第49話 乾物の魅力

 グレアムは、どうやらドロースス船長のことが気になるのか、屋敷には帰ってこなかった。

 メアリーは気にしない振りをしているけど、髪の毛を整える手が上の空だ。

「港には……」

 ふと、目が港の方に向く。赤いランタンや青いランタンの灯りがチラチラ見える。

 元ペイシェンスは知らないだろうけど、現代日本にも風俗はあるからね。港町にはその手の商売もあるのだろう。

「グレアムは、きっとドロースス船長を調べているのよ。私に接触した外国人だから」

 メアリーが深い息を吐いた。やはり、心配していたようだ。

「メアリー、グレアムをグレンジャー家の使用人にして貰えるようにリチャード王子に言っても良いのよ」

 一瞬、喜びがメアリーの目に宿ったけど、慎ましく目を伏せる。

「いいえ、それはできません」

 ふうん、何故なのかな? リチャード王子も護衛の一人ぐらいなら譲ってくれそうだけど?

「私は、一生ペイシェンス様の侍女をする覚悟を決めていますから」

 ああ、そちらの心配をしているんだね。

「私は、メアリーが結婚してからも私の侍女をして欲しいと思っているわ。勿論、産休、育児休暇も出すつもりよ」

 産休と聞いて、メアリーが真っ赤になった。後はグレアムと相談して欲しい。

 ああ、でもマーガレット王女の側仕えの間は、リチャード王子としてはグレアムを自分の配下として護衛につけておきたいかもね。

 二年、待たないといけない? でも、この異世界では婚約期間は二年ぐらいはザラだから、良いかな? メアリーが早く結婚したいなら、リチャード王子と相談するよ。

 

 いつもよりは手間取ったけど、綺麗に髪はセットされたし、去年の秋物のドレスを縫い直して、首元には銀ビーズの刺繍をしたのに着替えて、食堂の前の部屋に行く。

「まぁ、お待たせいたしました」

 サティスフォード子爵もディナージャケットをキチンと着こなしているけど、パーシバル、ラッセル、フィリップスも凄く格好いいよ。

 私を素早くエスコートしてくれたパーシバル、やはり騎士クラブの優勝者だけあるね。

「今夜は、ペイシェンス様が教えて下さったレシピで料理人が腕をふるっています」

 サティスフォード子爵もまだ食べていないみたい。

「それは楽しみですね!」

 ラッセルとフィリップスも期待しているみたいだ。

「乾物が美味しいとなると、海岸の領地にとっては新たな産物ができますね」

 そう言うパーシバルだけど、モラン伯爵領は内地だよね。残念!


 前菜は野菜のテリーヌだった。他のが初めての料理ばかりだから、作り慣れた物にしたのだろう。

 スープは、干貝柱の戻したのと、野菜を細かく切ったのが少しだけ浮かんでいた。見た目は、貧しかった頃のグレンジャー家のスープに似ているけど、香りは違うよ!

「干し貝柱のスープでございます」

 執事の説明を受けてから、全員がスプーンで一口。

「ああ、美味しい!」

 海の旨味が凝縮されたようなスープだよ。

「これは美味いな!」

 サティスフォード子爵は、一口ずつ味わっている。

 ラッセルとフィリップスは一言もなく完食だよ。

「あのカチカチの干貝柱から、こんな美味しいスープができるだなんて!」

 パーシバルも全部飲み干してから、感想を言っている。美味しかったんだね!

 

 次は、生の貝柱のカレー風味のソテーだ。野菜は色を楽しみたいから、赤と黄色のパプリカ。

「貝柱のカレーソテーのパプリカ添えです」

 貝柱、でかいよ! まぁ、それを薄くスライスして、食べやすい大きさに切ってあるけどね。

「カレーは美味しいスパイスですね! これに目をつけるバーンズ商会は素晴らしい」

 他の皆は、黙って完食だ。美味しいよねぇ!


 次が私の一押し! 

「干し鮑のクリーム煮でございます」

 ここの料理人って、凄腕だよ。干し鮑の戻し方も完璧だし、クリーム煮の濃さもバッチリ。

 付け合わせのロマノ菜にクリームを合わせても美味しい!

「むむむむ……これは、絶品だ!」

 サティスフォード子爵は、感嘆している。

「この干し鮑のクリーム煮のレシピを貰えないだろうか?」

 ラッセルが頼むから、渡してあげると約束する。

「「私も欲しいです!」」

 フィリップスとパーシバルにもね!

「乾物だから、王都ロマノでも楽しめますよね!」

 全員が頷いている。特に、サティスフォード子爵は、かなり良い産業にできそうだとご機嫌だ。

 

 でも、最後の鮑のステーキにはノックアウトされたね。やはり生には生の美味しさがあるよ。

「ペイシェンス様、貴女は王宮のシェフにもなれますよ」

 サティスフォード子爵に褒められちゃった。でも、異世界のシェフは無理だな。あの巨大な魔物の解体とかさ、やれないよ。

 

 デザートは、普通にプチケーキとお茶だ。

 本当は、殿方はテーブルに残って煙草やお酒を嗜み、女性陣はサロンでプチケーキとお茶だけど、今回はまだ学生ばかりだから、このまま話す。

「サティスフォードのバザールを見学して、色々とローレンス王国の食料品の輸出入について詳しく学べました」

 ラッセルが感謝している。

「ここは、ノースコートと違いカザリア帝国の頃は防衛拠点に選ばれなかったのは何故なのでしょう?」

 ああ、フィリップスは歴史愛が深いね。

 それからは、サティスフォード子爵と、何故、この地が防衛拠点に選ばれなかったのか議論になったよ。

 地図を見れば、今の王都ロマノには近いサティスフォードだけど、ソニア王国になっている地域は早くからカザリア帝国の領土だったからね。

 今のローレンス王国の東部と中央部は、そちらから攻めた方が早かったのでは? 

 ノースコートも西部とは言いにくいけど、そこからは広く平地が広がっているから、攻める拠点に都合が良かったんじゃないの?

 パーシバルと私は、フィリップスとサティスフォード子爵の熱い議論を聴きながら、自分で考えていた。

 ラッセルは、ちょこちょこと口を挟んでいる。

「サティスフォード子爵は、歴史に詳しいですね」

 フィリップスの最高の褒め言葉だよ。

「ええ、乗馬クラブに入りましたが、歴史研究クラブにも惹かれましたね。でも、領地を管理するので、騎士クラブか乗馬クラブに入るように親に言われたのです」

 やはり、領地を管理するには武力も必要みたい。

「騎士クラブには入られなかったのですか?」

 元騎士クラブのパーシバルは気になるみたい。

「私は恥ずかしながら剣術には自信が無いのです。魔法攻撃の方がマシな感じなのです」

 そんなの恥ずかしがる必要があるの? 立派にサティスフォード領を繁栄させているのに。

「私は文官になるようにと親に言われましたし、やはりままならぬ世の中ですね」

 歴史学者を諦めたフィリップスの嘆きに、パーシバルも頷いている。騎士志望なのに、外交官になるんだからね。

「私は、初めから外交官になりたかったよ!」

 ラッセルの一言に、全員がブーイングだ。

「挫折を知らない男は、嫌われますよ」

 あら、ラッセルはドキッとしたみたい。パーシバルに言われると気になるのかも?

「ふん、いつか大きな挫折を味わうが良い!」

 フィリップスには「お前はもう挫折を味わっているからな!」と軽口を返しているよ。

「まぁ、まだ若いから、なりたいものが本当はわかっていないのかもしれませんね」

 サティスフォード子爵も言うよね!


「ペイシェンス様は、何になりたかったのですか?」

 落ち着いた頃に、パーシバルが尋ねた。

「幼い頃は、女官になりたいと思っていましたわ」

 全員が驚く。何故? 今もマーガレット王女の側仕えだよ。

「いや、そういえばマーガレット王女の側仕えだよな! 何故か、凄く変な事に思えた」

 ラッセル、酷いよ!

「ペイシェンス嬢は、確かにマーガレット王女の側仕えを立派に勤めておられますが、それが望みだとは考えていませんでした」

 フィリップスはよく見ているよね!

「ええ、それは幼い頃の望みでしたから。今は……外交官になれるか不安ですわ。考えが顔に出るのは不利ですから。それと、ちょこちょこと物を作るのも好きなのです」

 パーシバルが「微笑みの仮面をつければ良いのです」と励ましてくれる。

「ペイシェンス嬢は、錬金術師になられるのではないのですか?」

 フィリップスは、夏休みにあれこれやらかしているのを見ているからね。

「私は、物を作るのは好きですが……武器になりそうな物はちょっと……」

 これはアンジェラの真似だよ。令嬢ははっきり言わなくても、彼方が察してくれるように持っていくのが上手い遣り方なんだ。

「それは、心優しい令嬢ですから当然です!」

 フィリップスは、自分も優しいからね。

 ラッセルとパーシバルは、あのグース教授を知らないから「少し勿体ない気がします」と言っている。

 サティスフォード子爵は、黙って頷いている。娘のアンジェラが令嬢の基本なら、当然だよね。私は、ちょこっとアンジェラとは違うけど。


 明日は、男子は帆船に乗るみたい。私はパスかな? あの縄梯子を登るのがねぇ。ズボンを穿いても良いなら、登るけど。

 でも、予定なんて、変わるものなんだよね!

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