第25話 染色は面白い
午後からは染色の授業だけだ。本当なら空いた時間は錬金術クラブに行くのだけど、今日はマキアス先生に流行病について質問しに行くつもり。
「ペイシェンス様、ルミナ部長と顧問のスペンサー先生に聞いたら、とても興味を持っていたわ」
ハンナは早速、料理クラブの部長と顧問の先生に聞いてみてくれたんだ。
「良かったわ。錬金術クラブのカエサル部長も次の青葉祭では料理クラブに協力してもらいたいと言われたのよ。私に任せると言われたから、話し合いたいと思っていたの」
ハンナは嬉しそうに笑う。
「料理クラブメンバーも大歓迎だと思うわ。活動日は水曜だけなのよ。本当は週2回はクラブ活動をしたいのだけど、材料費とかもいるからね。その点、手芸クラブは卒業生が材料を寄付してくれるから助かるわ」
そうか、料理クラブは材料費が必要なのだ。前ならここで諦めちゃうけど、バーンズ商会で色々と売ってくれているから、通帳にはかなり貯まっている。少しなら趣味に使っても良いよね! メアリーは、ドレスに使うべきだと言いそうだけど。
秋のドレスをドレスメーカーを屋敷に呼んで仕立てて貰ったけど、生地はシャーロッテ伯母様から格安で譲って貰ったにも拘らず、とっても高価だった。グレンジャー家の一週間の食費が一枚のドレスで飛んで行ったよ。
そりゃ、オーダーメイドだから高価だろうとは思っていたけど、靴下のかけはぎの工賃はめっちゃ安かったのに、想像以上に高かった。アウトレットが懐かしいよ。
社交界デビューした後のドレスは、これから伯母様方とラシーヌと相談して作る。金に羽根が生えて飛んでいきそう。
なんて金の事を心配していたけど、ハンナ達は14歳、そろそろ社交界デビューの年頃なんだよね。
「私は来年社交界デビューするつもりなの」
リリーが少し得意そうな口調で話すと、ハンナも「私もよ!」と同調した。
ソフィアは浮かぬ顔だ。
「4番目の姉が今年やっと社交界デビューするから、私は多分駄目だと思うわ。家は姉妹ばかり6人だから、上が詰まっているの。1人は嫁いだけど、上の3人が嫁ぐまでは私は社交界デビューなんてできないかも」
ハンナとリリーがソフィアを慰めている。
「社交界デビューしないと良い相手が見つからないわ。きっと、お母様が考えてくださっているわよ」
異世界の貴族の女子は、ドレス代もいるし、多分、結婚した姉の持参金とかも必要だったんだろうね。ソフィアは深い溜息をついた。
「きっとドレスも姉達のお古だと思うわ。それを少し手直しする程度よ」
あっ、良い事を思いついた。
「ソフィア様は手芸クラブなのですよね。この前とは違う極小の銀ビーズを作りましたの。今度の織物の授業に見本をお持ちしますわ。裾や襟ぐりにビーズ飾りを付けたら華やかになります」
ソフィアだけでなく、リリーもハンナも食いついた。
「ペイシェンス様、私も見てみたいわ!」
「刺繍と組み合わせても良さそうかしら? 私も一枚は新しいドレスを作ってくれるけど、他は姉のお下がりなのよ」
リリーは不満そうに唇を突き出した。それ、分かるよ! 私も前世では末っ子だったからね。
和気藹々と話していたけど、ダービー先生が来たら、真面目に説明を聞いてから染色したよ。
模様になる箇所を糸できつく縛っていくのだ。卓上織機だったから、まだ簡単だったけど、大きな織機だったら難しかったかも。
「今回は全員紺色に染めます」
色々な色に染めるより、先ずは模様ができるのが目標だもんね。
「綺麗になれ!」全員の手が紺色に染まっているけど、生活魔法で綺麗にする。
「本当にペイシェンスの生活魔法は便利ね」
ダービー先生も感心してくれたよ。
「じゃあね!」と染色クラスの皆と別れたら、マキアス先生に質問するために職員室に行く。
やはり、職員室って入り難い。深呼吸して、入る。
ああ、やはり魔女っぽい黒のマントを羽織っているよ。小っ恥ずかしい詠唱と怪しげな雰囲気が魔法使いコースに転科したくない理由かも?
「マキアス先生、少し質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
テストの点数付けをしていたマキアス先生は、視線をあげると「けけけ」と笑った。不気味!
「あんた魔法使いコースに転科する気になったのかい? それとも薬学クラブに入りたいのか?」
どちらも遠慮しておく。
「いえ、そうではなくて、この前よそのお宅を訪問した時に、皆様が今年のいつまでも暑さが続くさまは流行病の年の気候に似ていると話しておられたので、心配になったのです」
マキアス先生は「お前さんも心配なのかい? あの流行病の頃は生まれてなかっただろうに」と首を傾げた。
「ええ、私は生まれていませんでしたが、祖父母はその流行病で亡くなったと聞きました。それに母も罹ったそうです。若い人は重症化しないと言われていますが、母は二週間近く寝込んだそうです。それに祖母は薬師だったのに亡くなったのが不思議で……」
ふむ、ふむと聞いていたマキアス先生だけど、手をポンと叩いた。
「そうか、あんたはアグネス薬師の孫なんだね。あの人は優れた薬師だったし、貧しい人々にも薬を配ったりする篤志家だったよ。そうか、あの流行病で亡くなられたのか」
なんだか祖母と知り合いみたいに聞こえるよ。年はかなり違うと思うんだけど?
「祖母と先生はお知り合いだったのですか?」
ふふふ……とマキアス先生は笑う。
「アグネス先輩は薬学クラブの設立メンバーの一人なんだ。やはり、お前さんは薬学クラブに入る運命なんだ」
それはどうかな? それより流行病について聞きたい。
「流行病か? このまま暖冬になるかもしれないし、急に寒くなるかもしれない。それに急に寒くなったからといって流行病がやってくるとは限らない。だが、薬師達は回復薬の備蓄をし始めている。教会も養鶏場の浄化をもっと真面目にするべきだと思うね」
薬師が回復薬の備蓄をするのは分かるけど、教会の方はよくわからない。
「何故、養鶏場の浄化をしないといけないのですか?」
マキアス先生は、ちょっとは自分で考えな! って顔で「ふん!」と鼻を鳴らした。
「ヒントをあげよう。あんたみたいなお嬢ちゃんが知っているかどうかはわからないけど、ローレンス王国では卵がとても高価だ。そこら辺を調べたら、教会がちゃんと仕事をしないと前の流行病でなくても、何かしらの病気が蔓延するとわかるさ」
「さぁ、行きな!」と手でちゃいちゃいと追い払われた。
追い払われたから去ろうとしたのに、呼び止められる。
「ペイシェンス、あんたの生活魔法なら養鶏場の浄化ができそうだね。やれやれ、あんな流行病なんて二度と御免だ。それに、今度は年をとったから、重症化するかもしれないからね。授業は無いんだろう? ちょいとついて来な!」
やはり、マキアス先生は捻くれている。自分で調べろと言ったのに、ついて来いと学園の裏まで行くと、そこは養鶏場だった。
「
うん、それは匂いで分かるよ! それに異世界の鶏って、七面鳥よりもデカい。金網の中で、草を啄んでいる嘴なんか怖そう。卵はLサイズ程度だったのにね。
「綺麗になれ!」
糞の匂いもなくなった。
「あんた、これだけでも食べていけるよ。ローレンス王国に派遣されるエステナ教会の司祭達は、落ちこぼれ連中ばかりだ。この夏の暑さが続くのにも警戒していないんだろうね。少し、マーベリックの爺様から陛下に文句を言って貰おう」
司祭に払う代金もマーベリック先生に言って貰ってくれるそうだ。やったね! 少しでもお金が貰えると嬉しいよ。
「鳥と流行病については、図書館にも資料があった筈だ。もしもに備えるのは薬師の仕事だ。あんたも上級回復薬を作っておきな! 早めに飲めば重症化し難いよ。症状が進んでからだと、あまり効かないからね。家族にも、注意して早めに飲むように言い聞かせておくんだよ」
図書館で調べてみたら、前世のインフルエンザに似ていると思った。あれも鳥から豚、そして人間に流行るんだよね。こちらは鳥から人にうつるのかな?
「ローレンス王国はエステナ教会の影響が薄い。それは良いんだけど、ちゃんと養鶏場の浄化はしなくちゃね」
浄化は光の魔法みたいだけど、生活魔法でもできるよ。でも、これも魔力が少ないと無理かもしれない。今度、王宮でゲイツ様に聞いてみよう。
それに生活魔法の使い手の方が教会よりも安く請け負ってくれるかも? でも、そんな事をしたら教会はヘソを曲げちゃうのかな? それも相談しなきゃね。
今日はマーガレット王女はグリークラブだ。パリス王子と接近するのは心配だけど、本人の自覚に任せるしかない。恋してややこしいソニア王国に嫁ぐか、自制して国内の貴族に嫁いで気楽な生活を選ぶか? ローレンス王国としては、どちらが得になるのか微妙だ。だから、リチャード王子も不適切な関係にならないように気をつけてくれとしか言われなかったのかも。
放課後が空いたから、錬金術クラブに行こう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます