第15話 魔法陣2の初授業は簡単に終わったけど……

 昨日の夕食の時のパーシバルは、かなり憂鬱そうだった。どうやら、ルーファス学生会長にごり押しされて新学生会長になるみたい。

 マーガレット王女、リュミエラ王女、パリス王子は、グリークラブの話で盛り上がっている。

「私達も収穫祭で歌えるなんて、素敵だわ! 今まで、学園にも通ったことは無かったし、とてもわくわくしているの」

 王宮で学友を数人呼んでの授業は、学園生活とは全く違うだろうね。三人はほっておいても良さそうなので、パーシバルと話をする。あっ、騎士クラブや学生会の話題はしないよ。傷口に塩を塗り込む趣味は無いからね。

「明日は第二外国語で一緒ですわね。夏休み、従姪のアンジェラにカルディナ帝国の扇を見せて貰いましたの。異国情緒溢れる建物に興味が惹かれましたわ。ただ、その扇の作者らしき名前が書いてありましたけど、履修要項に書いてあった文字とは違いましたの」

 パーシバルは、頷いて、話しだす。

「カルディナ帝国の文字は、私達が使っているカザリア帝国系の文字とは違うそうです。ただ、それはとても難しいから、王立学園ではカザリア帝国系の文字に置き換えているのです。カルディナ帝国との貿易などでも、カザリア語と呼ばれて公用語扱いになっているみたいですね」

 なるほどね! キリル文字みたいな感じなのかもね?

「行ってみたいですわ!」

 あの扇に描かれていた風景は、前世のアジアっぽかったんだ。うるち米とか、醤油とか、味噌とかあるかもしれないじゃん!

「ええ、わくわくしますね!」

 パーシバルは、多分、食に魅せられてはいないだろな。なんて、呑気に話していたけど、キース王子とオーディン王子の大きな声が寮の食堂に響いた。何事かしら?

「スレイプニルこそ、世界一の馬だ!」

 オーディン王子の荒い声なんて、初めて聞いたよ。

「それはわかっています。ただ、キース王子は、東のテンザン山脈には飛龍がいるとの伝説を話されただけです。カザリア帝国の東遠征を阻んだのは、その飛龍部隊だとか」

 間に入ったラルフの説明で、オーディン王子も少し落ち着いたみたい。

「すまない、やはり母国語では無いから、聞き間違えたようだ。スレイプニルよりも優れた部隊があると聞こえたから」

 恥ずかしそうに謝るオーディン王子をキース王子も笑って許している。

「私のデーン語に比べたら、オーディン王子はすごく上手いですよ。今週末、大使館に行って、スレイプニルを見せて貰っても良いですか?」

 オーディン王子は「勿論!」と笑っているから、これは解決だね。

「飛龍部隊かぁ、憧れますね!」

 ああ、パーシバルの騎士魂に火がつきそうだよ。

「世界史でも飛龍部隊は出てきますが、ドラゴンとは違う形のようですわね」

 どちらかと言うと旧カザリア帝国の領土に災害級の災をもたらしたドラゴンは、前世の西洋のドラゴンに似ている。飛龍部隊の挿絵を信じるとしたら、あれは東洋の龍だね。

「龍なんかに乗れるのでしょうか?」

 竜にしろ、龍にしろ、今も存在しているのかはわからないけど、遭遇したくないよ。

「私は子供の頃に飛龍部隊の物語を読んだことがあります。お子様向けでしたから、本当の話なのか、御伽噺なのかわかりませんが、卵から孵して育てるのだと書いてありました。一時、私は龍の卵をなんとか手に入れたいと真剣に考えていたものです」

 鳥が卵から孵った時に最初に見た物を親と思うのと一緒かな? ふふふ、幼いパーシバルが龍の卵を欲しがっている姿を想像すると、可愛いかったんだろうなと笑いが込み上げてくる。

「ペイシェンス様、あくまで子供の頃の話ですから」

 パーシバルもやっと笑顔になった。あっ、その笑顔は心臓に悪いよ。ドキドキしちゃう。


 金曜は、魔法陣2と第二外国語だ。午後からはフリーなので錬金術クラブに行こう! なんとか上糸と下糸の交差させるやり方がわかったから、ミハイルが来ていたら良いな。なんて、浮かれていたら、やはり王宮へ行かなきゃいけなくなった。

「ペイシェンス、急にお母様から王宮に一緒に来るようにと手紙が来たの。普段なら、もっと前に知らせて下さるのに悪いわね」

 マーガレット王女に謝られたけど、まぁ、何となく呼び出されそうな予感はしていたよ。だから、委任状なんか書いたんだしね。

「いえ、新学期が始まって、色々とご心配なのでしょう」

 拒否できない事をぐずぐず悩んでいても仕方ない。3時間目と4時間目だけでも錬金術クラブに行こう! 金曜は寮の夕食まで錬金術クラブに籠っていたかったけどね。

「やはり、4時間目は裁縫を取られるのですか?」

 毎日、裁縫だなんて大変だね。

「ええ、青葉祭のように焦るのは嫌なの」

 確かに、間に合うかヒヤヒヤしたよね。それに、凝ったデザインをエリザベスと考えていそうだから、マーガレット王女の判断に任せよう。


 魔法陣2は、楽しみにしていたんだ。だって、今は全部カエサル部長かベンジャミンが魔法陣を描いてくれているんだもん。自分で考えた物を作れるようになりたい!

 ああ、でも久しぶりに魔法使いコースの教室に来たら、やはり文官コースとは雰囲気が違って怪しいよ!

 ベンジャミンは魔法陣は修了証書を貰ったので、私の知り合いはブライスとアンドリューだけだと思っていたけど、パリス王子がいた。魔法陣1のテストを受けて合格したみたい。

 ブライスの近くの席に座ろうと思っていたけど、パリス王子が横にいるから、私は後ろの方の席にしよう!

「おや、ペイシェンスじゃないか? この席が空いているよ」

 パリス王子に呼ばれたので、無視するのはマナー違反だから、ブライスの横に座る。

「一緒の授業を受けるのは、初めてだね」

 ブライスを挟んで会話だ。

「ええ、そうですね」と簡単に答えておく。

「私は、テストを受けて魔法陣3に進みたいのだけど、ペイシェンスはどうする?」

 うっ、ブライスが抜けたら、知っている学生はパリス王子とアンドリューだけになっちゃうよ。

「私は魔法陣の基礎から勉強したいので、頑張って授業を受けますわ」

 魔法陣2では、魔法陣の模様の意味を一つずつ覚えていくのだ。ブライスは、少しは自分で簡単な魔法陣なら描けるみたい。

「そうか、頑張ってくれ!」

 内心では『ブライス、助けて!』と泣きそうだよ。なのに、呼んでもいないのに、アンドリューは私の横に座って、まだノースコートに呼ばなかった件をぐじゃぐじゃ言い出している。

「同じクラスなのに!」なんて言っているけど、知らないよ。

「まだそんな事を言っているのか? アンドリュー、恥ずかしくないのか?」

 ブライスは男子学生というか、アンドリューには厳しいね。

「ブライス、魔法クラブに帰って来いよ! 騎士クラブとのごたごたで人数が減ってしまったんだ。このままでは秋の討伐の時に魔法使いが足りなくなってしまう」

 ああ、秋の終わりには魔物の討伐があるんだよね。今年の魔物は小さいと良いな。冬が厳しい時は、何故か魔物が大きいそうだからね。

「秋の討伐の時は、魔法クラブのメンバーだけでなく、魔法使いのコースの学生も参加するだろう。だから、お前が心配しなくても大丈夫さ」

 これでお終いかなと思ったのに、パリス王子が会話に参加した。

「秋の魔物の討伐に王立学園の学生も参加するのですか?」

 えっ、危険だよ!

「ええ、騎士コースの学生と魔法使いコースの学生の有志が参加します」

 ブライスはお勧めはしないニュアンスを言葉に込めていたけど、パリス王子はそのニュアンスに気づかなかったのか、無視した。

「そうか、それは参加したいですね!」

 あああ、知らないよ! あっ、パーシバルはどうするのだろう? 騎士クラブでなくても参加できるよね? リチャード王子は学生会長だけど参加していたけど、騎士コースだったからかな? あんな巨大な魔物討伐なんて危険じゃない! 

 もしかして、パーシバルにマギウスのマントを作るべき? でも、婚約者でもないのに? いや、サリエス卿には作ったんだから、良いのかな? 頭がぐるぐるしてきたよ。

「魔法陣2の担当のキューブリックだ。錬金術も担当している。魔法陣2は、魔法陣の模様の意味を覚えて、簡単な魔法陣を自分で描けるようになる事だ。まぁ、授業は次からだな! テストを受けたい学生だけ残ってくれ」

 めっちゃ簡単な説明だけで終わったよ。ブライスは残るけど、私は席を立った。うっ、パリス王子とアンドリューと一緒だよ。

「ご機嫌よう」と逃げ出した。あちらは、魔物討伐の話をしていたみたいだけど、知らないよ!


 2時間目の第二外国語まで時間が空いた。前は内職を寮に持って来ていたけど、今はそこまでしなくても大丈夫なんだ。一旦、寮の部屋に戻って予定とする事リストを作ろう!

「やはり週末の殆どはお礼の招待ラッシュで埋まってしまっているわ」

 ノースコート伯爵夫妻は、夜の晩餐会とかにも招待されているみたいだけど、私は未だ社交界デビューしていないから、昼食会かお茶会だ。殆ど、リリアナ伯母様とサミュエルと一緒に招待されている。時々はノースコート伯爵も一緒だけど、まだカザリア帝国の遺跡調査隊が滞在しているみたいで、行ったり来たりで忙しいみたい。

「秋学期が始まっているのに、良いのかしら?」

 まぁ、それは私が心配する事では無いよね!

「それより、秋の魔物討伐までに陛下に献上するマントも作った方が良いわよね?」

 陛下自らが魔物討伐を指揮されるとは思わないけど、閲兵とかするんじゃないかな? その時、サリエス卿だけマギウスのマントだと良く無い気がする。

「今度のはゲイツ様が描かれた魔法陣で刺繍するのよね。上手くいくと良いのだけど……こんな事聞かれたら怒られそう!」

 独り言に自分で突っ込んで、スケジュール帳と睨めっこしている。

「やはり、サティスフォードに行くのは、招待ラッシュが終わってからになるわね。土曜と日曜のどちらかが空いている日もあるけど、できれば両方が空いている方が良いもの!」

 ペイシェンスも朝の体操で体力はついて来たが、サティスフォードの往復はかなりキツそう。だから、できれば土曜に行って、日曜は休養したい。

「なら、それまでに資料を集めたり、王都でできる事をしておこう! あっ、パウエルさんに聞いても良いかも?」

 それぐらいなら、空いている日でできそう。問題はメアリーの説得だね。

「カラ〜ン、カラ〜ン」1時間目が終わったみたい。さぁ、第二外国語だよ!

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