第28話 憂鬱な木曜日
朝からテンションが低い。今日の午後は王宮までゲイツ様に防衛魔法を習いに行くのだ。はぁ……
体操もだらだらになっちゃう。やはり音楽が必要だよね。
「ペイシェンス様、おはようございます」
ああ、パーシバルが眩しい。学生会長就任で落ち込んでいたけど、気持ちを切り替えたのか、復活してキラキラ度アップだよ。
「経済学2と外交学2と第二外国語といい、カルディナ帝国づいていますね」
他の人に見えないようにウィンクされて、週末のカルディナ街行きを意識しちゃう。これって、デート?
少しだけ気分が浮上したよ! 経済学2の授業も面白いしね!
二時間目は空きだから、錬金術クラブに行く。私は、このメンバーが大好きだから、このままでいたい気持ちもあるけど、それでは廃部まっしぐらなんだよね。
昨夜、あれこれ考えていたら、前世のあるシステムを思い出したんだ。ちょっとカエサル部長に話してみよう!
「ご機嫌よう」
アーサーとカエサル部長だ。いつものベンジャミンがいないのは、文官コースの授業だからかな?
「ああ、ペイシェンス。うん? 何か思いついたのか?」
カエサルは勘が良いね。でも、今回は新しい道具じゃないんだ。
「この前のクラブメンバーを募集する話で、少し書物で読んだのを活用できないかなと思ったのです。参加者が主体性をもって参加するイベントを行って、錬金術の楽しさをアピールすれば良いのではないかしら?」
これは、前世のワークショップだよ。
「どういうイベントなのか、よくわからない。もう少し具体的に説明してほしい」
カエサルにワークショップを説明する。
「ただ発明品を展示しても、それを見るだけでは錬金術クラブの楽しさは分からないと思います。このイベントでは、参加した学生も、意見を出し合い、一緒に作業して物作りの楽しさを味わって貰うのです」
ワークショップって前世ではよくあったけど、こちらでは見ないよね?
「体験入部みたいなものなのか?」
カエサル部長が首を捻っている。
「体験入部とは少し違うかも? 何かを一緒に作って、錬金術の楽しさを知って貰うのが目的です。そして、参加した学生との交流で、どの辺りが錬金術クラブが難しいと思われているのか探るのも目的の一つです」
上手くいけばお互いに得る物が多いと思うのだけど?
「参加する学生がいるだろうか?」
うっ、アーサー! それは……
「何か餌になる物が有れば、参加する学生を呼び寄せる事ができるのでは? それと、その時に作った物は持って帰れるとかも良いかもしれません」
カエサル部長とアーサーが「餌」と驚いたみたい。令嬢らしくなかったかしら?
「餌に惹かれて入部する者などは……」
アーサーは、常識派に見えるけど、錬金術への愛が深い。
「しかし、このままでは錬金術クラブは廃部になってしまう」
カエサル部長も悩んでいるみたい。
「来年、新入生にアピールするのも良いですが、今の初等科の学生に錬金術クラブの楽しさを知って貰うのはどうでしょう? 魔法使いコースを選択しようとしている学生に魔法クラブや薬学クラブだけではないと宣伝するのです。勿論、文官コースの学生も大歓迎ですけどね」
私もだけど、錬金術に興味があっても自分ができるのか分からないからクラブに入るのを躊躇している学生もいると思うんだ。
「騎士コースの学生は騎士クラブか運動会系のクラブだからな。文官コースの学生は、クラブに入っていない者も多い。良いかもしれない!」
カエサル部長は楽天的だ。アーサーは難しい顔をしている。
「文官コースの学生は、元々、魔法使いコースに偏見を持っている。だが、魔法クラブは魔物の討伐に参加している点を評価されているし、薬学クラブは将来の薬師だからと、それなりに尊重されているが……」
アーサーは、言葉を途中で止めて肩を竦める。錬金術クラブは変人の集まりだと思われているのだ。
「だからこそ、錬金術クラブの楽しさを宣伝しなくてはいけないのだ。魔法使いコースの学生で錬金術と魔法陣の授業を取っている者も多いのだから……」
カエサル部長の言葉が尻すぼみになった。
「簡単な錬金術1や2は多いが、錬金術3や魔法陣3を履修する学生は少ない。他の単位に切り替えるのだ」
アーサーの言葉にびっくり。ええっ、そうなの? 知らなかったよ。
「そんな事ができるのですか?」
驚いた私を二人が笑う。
「あまり推奨はされていないが、中等科は単位制だからな。簡単に単位が取れる授業だけを履修する学生もいる。まぁ、そんな学生は馬鹿にされるが、卒業できないと困るのも理解できるから黙認されている」
貴族は王立学園を卒業しないと就職や結婚できない。世知辛いね!
何を餌にするのか? 何を作らせるのか? それと、そもそもワークショップをやるのか? 皆で相談することになった。
「今日の放課後は……ペイシェンスは音楽クラブなのか」
カエサル部長が残念そうだ。アーサーはワークショップに消極的だ。私に他のメンバーを説得して欲しいのかも。
「自転車試乗を餌にして、キックボードを作るのはどうでしょう?」
二人の目が輝く。
「「キックボードとは何だ!」」声がハモっている。
「これも魔石を使いません。あっ、魔石を使ってキックしなくても推進するシステムにしても良いのかも?」
簡単にスケッチする。板にタイヤだけでも良いけど、ハンドルも付ける。
「また変な物だな」
カエサル! 酷い。
「これを応用すれば、荷物の運搬とかに便利ではないのか?」
アーサーは、荷台にタイヤを付けた図を書く。
「あああ、これだわ! 自動車ができるかも!」
化石燃料がないから自動車を諦めかけていた。魔石は高いけど、カザリア帝国の遺跡で見つけた太陽光発電じゃない太陽光蓄魔システムで何とかなるんじゃないかな?
「これに乗って移動するのか? 魔石の消耗が激しそうだ……まさか!」
ざっとしたスケッチでカエサル部長は気づいたみたい。
「ペイシェンス、カザリア帝国の遺跡で発見された物は極秘だぞ」
アーサーに注意されたけど、いつかはバレると思う。
「この自動車の天井部分に太陽光蓄魔システムを載せれば、良いんじゃないかしら?」
前世の太陽光発電自動車だよ。カエサル部長に呆れられた。
「そのシステムの解明が終わっていない。それに、私達に教えてくれるかどうか」
まぁ、それはそうなんだけどさぁ! 夢が広がるじゃん。それに二人の目も輝いているよ。口では反対しても、心が『作りたい!』と言っている。
「ああ、やはり信頼できるメンバーじゃないと駄目だ。こんなに自由に話しあえなくなるのは嫌だ」
アーサーが珍しく大きな声をあげる。
「そうだな。今年の夏休みの体験を分かち合えたメンバーとの結びつきは深い。やはりナシウス君が入ってくれると安心なのだが……無理か?」
カエサル部長の頼みだけど、私はナシウスには自分のしたい事をさせたい。
「聞いてみるだけで良いから」なんてアーサーも言い出す。聞いたら、ナシウスは入部してくれるかもしれない。でも……ハッとした。
「もしかして、私の事がネックなのでしょうか?」
二人は全否定したけど、それが正解なのかも? 私のせいで、新入部員の獲得が難しくなるなら、退部した方が良いの?
カエサル部長が落ち込む私の肩に手を置いて、目を見つめて話す。
「ペイシェンス、線引きが重要だ。今回のキックボード、手押し車までは、人力と魔石で大丈夫だから良い。だが、カザリア帝国の遺跡で見つけた物の開発は錬金術クラブでは、今のうちはできない。ゲイツ様が代表のエクセルシウス・ファブリカならできるかもな!」
ああ、カエサル部長って、やっぱり賢い。落ち込んでいたけど、気分上昇だよ。錬金術クラブは辞めたくないんだ。
「ちょうど、午後から初めて防衛魔法を習いにゲイツ様と会うのです。この件も話しておきますわ!」
えええ、二人に睨まれたんだけど、何?
「ペイシェンス、まだ防衛魔法を習っていないのか!」
「他国の王族も留学しているのに、早く習いなさい!」
二人の雷が落ちた。ひゃあ、おっかない。いつも穏やかな人が怒ると怖いね。ベンジャミンとかはいつも吠えているから慣れちゃっているんだけどさ。
「はい」と反省しておく。どうも、平和ボケしているみたいだ。
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