第16話 第二外国語は難しそう
第二外国語の教室にはパーシバルと数名の中等科2年生と3年生らしき男子学生がいた。パーシバルがいなかったら、回れ右して教室から出て行ったかも。
「ペイシェンス様、こちらに座りましょう」
窓際の後ろの方の席だ。人数が少ないから、一番後ろでは無いけどね。
「少ないですね」小さな声で話す。何だか普通の文官コースの学生とは違う雰囲気なんだもの。
「ええ、リー先生は厳しいので有名ですからね」
リー先生? 外国風の名前だね?
「やぁ、第二外国語を取ろうなんて奇特な学生が何人もいるのですね。さて、私の名前はリー・セザン。セザンが君達のいうファーストネームだから、リー先生と呼んで欲しい」
黒髪に黒い目、そして痩せたスタイリッシュな感じの若い先生だ。
「まぁ、見た目で分かると思うが、私の父はカルディナ帝国の出身だ。何故かローレンス王国で母と出会って私が生まれたと言うわけだ。私は幼い頃、カルディナ帝国で育ったが、父が亡くなり、母とローレンス王国に戻って今に至っている。だから、カルディナ語は私にとって母国語とも言えるので、安心して学習してくれたまえ」
自己紹介としては長いけど、自分の容貌から色々推測されるのが鬱陶しいのだろう。
「君達が知っているかどうかは分からないが、カルディナ帝国ではこの様な文字が使われている。だが、第二外国語1ではカザリア語と呼ばれている見慣れた文字で授業をするから安心したまえ」
黒板に書かれた『李』と言う文字は、漢字だよ!
「先生、それではカルディナ帝国に行った時に困りませんか?」
えええ、パーシバルが質問している。難しいのにチャレンジしたいのかな?
「安心したまえ。第二外国語2と3では、少しずつカルディナ帝国の文字も教えていく。おお、騒がなくても、これで不合格にはしないから安心しなさい。本当はロマノ大学で習うのだからね」
騒ついた教室が静かになった。見慣れない文字を習得するのは難しそうだからね。
「さて、ロマノにもカルディナ街があるのは知っているかな? カルディナ帝国の民は商売熱心で、色々な国でカルディナ街を作っている。実は、ロマノのカルディナ街はどこの国のよりも大きいのだよ。それは、エステナ教会の締め付けが少ないお陰だね。一度、訪ねて、何か買ってみてくれたまえ。言っておくが、書いてある値段通りに買ったら大損だぞ!」
わっ、知らなかったよ! そこなら米や醤油や味噌があるかも知れない! 行きたい!
「ペイシェンス様、行きたいと顔に書いてありますよ。サティスフォードは遠いけど、カルディナ街なら簡単に行けそうですね」
うっ、パーシバルに簡単でも、ペイシェンスにとっては遠いよ。メアリーが反対しそうだもの。
「侍女が許してくれるでしょうか?」
溜息と共に呟く。
「私が案内するなら、大丈夫でしょう!」
なら、良いのだけどね。メアリーの令嬢基準は厳しいんだ。
「さて、王立学園の慣例で、テストを作ってある。受けない学生は出て行ってくれ」
リー先生に追い出されて、私とパーシバルは早いけど
「まだ何方も来られていませんね」
二人で同じテーブルについて、少し話す。
「サティスフォードには再来週までは行けませんわ。ノースコートに招待した方達からの招待ラッシュですの。でも、この日曜は空いているのです!」
スケジュール帳を出して、パーシバルとカルディナ街へ行く日を決める。
「ペイシェンス様は何か目的がありそうですね?」
そう! 目的があるんだよ!
「ええ、私は家の図書室でカルディナ帝国の変わった食べ物の記述を読む度に、どの様な味なのかしらと想像していましたの。もしかしたら、手に入れられるかもしれませんわ!」
パーシバルがクスクスと笑う。食いしん坊だと思われたかな? ちょっと令嬢らしく無いよね。
「そのように好奇心いっぱいなペイシェンス様はとても魅力的です。いつか、カルディナ帝国のタイアンに行ってみたいですね!」
うん、行ってみたいよ! なんて話をしていたけど、報告しなきゃいけない事があったんだ。
「あのう、魔法陣2の授業にパリス王子が一緒だったのです。頼りのブライス様はテストを受けられていたから、多分合格されて魔法陣3に進まれますわ。魔法クラブのアンドリュー様が、秋の魔物の討伐について話されて、パリス王子も参加したいと言われていたのです」
パーシバルは、肩を竦めて「勝手にされれば良いのでは?」とスルーした。
「ソニア王国でも秋には魔物討伐はしている筈です。それに騎士団が一緒ですから、危険はさほどありませんよ。私も参加しますから、パリス王子が危険な真似をしないように注意しておきます」
やはり、パーシバルも魔物討伐に参加するんだ。心配だよ!
「大丈夫ですよ。大人数で魔物を取り囲んで討伐しますから。普段の冒険者達の方が危険なのです」
なら、良いのだけど……心臓がキュンとするよ。
「あっ、ゲイツ様との防衛魔法はどうなっているのかと、父から手紙で質問されました。どうやらゲイツ様が陛下にせっついておられるようですが、変ですよね?」
あああ、溜息が出るよ。
「それは、授業をするよりも、授業料が欲しくて騒いでおられるのだと思いますわ。新しいスイーツをバーンズ公爵家にお土産としてお持ちしたのですが、何故かそこにゲイツ様がいらして……そのスイーツが授業料になったのです」
パーシバルは呆れているよ。
「約束も無くバーンズ公爵家に押しかけられたのですか? それに、ペイシェンス様から授業料を取るだなんて!」
ああ、それはエクセルシウス・ファブリカの顧問料も含んでいるんだけど、まだ話せる感じじゃないんだよね。
「いえ、材料は提供していただけるので、作るだけですわ。エバがね!」
チョコレートは、私じゃないとまだ作れないけど、その後はレシピを渡してエバに作って貰おう! だって、エバは新しいレシピを渡すと、凄く張り切るんだもん。
「それに、バーンズ公爵夫人も食べたいと仰っているみたいで、カエサル様から材料を沢山頂きましたから、週末につくらせますわ」
なんて事を話していたら、いつの間にかマーガレット王女とリュミエラ王女が席についていた。
「まぁ、新しいスイーツ! それもバーンズ公爵夫人が欲しがるほど美味しいのね!」
ああ、いつかはバレると思っていたよ!
「ええ、夏休みにサティスフォード港のバザールで南の大陸から運ばれたカカオ豆を手に入れましたの。家の図書室で読んだチョコレートを作ってみたら、とても好評でしたわ」
リュミエラ王女はカカオと聞いて、眉を顰めた。
「カカオは苦くてドロドロで、なのにザラザラした口触りで美味しくありませんわ。お母様も気に入らなくて、二度と出さないようにと言われたぐらいよ」
ふふふ……それは焙煎しすぎたのと、細かくしていなかったんだね!
「まぁ、ペイシェンスのは違うのね!」
マーガレット王女に気づかれちゃった。
「ええ、週末にチョコレートを作らせますから、少しお土産に持ってきますわ」
パッとマーガレット王女の顔がほころぶ。
「楽しみにしておくわ! これで午後からの刺繍と裁縫を乗り切る元気がでそうよ」
裁縫は少し厳しすぎる気がするけど、ミシンを作って時短できるようにするしかないね。
「あのう、私も食べてみたいわ」
カカオの悪口を言ったから、少し恥ずかしそうにリュミエラ王女が発言する。
「ええ、勿論、リュミエラ王女にもお持ちしますわ」
カエサル部長には生クリームも要求しておいたから、今度のチョコレートはより美味しいミルクチョコにするつもりなんだ! ダークチョコにナッツを入れても良いよね!
「何か美味しそうな事を考えているわね! ペイシェンスの顔だけで期待が膨らむわ」
失敗! 顔に出ないようにしないといけないな!
昼食の後は、錬金術クラブだ! ミハイルは来ていなかったけど、カエサル部長とベンジャミンはいたよ。
「ご機嫌よう」と言わないうちから、ベンジャミンにディスク型のオルゴールを作ろう! と迫られる。
「その件で、少しお話ししなくてはいけない事があるのです。ラフォーレ公爵家で、楽譜を売り出すそうなのです。これは、音楽家の保護と大衆が素敵な音楽に接する機会を増やすことが目的です。それで、今回のディスクについてアルバート部長に相談したら、作曲家の著作権の話になって、このディスクの曲に使用料が掛かるようになるかもしれません」
カエサル部長は、すぐに理解して「音楽家の保護になるから良いじゃないか!」と賛成してくれた。
「まだ、そんな法律は無いのだろう? なら、関係ないのでは?」
実際はベンジャミンの言う通りなんだよね!
「ベンジャミン、文官コースを真面目に勉強しろ。ローレンス王国の有名な音楽家は、殆どがエステナ聖皇国で暮らしているのだ。彼方では教会が音楽家を保護しているからな」
ムッとしたベンジャミンが「これから勉強するのだ!」とライオン丸になっているよ。
「兎に角、その法律ができたら、ディスクの使用料も決めて貰わないといけなくなるが、それよりも先に作らないとな!」
カエサル部長に「私と同じ意味じゃないか!」とベンジャミンが突っ込んでいる。
四時間目には、アーサーとブライスも来たので、全員でディスク型オルゴールを作った。
「オルゴール自体は珍しくないが、このディスクを交換したら、色々な曲が楽しめるのは画期的だな。ペイシェンス、ディスクに何か曲を刻んでくれないか? テストしたいんだ」
銅の円盤ディスクに、なにを刻もう。小さなドットが出てくるようにしなきゃいけないんだよ。
「あっ、あの体操の音楽で良いんじゃないか? あれは、皆が注文しているからな」
ラジオ体操の音楽なら、一度しているから簡単だよ!
「体操の音楽になれ!」
銅のディスクに向かって唱える。
「相変わらず、無茶苦茶な錬金術だな!」
ベンジャミンに呆れられたけど、早速、ディスクをセットする。
「おお、ちゃんと曲が流れるぞ!」
何故か、全員でオルゴール体操をしたよ。
「この音楽を聞くと、勝手に身体が動く。何か魔力が篭っているのではないか?」
ベンジャミン、失礼だよ!
「ペイシェンス、魔法陣2は大丈夫か? 君なら、少し勉強したら魔法陣3に進めても大丈夫だと思うのだけど、来週、他の先生の授業が月曜にあるから受けてみたらどうだい?」
ブライスが、パリス王子とアンドリューと受ける魔法陣2の授業の心配をしてくれた。
「ブライス様、ありがとうございます。テストで合格するだけなら、魔法陣の模様を暗記すれば可能かもしれませんが、私は基礎から勉強したいのです」
カエサル部長とベンジャミンとアーサーも心配そうな顔をしている。
「アンドリューはともかく、パリス王子にペイシェンスの特殊な生活魔法がバレるのは拙い。キューブリック先生にも話しているが、マギウスのマントの件は秘密厳守で頼む。他のペイシェンスが発案した特許については、錬金術クラブを表に出す。その他のはエクセルシウス・ファブリカが特許の窓口になっているし、そこの代表はゲイツ様だ」
カエサル部長の発言に全員が同意した。
「ペイシェンス、パリス王子に誘惑されるなよ!」
ベンジャミンに、揶揄われたよ。
「パリス王子は、私なんかに目もくれていませんよ!」と返したけど、微妙な空気だ。
「ペイシェンスは、自己評価が低すぎる。気をつけるのだぞ!」
錬金術クラブのメンバー全員が頷いているよ!
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