷のメイド達がお世話をするのだけど、メアリーの方が病人の扱いに慣れている。

 母親のユリアンヌも病弱だったし、ペイシェンスも身体が丈夫じゃなかったからね。

「メアリーはお世話していて。私は部屋で休んでおくわ」

 勝手にあちこち行ったりしないと約束したので、メアリーは安心したみたい。

 部屋で港を眺めていると、ジャンク船からもボートが着いた。

「どんな用事があってローレンス王国まで来たのかしら?」

 なんて考えていたけど、良い香りがしてきた。これは海老カレーだよね! チキンカレーとは違う香りだよ!

 メアリーがいないから、鼻をクンクンしちゃう。

「ああ、でも病人の食事には向かないわね! そうだわ」

 干貝柱のお粥のレシピを書いて、ベルを鳴らす。メアリーがいなくても、他所の屋敷の台所には行かないよ。

「このレシピを料理人に渡して。身体が弱っている方には良いかもしれませんから」

 メイドにレシピを何個か渡してから、窓からまた港を見ていると、あれはサティスフォード子爵家の馬車だよね。

 私達を屋敷に送った馬車と数台の馬車が港に戻って、こちらに向かっているみたい。

 パーシバル達が帰ってくるのかな? それにしては台数が多い。

「そうか、カルディナ帝国の貴族をもてなすのかも? 貴婦人が乗っていたなら、貴族もいるかもね!」

 新米を運んでないかな? なんて気楽な事を考えていたけど、事態は深刻だった。


 私達は、サティスフォードに逗留する事になったのだ。

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